第二話 天使を呼ぶ舞
果たして、その状況を何とするべきか。
不思議な声に導かれ、真夜中の学校で金髪の少年に出会い。出てきた言葉は魔法少女。
「……い、いやいやいや! おかしくない!?」
「信じられないかも知れないけど、君が聞いた声が本物なら……君は魔法少女として戦う素質がある。お願いだ、この学校を、生徒たちを救うために―――」
「ちょっとストップ! まずそれ本当に大丈夫なやつ? 可愛い顔して裏があるとか、契約した後で衝撃の真実~! とかそういうの流行ってるって聞いたんだけど!」
「それは知らないけど、裏はないことは約束するよ。聞かれれば答えるし、辞めたければいつ辞めても構わない」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、訝しい目で見つめ返す。
嘘をついているようには見えないが、だからといって怪しくないわけではない。
たったこれだけの問答ではいそうですかと承諾できる人間はいないだろう。
「えっと、時間、ある?」
「……あまりない。今、すぐそこで一人の魔法少女が戦っているからね」
「わかった、じゃあ要点だけ……魔法少女ってことは、命懸けだよね?」
「申し訳ないけど、その通りだ。負ければ命を落とすだろう」
即答で肯定されるが、これはわかりきっていたため流す。
「うん、じゃあ次の質問……敵ってなんなの?」
「悪魔だ」
「悪魔? え、なんかこう、悪の組織とかそういうのじゃなくて?」
「君たちも知っている、西洋に伝わる伝承の悪魔だよ。手短に説明するけど、彼らは
「生贄!? ってことはほっとくと」
「ああ、無関係な生徒が死ぬ。だから何としても止めなくちゃならない」
「でももう一つ! なんでこの学校だけなの? ちょっとご都合すぎるんじゃない?」
「……この学校の真下には、この国でも有数の霊脈がある。魔力が集まりやすいからこの場所が選ばれたんだ」
「……それでもやっぱり都合が良すぎる気がするけど……わかった」
舞華は腹を決める。不思議な夢を見たのも、そこで聞いた声も、全ては舞華をこの場所へ導くためだとしたら。
きっと、それには何か意味があるはずだ。あの声の主に会って、何故自分を選んだのか聞かなくてはならない、そんな気がする。
「私、やるよ。後から嘘ってわかったら酷いからね!」
「ありがとう……!」
ブローチを受け取り、見つめる。綺麗に磨かれた桃色の宝石に、不安げな自分の顔が映りこんだ。
「あ、そうだ。あなた名前は?」
「ロザリオ。ロザリオ・フローリー!」
「これからよろしく……えーっと、あ、じゃあ、リオくん!」
声をかけながら体育館の中、光と音のする方へ駆けていく。
扉を大きく開け放つと、想定外の乱入者を見た両者は動きを止めた。
「……また人間か」
「あなた……姫音舞華!? 何故あなたがここに!」
「あーっ! 律軌ちゃん! え、律軌ちゃん魔法少女だったの!?」
限りなくヒトに近い形をした悪魔―――よりも先に舞華の意識を奪ったのは、不可思議な衣装に身を包んだ宮下律軌の姿だった。
青を基調とした、魔法少女というよりはどこか婦人警官を思わせるが、それでいてSFのような現実離れした衣装。そして―――肩から下げたエレキギターと、右手には拳銃。
夢で見た女性とほとんど一致するような姿を見て、舞華はあることを思い出す。
「ちょ、ちょっといいリオくん」
「なんだい」
「私、楽器とか一つもできないんだけど」
「えっ」
後ろにいたロザリオに問うと、きょとんとした表情で返される。
「待ってくれ。何故魔法を使うのに演奏が必要だと」
「夢で見たの! どうしよう、私今完全に無防備じゃん!」
「何かないのか!? その、君を呼んだ声から何か聞いていないか!」
「あ」
思うままに、
「そうか!」
改めて、舞華は悪魔へ向き直る。
人に限りなく近い姿。しかしそれは肢体だけであり、背中には羽根、そしてその顔つきはフクロウのような猛禽類のそれだった。
右手に大剣を持ったそれが、左手を床へかざすと、魔法陣が床に浮かび上がる。瞬く間もなく、その中から狼のような形をした真っ青なナニカが現れた。
悪魔が左手を突き出す動作に合わせ、狼は舞華へ襲いかからんと跳躍する。律軌から制止の声がかかるが、遅い。
