その名のために

ナカムラサキカオルコ

『愛しすぎて』

「サトミは、どうしてずっと俺に告白してくれなかったの?」

 ゆるい笑顔の無邪気な問いかけは、私のなかの巨大なマグマの吹き溜りを瞬時に大爆発させた。天を突き上げる火柱が出現し、爆煙と轟音を轟かせ、熱い風と怒りのマグマは、またたくまに辺りを飲み込んで焼き尽くした。

 それでも、タイシと待望の第二子のハルト、彼らの居る場所、親子連れであふれるショッピングパークの広場は、穏やかな光と賑やかな歓声に包まれている。

 ハルトは恥ずかしがり屋だが、居合わせた子供たちに徐々に混ざり始めた。おっかなびっくり、走ったり転んだり。

 息子が遊びに夢中になっているとはいえ、白昼堂々と自分からきいてくる男に、その体と同様に中年のたるみを感じた。

「それは、私がタイシを好きだという前提の発言?」

「そりゃそうだよ」

 なぜそう思ったのか、と聞き返すのも億劫だ。

「タイシが涼子さんを好きになって結婚したのと同じでしょう。のろけ以外で、説明できる理由なんてあるまい」

「ふーん。タイミングを逃し続けたってこと?」

 口のなかで舌打ちをしてタイシを睨みつけたが、アルカイックな作り笑顔を返した。

「タイミングって大事でしょう」

「そうだな」

 タイシは一人でうなずく。勢い、背負い投げ、一発勝負。いまだ、いまその手をのばせ、言葉を渡せ。”たまたま”を引き寄せているのは無意識の努力だが、致命傷はなくとも、少しずつ空振りが続けば、ご縁がないのかな、とわかる。それでも関係を保ちたちならば、世間一般的には友達という関係でしかない。それならそれでいい。

「サトミさーん」

 若い麗しい声が私の名を呼ぶ。ショッピングバッグを持って手をふりながら満面の笑顔でマドカが走ってくる。その後ろを涼子さんが。

「サトミさん、みて、買えたよ、やった! すごい!」

 早朝から並んで、整理券を手に入れたのはショッピングセンターに隣接するタワマンに住んでいるこの私だ。整理券があってもかつ、指定された時間帯に並ばなければならないというバカな話で、ふたりはその激戦から無事に帰ってきた。

「よかったねえ、よかったね」

 難しいお年頃が近づいて、マドカはますます私になついる。うれしい限りだ。ハルトも戻ってきてテンションが高い姉に合わせて喜ぶ。本当にかわいらしい。

 一家は早めに昼食へ向かう。私は眠気を口実に帰宅した。人工芝の広場を遠くに見下ろしながらパソコンを開いた。





『愛しすぎて』CHEMISTRY に因んで

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