無重力ランデヴー

絵空こそら

無重力ランデヴー

 目が覚めると死んでいた。あまりにはっきりした感覚に逆に困惑して、隣にいた陽介に思わず聞いてしまう。

 「これ、死んでるよね?」

 「そうみたいねェ」

 ベンチの上で少年ジャンプを広げている少年の上にのしかかるようにして漫画を読んでいた陽介は、間延びした返事をした。

 「え、え、何で死んだん」

 陽介は目線を上げずに、「ん」と顎をしゃくり公園の外を示す。救急車と、ひしゃげたトラックが止まっていた。

 「嘘やん……」

 呆然とする俺に、陽介は急にキリッとした顔で向き直ると言った。

 「この度は、ご愁傷さまです」

 「いやお前もだろ。てかなんでお前まで死んでんの。今日一緒に帰ってなかったじゃん」

 「きいちゃんが遠くに見えたんで、一緒にかーえろ♡って駈け寄ったら一緒にバーン♡ってぶっ飛ばされちゃったのよん」

 「まじかよ」

 ノリが軽すぎるせいでいまいち死んだという実感がわかない。でも確かに死んだのだ。目が覚めた時にそう確信した。こうして意識があって、なぜか友人と喋れているのは不思議でしかないが、俺たちの姿は普通の人には見えなくなっているみたいだった。現に漫画を読んでいる少年は、陽介に寄りかかられてもてんで平気な顔をしている。

 そうこうしているうちに、救急車は間の抜けたドップラー効果だけを残し走り去ってしまった。

 「行っちゃったよ……」

 「行っちゃったねェ」

 テスト期間で半ドンだったせいで、日がまだ高い。

 陽介は立ち上がって伸びをした。少年はだるそうに肩を回している。やはり重かったのだろうか。

 「んじゃ行きますか」

 「は?どこに。まさかあの世……」

 「んなわけないじゃん」

 陽介は笑う。ゆっくりした動作。校則違反のピアスが髪の間で光る。

 「こんなレアな体験、有意義に使わなもったいねェっしょ」

 彼は冷たい手で俺を引っ張った。


 「ポップコーン食えないのは残念ねェ」

 一番後ろの席の背もたれに頬杖をついて、陽介がぼやく。

 「今日だったらポップ&コークセット500円だったのに」

 「せっかく無料で映画見てんのにそこは金払うんか」

 「これだから素人は。映画にポップコーンは鉄則でしょうが」

 「お前だって玄人じゃねえだろ」

  暗い劇場に俺たちのしゃべり声ばかりが響く。上映中はお静かに!と幕が上がる前に注意書きがしてあったのに。客の中に霊能者がいたら確実に祓われているくらいのマナー無視だ(こういう観点からもってしても陽介は玄人ではない)。

  画面の中では、ムキムキマッチョの外国人が飛び交う弾薬の中を潜り抜けて、素手で次々敵を伸していく。このくらいマッチョだったら俺もトラックを押し返せたかもしれないのに。やはり高校で帰宅部にシフトチェンジしたのは失敗だったか。

 そんな他愛ないことを考え、しゃべっていたらいつの間にかクレジットが流れている。せっかちな客が席を立つのに乗じて、陽介も勝手にひょいひょい階段を下りていく。

「次」

 

  俺たちはゴリラの檻の前にいた。

 「なんで動物園だよ」

 「いや、動物園ってくせーじゃん。死んでる今なら平気だと思ったんだよ」

 「今でもふつうにくさいわ!」

 「ねー。死人の嗅覚って不思議ねェ」

  陽介はおもむろに胸を両手でたたき始めた。

 「やめろよお前。高校生にもなってドラミングなんて恥ずかしい」

 「うほっ。誰も見てないうほ。手をパーにして叩くのがコツうほ。」

  うほうほ言いながらふざけ始めた同級生にドン引きしていると、唐突に黒い塊が降ってきた。それは陽介の身体をすり抜けて、べちゃりと地面に落ちる。よく見ても見なくても、それはゴリラのうんこだった。

  俺と、中途半端に胸を張ったままの陽介がそろりと視線を向けると、ゴリラと目が合った。視えている。

 かくはずのない冷や汗を流しながら、俺たちは声を揃えて「すみませんでした」と言い、猛ダッシュで退散した。


 それから貧乏人根性で、有料の施設をいくつかまわった。移動手段は電車かバス。もちろんタダ乗りだ。遊園地のお化け屋敷で作り物の幽霊を、「俺が本物の幽霊じゃあ!」と脅かしたり、カラオケで熱唱する若者に勝手にハモってみたり、自撮りするひとの後ろに笑顔で紛れ込んでみたり。そんなあほなことばかりしていたら、いつの間にか日が暮れていた。


 「結構、やりつくした感あるな……」

 「んー」

 最初の公園に戻ってきていた。流石の陽介ももう思いつかないのか、丸まった背中からは気のない返事しか返ってこない。

 あたりはすっかり暗くなり、風が少し肌寒い気がした。

 おれはふと、家族はどうしているだろうかと考えた。父さんは出張先でゆっくりお土産を選ぶのが好きだけど、今回はとんぼ返りしたかもしれない。妹だってテスト期間だし、母さんは来週誕生日なのに。タイミング悪い時に俺、死んじゃったんだな。そう思ったら、今まではしゃいでた気分が嘘のように下がっていき、だんだん不安になっていた。