「待ちなさい!」
「不運だったな人間」
「わわっ!」
咄嗟に、考えるより先に体を動かす。
右、左に手を鳴らし、右手を掲げて回転。たったそれだけの動きで、ブローチを中心に爆発的な力の波が起きる。
狼は弾き飛ばされ、悪魔と律軌はその場に留まるのがやっとといった姿勢を見せる。
まだ、これだけではない。舞華は思うまま、感じるままに舞い踊り―――心で唱えた。
《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》
光に包まれる。戦いへの不安を消し去る暖かな光。
羽毛のような優しさに心地よさすら覚えながら、舞華は長すぎる体感を終えた。
―――果たして、それを魔法少女と呼んでいいのか。
舞華が身にまとっていたのは、華やかではあれど柔らかく見える衣装などでなく、鎧であった。
顔を隠すものは無く、白と桃色を基調とした優美な衣服の上に、薄紅色のアラベスクが描かれた薄く軽い鎧が、胸や肩、腕や脚など体の各部を覆っている。
甲冑のように重苦しいものではないが、あまりにも簡易に見える鎧の防御力はとても高いとは思えない。
と、一拍の間を置いて舞華の頭上に魔法陣が浮かび上がり、そこから直剣が落とされる。
こちらは純粋な剣、いわゆるブロードソードと呼ばれるものだ。しかしこちらも剣一本と些か頼りなく見えてしまい、舞華は背後のロザリオに問いかける。
「……あれ、盾とかは」
「変身の詠唱で召喚できるのは鎧と武器だけだ。追加の詠唱が無ければ盾や他の武器は呼べない」
「あっそうなんだ、ありがとう」
「……今度は
悪魔は、吐き捨てると同時に右手の剣を舞華へと向ける。
その背後に三つの魔法陣が現れ、先のように狼が襲いかかってきた。
まるで実体を持たないようなエネルギーの塊が、牙を剥いて向かってくる。あまりに現実味のない光景であるせいか、不思議と恐怖は感じなかった。
「うわ、っと!」
舞華が思わず直剣を両手で握り締めると、無意識のうちに腕が引かれ、迫り来る狼に向かって剣を振り抜く。狼は刃に触れた途端に霧散。斬ったという手応えもないままに消え去った。
また、舞華が立て続けに剣を薙いだことで二匹の狼を消した一方で、もう一匹は律軌の拳銃による射撃によって防がれていた。
「危なっかしい……」
「あ、ありがとー!」
「なるほど……主天使、伊達ではないか……ならばこれはどうだ!」
息をつく間もなく、悪魔が舞華に飛びかかる。一メートルはゆうにある大剣の刃が、舞華の眉間をしっかりと捉えていた。
先の狼とは比べ物にならない恐怖と焦燥が心の底から湧き上がってくる。あれに触れたら死ぬ、そう確信させるだけの冷たい邪気を、灰色の刃は放っている。
咄嗟に―――またも意識する前に直剣を構え、刃の腹で受け止める。歯を食いしばり耐えるが、重い。
大剣という得物の重量だけでなく、悪魔自身が半ば宙に浮く形で舞華と対峙しており、その体の重みまでもを受けるには今の舞華では些か非力だった。
「ぐ……!」
「ふん……っ!」
一際強い押し込み。あまりの重量に舞華の腕は弾かれ、尻餅をつく。
「これでは結果は変わらんぞ、死体が増えるだけだ」
「安心しなさい、お前の相手は私だけよ。最初から、今も変わらずね」
律軌が弾丸を放った。悪魔は舞華を踏み台にして弾丸をかわし、その重量に舞華は押し出されたのだ。
―――片や、上位の力で下等たる人間を殺さんとする悪魔。片や、借り物の力で上位たる悪魔に逆らわんとする人間。
対峙する二人を見て、舞華は状況を飲み込み萎縮する。今この場において、自分は双方の邪魔者でしかない。
唇を噛む。魔法少女となり戦うことが簡単でないことは確かだ。今日会ったばかりの律軌と、この土壇場で協力することも難しいのは明白。
となれば、自分にできることは何か。
「では……やってみるといい」
悪魔が再び左手を床へとかざす。しかし今度は様子が違った。
出てきたのは今までのように形だけの実体を持たないものでなく、はっきりと生きた漆黒の狼。
唸り声をあげる狼に悪魔が跨った次の瞬間、狼は目にも止まらない速度で律軌へ飛びかかった。
「くっ!」
律軌は拳銃を手放し、がむしゃらにも見える荒々しい動きでギターを弾く。
