7.
7-1
春華を部屋に戻した夜。百合子は一人でこの世界について振り返っていた。かけがえのないものを得る場所になるとは知らずに過ごしていた日々を思い返すと、過去に戻って灰色の世界に生きる自分に告げてやりたくなる。お前はこの世界で友人を得る、と。それはきっとどれだけ経っても色褪せない思い出となり、心の糧になる、と。
数多の超えてきた世界の何よりも特別な世界が、ここにあったのだ。百合子はいい世界だったとしんみり振り返ったが、その感傷を邪魔する大いなる存在があった。神である。
それは彼女の頭の中に直接語り掛ける。世界の終わりが近づいているときに悪いが、いくつかの世界にスポットとして入ってくれないか、と。
「えぇ。当然よ」
これほど神に、世界の構築に貢献している百合子が抱くただ一つのささやかな願い、「春華と同じ世界に存在し続けたい」を聞き届けてやってほしいと思うのは、春華と律子だけではないだろう。彼女の気持ちさえ知れば、全モブがきっと律子達に同調するはずだ。
神も理解している。しかし、それはそれ、これはこれである。神はまるで百合子を試すように、別の世界へと彼女を招待した。
***
「お、おい! 今の……!」
「馬鹿な! 無詠唱でサンダーボルトを……!?」
瞬きの瞬間、百合子の視界が切り替わる。そこには、指先を遠くの山に向けて涼しい表情をしている一人の男子が居た。周囲を見ると、そこは校舎の敷地内のようである。しかし、悠々と空を飛ぶ小型のワイバーンや、校舎を取り囲むように
たった今、教官のような初老の男性が発した言葉と合わせて考えると、この世界に魔法という力が存在しているのは明白であった。山の頂きは欠け、黒くなり、煙を発している。おそらくはすぐそこに立っている少年がやったことなのだろう。
となれば、百合子に与えられた役割は一つである。彼女は完璧にそれをこなしてみせた。
「そんな……信じられない……」
百合子は口元を押さえ、目を見開いて少年を見つめる。ちらりと見やると、横には同じ制服に身を包んだ少年少女が居た。歳の頃は一五歳前後である。教官が主人公であろう彼の力を知らなかったことを鑑みると、これが入学試験、もしくは入学後初めての魔法の披露の場であろうことが窺える。
恐怖とも取れる表情を浮かべて、百合子の隣に居た男子が吠えた。「お前、いま何をした!」と。彼に同調するように、周囲に居た生徒が一斉に首を縦に振る。百合子も真似るように首を縦に振った。
「何って、ちょっと落としただけですけど。
「なっ!」
教官は絶句しているが、それでも主人公と思しき少年は、表情を崩さないまま淡々としていた。そして、それを聞いて、モブ達は思い思いに声を発した。「ちょっとってレベルじゃねーぞ!」「私、自信なくなってきた……」「嘘だろ!?」、それらが雑音となり、百合子も「何者なの!?」と声を混ぜる。
目眩を起こしそうになっている教官が、まるで最後の力を振り絞るように告げる。
「一応、炎属性の力も見せてもらおう」
「うーん、いいですけど。普通にやったらこの辺が火事になるしなぁ」
「かっ……御託はいい、見せてみなさい」
少年は腕を組んで少し考える素振りを見せると、手を空へとかざした。小さく何かを呟くと、空が業火を纏う。辺りが明るくなり、百合子は目を点にして見せた。ぽかーんという表現がピッタリな表情を浮かべ、ただ燃える空を見上げる。罪もないワイバーンが撃ち落とされるように焼かれ、百合子のすぐ近くに落ちたが、それにも気付かない様子で。
「もういいですか?」
「合格! 合格だよ! もう! ワシ、教官辞める!」
「教官!? アレが異常なだけですから! お気を確かに!」
いきなり始まった茶番だが、百合子は彼に駆け寄って「あー! 私もっと教官に色々習いたいなぁ!」と声を上げる。近くに居た全てのモブが教官を慰めるのを見つめ、主人公は困った顔で頬を搔く。
「俺、またなんかやっちゃいました?」
「やらかしまくりだよ!」
他のモブと声を重ねてそう叫ぶと、神の声が頭に響く。
――オーケー。このまま次に向かってくれ
次という言葉に嫌な予感がした百合子だったが、本来居た世界で大きな進展はもう見られない筈である。長めに意識を失っていても問題ないだろうと踏んだ彼女は、頭の中で「分かったわ」と返事をした。
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