 陽介も家族のことを思い出しているかもしれないと思って横を見ると、彼は上を向いていた。

 「すっげー、でっけー」

 つられて俺も空を見上げると、陽介のことばどおり、大きいミラーボールのような月が浮かんでいた。

 「今のおれ達ってどこまでいけるんかね」

 月の光が陽介の横顔を照らす。心なしか、頬が上気しているように見えた。

 「いけるくね?こんだけのご都合展開ならさ」

 心底嬉しそうな顔で笑う陽介を初めて見た。「目え閉じて」と言われて、深く考えず目を閉じる。朝と同じように、彼は俺の手を握った。

 「いたいのいたいの、とんでけ~!」

 気の抜けた、まあまあ大きい陽介の声があたりに響いて、次に目を開いたときには宇宙にいた。

 制服のまま、無重力の中に転がる。陽介は大きく腕を横に広げた。

 「ほんとに来た!すげー」

 そして、すう、はあ、と深呼吸をする。

 「はー!空気がうまいですな」

 そしてリラックスした体勢でそこいらを漂い始める。あまりに幸せそうな顔をしているので、「宇宙に空気ねえだろ」という突っ込みをしそびれてしまった。

 「ずっと窮屈だったんだよねェ。おれはこんな小せえ惑星におさまる器じゃねえっつの」

 陽介は指先で地球をはじく真似をする。俺は眼下の青い星を眺めた。小さい、とは思えない。今までの常識をぶっ壊すくらい、大きい。大きいという言葉で表現できないほど。そしてそれを取り囲んでいる真っ暗な空間は、はてしなく続いている。

 「なあ、どこまで行けっかな」

 振り向くと、陽介はさっき月を見上げていた時と同じ瞳をしている。

 「今なら宇宙の裏側まで行けるかもね」

 そう言って俺の手を取り、大きく息を吸う。反射的に俺は手を振り払っていた。

 陽介はぱちくりと目を瞬いた後、照れ隠しのように頭を掻いた。

 「あー、きいちゃんまで巻き込むのはさすがに悪いか。ごめんちょ」

 そして、すいすい飛んでいこうとする。俺は手を伸ばして、脈のない手首を捕まえた。

 「に、人間風情が思い上がるな」

 手に力が入り、声が震える。

 「遠くに行きたいんだったら、せめて海外くらいにしとけ」

 「えー、せっかくここまで来たのに。こんな自由なのに」

 「いいから行くなってば!」

 大声が出た。怖かった。地に足がついていない感覚が。引き留めるものが何もない感覚が。

 「行くな。頼むから」

 陽介はぱちくりと瞬きをすると、俺の顔を覗き込んだ。

 「きいちゃん、泣いてる?」

 「うるせえ」

  んー、と唸ると陽介は、後ろを振り返った。はてしない暗闇。とんでもないサイズ、色とりどりの星をまぶしそうに、名残り惜しそうに見やる。

 「きいちゃんを迷子にしちゃったら可哀想だもんね。宇宙迷子センターなさそうだし」

  俺に向き直った陽介は寂しそうに、でもどこか満足そうに「残念」と言って笑った。


  

  それから一か月の間、陽介は目を覚まさなかった。

  あんなに好き勝手動いていたくせに、脚と骨盤、肋骨、腕の骨が折れて、内臓も傷ついていたらしい。それでも、命に別状はないということだった。医療技術の進歩には驚かされるばかりだ。

  俺はといえば、事故にあったその日のうちに目を覚ました。予想通り家族三人の顔に迎えられて起き上がると、「死んだ!」と確信したのが恥ずかしくなるくらいの無傷だった。どうやら、投げ出された拍子に頭を打っただけだったようで、母さんと妹には「心配して損した!」とまで言われた。それでも、二人とも陽介の容態には心を痛めて、「早く目が覚めるといいね」と聞いたことのないくらい静かな声で、彼の寝台の傍に立つ俺に言った。


 ある日の学校帰り、いつものように病室で寝ている陽介を見ていると、突然

 「ぴんぽんぱんぽーん……」

 と掠れた声がした。続いてくつくつと笑う声。

 「高校生にもなって迷子とか」

 笑い声はどんどん大きくなって、やがて傷に響いたのか、

 「痛い、くそ痛い!」

 と言いながら身をよじる。やっとのことで呼吸を整えると、陽介は黙ってしまい、病室がしんと静まった。

 「痛い」

 ぽつりと声がする。

 「苦しいし、住み心地わる」

 彼は、怪我をしていないほうの腕で目を覆った。

 「トラックが突っ込んできたとき、ちょっとラッキーて思ったのに。めちゃめちゃ自由だったのに。きいちゃんが連れ戻した」

 「ごめん」

 「……責任取って、どっか遠くまで連れてって」

 腕を下にずらすと、濡れた瞳は笑っていた。

 「パンフレット買っとく」

 立ち上がった拍子に、椅子に置いておいたジャンプが床に落ちた。どすん、と確かな重みをもって、それは地面に着地した。

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無重力ランデヴー 絵空こそら @hiidurutokorono

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