またもブローチから魔力の波動が起こり、狼と悪魔を寄せ付けまいと跳ね除ける。
拳銃は床に落ちると共に消滅し、律軌の頭上からは新たに
波動が消えるのを見てすぐに、狼は再び律軌へ飛びかかる。獰猛に飢えた双眸と、その背中で悪魔の振りかぶった大剣の刃が光る。
律軌の心は刹那の間何処かへ飛ばされ、死の確信に頭が満たされていく。
―――これは、駄目だ。
「やっ!」
響いた声で我に返る。舞華が剣を狼に向かって投げつけ、悪魔の剣がそれを払う。
しかし一瞬あれば十二分。律軌は狼の眉間目掛けて発砲し、その反動で後ろへ跳んだ。咄嗟の判断ゆえに弾丸が当たることは無かったが、距離をとるには十分な反動を受けられた。
「あちゃー、駄目か……」
「小賢しい真似を……引っ込んでいろ」
「そういう訳にもいかないから、悪いね!」
叫びながら舞華は走り出し、左腕を前に出す。
―――バレエの要領を利用した跳躍と、高速での回転。波動と共に迫り来るというその驚異的な光景に、狼は本能的に飛び退いた。
律軌の隣に綺麗な着地を決める舞華に、悪魔と律軌は驚愕の表情を向ける。
「あなた、そんな運動能力が……」
「うおーすごい! 四回転できるようになってる! 魔法少女いいかも!」
口に出したのは歓喜であれど、真剣な表情で舞華は二本目の直剣を構え走り出す。
その背中を眺めながら、律軌は無意識のうちに頷く。
彼女がいれば、少しは希望があるかも知れない。
「いっ……けぇ!」
「邪魔を!」
舞華と悪魔が剣を打ち付け、肉薄する。律軌はそれを見た後、天井を見上げた。
―――体育館の天井を埋め尽くすかのように記された呪詛と魔法陣。そしてその中心に、一人の生徒が拘束されていた。
悪魔は、復活のために儀式を行う必要がある。人間の強い願望を利用し、生贄とすることで、人間の体を奪い取る形で現世に現れるという。
そして人間の皮を被って人の世界へと潜り込み、少しずつ手駒を増やして神へ反撃する準備をするのだとロザリオは言った。
儀式は、悪魔にとって何よりも重要なもの。だからこそ儀式の空間にただの人間が入ることはできず、音や光も人間に感知されることはない。
そして―――儀式を壊せばその悪魔は大幅に弱体化する。逃がしてしまえば次の機会を与えることになるため、儀式を邪魔したうえで確実に息の根を止めなくてはならない。
天井の魔法陣を睨みつけ、発砲する。舞華と打ち合っている今ならば、そう簡単に反応はできないはずだと踏んでの行動だった。
「ふんっ!」
「く!」
実体のない狼が、五発の弾丸のうち一発を噛み砕き、残りの四発をその肢体で受け止める。やはり上手くはいかない、と律軌は唇を噛み締めた。
―――その一方で、舞華の動きが止まっていた。
律軌の弾丸を防ぐために悪魔が意識を逸らした、その隙をついて左肩に剣を振り下ろした。
剣は悪魔の体に食い込む。まるで人間と変わらないようなその肢体に、銀色に輝く刃が切り込まれていく。
心の痛む、現実的な感触だった。肉を切り、骨まで断とうかという剣先の感触が、両手にまじまじと伝わってくる。
思わず舞華は動きを止め、一拍遅れて咄嗟に剣ごと身を引いた。
刃からは血がしたたり、悪魔の左肩からはしっかりと肉が見えている。
「……っ」
「何を怖気づく人間! お前は私を殺すためにそこに立つのだろう!」
無論、舞華とて論理的な部分では理解できている。
だとしても、生きたものを殺すということがどれほど自分にとって苦しいかを再確認させられたことで、その手先は震えていた。
腹の底から湧き上がる嘔気。強い寒気に襲われ、今にも全身の力が抜けそうだ。
「交代よ姫音舞華。続きは私がやる」
「でも」
「その様じゃ止めは刺せない。あなたは天井にある魔法陣を、どうにかして傷つけて」
律軌の手が左肩に置かれ、その暖かみに少し緊張が和らぐ。
小さく頷くと、舞華は後ろへ飛び退いた。
「ふん、結局はその程度よ」
「そうね、でも私は違う」
「くだらん強がりを!」
狼の素早い動きと、悪魔の持つ大剣の破壊力。それらを一手に引き受けなければならないのは、銃を扱う律軌にとって致命的すぎる不利。
それでも、自分がやるしかない。短機関銃のグリップを握り締め、悪魔の鳥のような顔を睨みつける。
「舞華、大丈夫かい?」
「ありがとリオくん……ねえ、あれは?」
