3 復讐者
瞬間、オーエンの首元を後方に引っ張りつつヴォルグは前に出ていた。
そうして地面を這う剣の切っ先を鉄パイプで受け止める。
側面に当てたために、切っ先の軌道は
バルムは舌打ちしつつ剣の向きを変え側面は上を向き、鉄パイプを円弧の切っ先で捕捉する。
技術面でいえばバルムが上であることは明白だ。
だが、力自慢という所で負けるヴォルグではない。
巨体は飾りでなく、力が宿っている証拠だ。
しかし、おかしい。
この剣、まるで力がないのである。
鉄パイプであっても、鋭く切られるのではないかという恐れ一つ感じない。
まるで、物体を切ることを想定されていないかのような手ごたえだった。
「オーエン、距離を取れ! 逃げるぞ!」
返事はなかった。だが行動は素早い。
オーエンの足音が聞こえる。
「貴様、俺様の邪魔をするな!
「
「よろしい。それなら話は別だ、
動く、切っ先。
それは華麗に鉄パイプを操り、円弧の外に出すとそのまま地面を伝いヴォルグに近付いていく。
相変わらず
「
バルムが態勢を低める。
仕掛けられる、とヴォルグの肌は感じた。
殺気が増したと気配が語っている。
バルムの目を見た。
嗤っている。
だが次の瞬間歪んだ。
それは驚愕。
ヴォルグはちらりとその視線の先を探る。ヴォルグの脇から三十センチ後方、飛来する何かがあった。
それはまさしく鮫。鮫の弾丸……後方からオーエンが援護射撃したものだった。
全くもって何と摩訶不思議な能力であろうか!
血中に突如として鮫を生み出し弾丸の様に発射するこの能力は!
魔法、妖法……どうとでも言えよう。
人知を超えた恐るべき能力に違いなかった。
そして何故この少女がそのような能力を有しているか、謎は深まるばかりである。
バルムの切っ先は、そちらにつられたように軌道を変える。
その軌道の先にあったのは、鮫の弾丸の影だった。
黒き影を切っ先は囲むように軽くなぞる。
途端、鮫の弾丸が微かにその存在を薄めた!
色が透け、影が紙のようにうっすらと浮く。
そのまま鮫の弾丸はバルムにぶつかるが、奇妙。
それは肌にめり込んだ。
いや、すり抜けた!
ヴォルグにはわかった。
あの剣は人や物体を切る為に作られたものではない。
影だ!
影を切るために生み出された異常な剣だ!
「生きてるうちにこの技を見れたのは幸運だな。普通は喰らって初めて効果に気が付くのだ」
その剣は名を影斬丸といった。バルムが一族から受け継いできた由緒正しき剣だ。
幼い頃より鍛え上げ、技に磨きをかけてきたそれは今凄まじい強さを誇っている。
即座、剣が軌道を変えヴォルグに迫る。
鮫の弾丸を打ち放ったオーエンとてそれをあんな妖法で打ち破られるとは予想していなかった。
動揺しつつもオーエンは周囲を見渡し逆転を探る。
一方ヴォルグ。当然彼の取る手はただ一つ。
あえて近づくこと。
ヴォルグはそのままバルムの影の中に入ったッ。
自身の影の中にいれば、影を切ると自身ごと切断することになる。
無論、バルムもそのことは予測済みであった。
距離を取ろうと
しかし巨体が動く方が早かったのだ!
体格も力もヴォルグは圧倒的に上だった。
ヴォルグはバルムを抱きしめ、拘束した。
「俺様の復讐を邪魔したな!」
バルムは吠えた。
「あの子を殺させるわけにはいかねぇ」
「平行線だ。お前がそう言おうと俺様は殺す」
眼に怪しい光が宿る。それは狂気だ。
ヴォルグはそれによく似た目を知っている。
オーエンの目だ。
「私と、よく似てる。そう……感じます」
前腕部に生やした鮫の背びれを刃にしてオーエンは近づく。
オーエンの目にもまた狂気は宿っていた。
「やめろ! 殺す必要は」
「彼の復讐への礼儀です! それに……おじさま。その男のこめかみを見てないんですか?」
言葉に動かされ、ヴォルグの瞳がゆっくりとバルムのこめかみに向く。
そういえば、耳に微かに先ほどから音がしていることを気付かないふりをしていた。
うじうじと虫が土を
その音の正体。
それは、バルムのこめかみから
それはヴォルグと目が合うと、そのままこめかみから肉体内部に潜っていく。
「脳波
思わず言葉を失う。その寄生虫はヴォルグの目にはまさしく悪魔に見えた。
人の体を蝕むそれは、生気を失った白い肌をくねらせながら体の中を喰らいつくしていくような。
そんな想像がヴォルグの頭をよぎった。
「知らなかったのですね」
寂しげに言いながらオーエンは、鮫の刃をバルムの背中に突き立てた。
ぐねり、とバルムの体がうねる。
彼の指先で剣が躍り床に乾いた音を立てて落ちる。
背に血が滲み、口元をこぼれる血の糸。
「誰があなたに寄生虫を」
「お前も知ってるはずだ、とヤツは言った」
苦痛に顔をゆがめながらもバルムは笑う。
血がオーエンの腕を伝い床に零れ落ちていく。
地面が赤く染まっていくにつれ、オーエンにも怒りに似た感情が暴走するかのような勢いで加速していく。
「じゃあ……」
「
吐き捨てるように、血と共にそれだけ流れ落とすとそれっきりバルムは何も言わなかった。
途端、こめかみから赤い爆発が起こる。
思わずヴォルグは死体を床に落とす。
少女は腕の血を軽く拭い、死体を見下ろしていた。
あまりにも呆気ない最期であった。
「宿主の生命が尽きたから中に潜んでいた寄生虫も生きる
「ひ、ひでぇっ! あれは……一体」
「悪魔。そう呼ぶことが適しているでしょう……」
血の飛び散った壁に背中を預けオーエンは呟く。
「宇宙人、異次元の侵略者……そういう風なものなんです。けれど私にとっては天敵と言った方がしっくりきます」
遠くから警備隊の足音が聞こえてくる。騒ぎの音を聞きつけて駆け付ける。
当たり前のことだが、今では遅すぎた。
警備隊が来たところで何になる。バルムが死んだことに変わりはなく、彼を殺したのがオーエンであることは否定のしようがない事実なのだ。
血濡れの少女を、ヴォルグは何も言わずただ抱きしめた。
それは平静を装っている彼女が泣いているように見えたからだ。
本当は、こんなところで血に濡れているような女の子ではないはずなのだ。
だから今の彼女が、ヴォルグはたまらなく可哀想で……助けてやりたいと思った。
最初オーエンはその体を払いのけようとした。
だが、その手に力はない。
甘えたがっていた。
きっと彼女はずっと誰かに甘えたがっていた。
少女は血に濡れた手で男を抱きしめ返した。
やがて彼女はすすり泣き始めた。
ヴォルグは手をどけようとはしなかった。
ただずっと抱きしめている。
警備隊の声など、彼らの耳に響いては来なかった。
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