「あの悪魔が行おうとしている儀式だ。完了してしまえばあの生徒の魂は消滅する」
「消滅……」
「上位の悪魔であれば、自分の存在を漏らさないために魂を残したまま操ることも可能だけど……あいつにそんな力はないはずだ」
熾烈な戦闘の様子を見つめ、ロザリオが言う。
「リオくん、あの悪魔のこと知ってるの?」
「……復活を試みる悪魔は、宗教や伝説の境などなく世界中からここに集まる。あれはアンドラス、ソロモン七二柱の序列六十三番目に値する悪魔だ」
「アンドラス……」
「舞華、無理に動く必要はない。これ以上戦えないのなら、そのブローチを返してくれれば」
ロザリオの言葉を遮るように、舞華は振り返る。
天井に縛り付けられた生徒。その表情は紛れもなく苦悶のものであり、また重力で体にかかる負荷も大きなものだろう。
「ごめん、もう大丈夫……律軌ちゃんに任されちゃったんだもん、やるよ」
「……無理はしないようにね」
「ありがとっ!」
言葉と共に走り出す。
先ほど舞華がアンドラスに与えた傷は、再生や回復の様子を見せない。それ相応の魔法が必要なのか、その手段を持たないのかは不明だが、その傷で律軌の絶望的な不利が緩和されていることは間違いなかった。
して、その傷を与えた際の隙は、儀式を守るために見せたもの。あれを傷つけられるのは致命傷に等しい、ということだろう。
どうやって防御を掻い潜り、天井にある魔法陣を傷つけるか。
ただ剣を投げつける、切りつけに行くといった行為ではまず無理だろう。黒い狼に跨った今のアンドラスの速度なら、並大抵の手段を封じられる。
おそらく、一人では無理だ。
「んー……むむむ……なにか、テレパシーみたいなのができれば……」
『姫音舞華』
「ぅわっ!?」
唐突に、律軌の声が頭の中で響く。あまりの驚きに舞華は体制を崩して転んだ。
『まだ戦えるようね。ブローチを通じてこうした念話ができる、これで向こうに悟られないよう会話するの』
『う、うん……わかった。それで、どうすればいい?』
作戦を練っていることを悟られてはならない。舞華は念話に集中しながらも、全力で跳躍し魔法陣を切りつけんと近づく。
当然、それをさせまいと狼が襲い掛かり、その対処に追われるうちに魔法陣からは離れてしまう。
さらに、アンドラスはこれを見越していたのか、動かなくなった左手から狼を召喚することで律軌の攻撃と舞華の攻撃を同時に捌ききっている。
これをかわす手を、考えなくてはならない。
『姫音舞華……あなた、あの悪魔に止めを刺す勇気はある?』
『……私が、止めを』
律軌とて、舞華の心情を案じた上での提案だった。それでも、自分達より遥かに強い悪魔を出し抜くには、形振りに構っている場合ではない。
舞華は幾度も跳び上がり、狼と格闘しながら先の感覚を思い出す。肉を切り、骨を断つには、それ相応の重圧を自分自身が受け止めなくてはならない。
……相手は悪魔。紛れもない純粋な悪意の塊。そして生贄にされようとしているのは、ただの生徒。
割り切らなくてはいけない。あの声が舞華を呼んだのは、舞華が必要だったから。そのはずなのだ。
『……やるよ』
『……ありがとう、ごめんなさい』
暫くの間、律軌の声が頭の中で響き渡る。舞華は走り回りながらもその言葉を刻み付けるように覚えていった。
『……いけるわね』
『うん!』
返答と同時に舞華は壁を蹴り跳躍。再び狼が襲いかかってくる。その眉間目掛けて剣を振り下ろした舞華は―――そのまま重力に従い、律軌とアンドラスの元へ落下していく。
「アンドラァァァァァス!」
「何!?」
「今!」
舞華が―――剣を持った方の人間が自ら斬りかかってくるはずがない。そう考えていたアンドラスにとって、その行動は完全に予想外だった。人間という存在を軽んじていたこともあり、舞華の復帰を可能性として考えていなかった。
そして、その驚愕は大きな隙となる。律軌は短機関銃を天井に向け、弾道がバラバラになるように発砲。
動き始めが遅れてしまえば、全ての弾丸を防ぐことなど不可能。体育館の中で、スパークのような音と光が何度も瞬く。
「貴様アァァァァァ!!」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……まるで、空を切ったかのような感覚だった。覚悟していた重みが手にかかることも、血が飛び散ることもなく。アンドラスの姿は幻影のように歪んで消えていく。
体育館全体に張り付くような気配が消え、舞華は糸が切れたようにその場に座り込んだ。
緊張と集中が解けたせいか、纏っていた鎧が消え、元のパジャマ姿に戻る。
「まったく……悪魔を斃すだけが仕事じゃないのよ」
「ふぇ」
声をかけられ見ると、律軌は変身を解かずに天井に縛られていた生徒を抱き抱えていた。
苦悶の表情でうなされる生徒を床に寝かせると、そこへロザリオが歩み寄ってくる。
「二人共、お疲れ様。初めてなのに援護もできなくて悪かった」
「ううん、大丈夫~……律軌ちゃんのおかげだよ」
「……私もこれが初陣よ。あなたがいなければ危なかった、感謝するわ」
律軌も変身を解除し、学校指定のジャージ姿になる。
舞華は思わぬ言葉にしばし呆けたあと、小さく笑った。
「……なに」
「いや、邪魔にならなくて良かったなって」
「ああ、二人が上手く協力してくれたおかげだ。あとは僕に任せてくれ」
そう言うとロザリオは、ローブから五芒星と呪文の描かれた手のひらほどの紋章を取り出して生徒へ向ける。
ロザリオが目を閉じると、彼の周囲に明るい緑色の光が湧き出す。光はゆっくりと生徒の方へ近づいていき、その体を包み込んだ。
「これは?」
「彼女の体から、悪魔の持っていた魔力の残滓を浄化しているんだ。強い魔力は本体が死んでも残る、それを他の悪魔に利用されるわけにはいかないからね」
「なるほど……悪魔を倒して、生徒を助けて浄化するまでが魔法少女の仕事なんだね」
「そうだね。今は僕がやっているけど、君たちのブローチにも同じ機能が備わっているんだ。僕が不在の時や時間がない時は頼むよ」
光が弾ける。すると、生徒がひとりでに起き上がって歩き出した。
あまりに突然の出来事に、舞華は大声を上げてひっくり返る。
「わぁ!?」
「浄化の際に、今夜のことを忘れて自分の部屋へ戻るよう簡単な魔法をかけているんだ。そうしなければ、彼女は悪魔の儀式を知ってしまうからね」
「え……寝てたのに?」
「出遅れてしまったのよ。あれは儀式が完了する直前の状態だったの」
律軌は、ばつの悪そうな表情でこぼす。
それをフォローするように、ロザリオが話を続けた。
「悪魔は、強い願望を持った生徒を操って儀式の下準備をさせる。ある程度の準備が整ったら、君たちと同じように音楽の詠唱を用いて自分自身を召喚させるんだ。そして操った生徒を生贄にして、儀式を完了させる」
「つまり、彼女が儀式の一部に組み込まれていた時点でギリギリだった。間に合って良かったわ」
「そっか……」
舞華が立ち上がると同時に、律軌はギターを背負い直して出入り口へ歩き出した。
「あなたも早く寝なさい。明日も学校があるんだから」
「あ、そうだった! えっと……リオくんは?」
「僕はこの学校に隠れ家を持ってる。すぐに帰るよ」
「そっか、じゃあ、また明日!」
ロザリオに手を振り、舞華も律軌の後を追う。
―――その後ろ姿を見て、ロザリオは小さな声で呟いた。
「……彼女たちなら、最後まで戦えるかも知れないな」
✩
翌朝、舞華は六時に起きた。
激しい戦闘による肉体的な疲労と、自分の意思で生き物を殺したという精神的な疲労が重なったせいか眠りは深く、目覚めた時にはほとんど回復していた。
朝食を取り、着替えが終わったところで部屋の扉が叩かれる。
「はーい」
「おはようございます、まいちゃん。一緒に行きませんか?」
「おはよーゆのちゃん、今行くから待ってて!」
鞄を持ち、優乃と並んで寮の廊下から渡り廊下へ出る。
多くが複数人で登校している生徒たちの中、舞華は一人で歩く律軌がいるのを見つけた。
「律軌ちゃーん! おはよーっ!」
「……」
律軌は、こちらを一瞥したもののすぐに前を向いて歩き出す。
その瞼は、まだ眠っていたいと重く閉じかけていた。
「もう、朝だって言うのに眠そうな顔」
「ふふ、律軌さんも誘いましょうか」
二人で歩みを早め、律軌の肩を叩く。
―――こうして、姫音舞華の少し不思議な学園生活が始まった。
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