ただいま、『Anagogic Ideal』 - 1

 一晩眠って、フードデリバリーのお兄さんが運んでくれた朝食を食べて。


 バイトでも探そう、と僕は思い立った。


 食費や家賃の引き落としは翌月末まで猶予があるけど、逆に言えば、それだけしか猶予はないのだ。

 まずは口座にお金を入れねばならない。


 気が進まない思いを抱えつつ脳接続型VRデバイスブレイン・ジャッカーを装着し、起動。

 海に沈んでゆくようなエフェクトを潜り抜け、【エントランス・メニュー】へやって来た。


 久しぶりの労働。

 何をすればいいのかわからないので、とりあえず情報ネットに接続してみよう。

 そう思ったのだけれど。


「んん。何かメッセージ来てる」


 視界の端で赤文字がチカチカしているな、と思ったら、普段は使わないメッセージ機能に新着通知が届いていた。


 デバイスを起動して初めて気が付いた。

 現実世界には、着信の通知は来ないようにしていたので。

 前職では休日でも構わず連絡が来たし、連絡に気付いたら対応せざるを得なかったので。

 わざわざ有給休暇を取った日でも、構わず連絡が来ていたので。

 気付かなかったら「気付きませんでしたー」と言えるので。

 新着メッセージ通知の赤文字が、若干、トラウマになっていたので。


 それはさておき、メッセージの確認だ。

 落ち着いて考えると、タイミング的に恐らく『Anagogic Ideal』の退会確認メッセージか何かだろう。


 実際、封筒のオブジェクトを掴んで【メッセージ】機能を起動してみれば、新着2件の内、1件は退会確認のメッセージだった。

 読まずに既読設定にして、もう1件の方を確認する。


 タイトルは『[部外秘]重要なお知らせ』。


「差出人は【株式会社 琥珀龍……って、運営だっけ?」


 【株式会社 琥珀龍】はVRゲーム『Anagogic Ideal』の運営会社だ。

 となるとやはり退会に関する内容だろうか。


 しかし、退会確認メッセージの方の差出人は【AH運営】となっていた。


「何か厄介な話かな、これ……」


 不安を抱えつつも、法律関係の期限付き文書とかだと、確認しない方が面倒なことになる。

 僕は嫌々ながら、そのメッセージを開封した。


 音声ではなくテキスト形式の――つまり法的に強めの拘束力を持つ――正式な契約書に準ずるメッセージだ。


 ***


> From: 株式会社 琥珀龍

> To: Kyuma Komori

>

> Title: [部外秘]重要なお知らせ

>

> このメッセージは、

> 過去に弊社ゲームをプレイされていた中で、

> 特別に選ばれた方に対してのみ送信されています。

>

> このメッセージの最後に、

> 暗号化されたシークレット・メッセージが添付されています。

> あなたにはシークレット・メッセージを読む権利があります。

>

> シークレット・メッセージの内容はあなたにとって

> 損失をもたらすものではありません。

> しかし、シークレット・メッセージを開封した上で、

> その内容を第三者に漏洩した場合、

> 弊社はあなたに対して即時の損害賠償請求をおこないます。

> (過去に同様の実績があり、法的にも認められています)

>

 

 ***


 途中まで読んだところで、もう続きを読むのが嫌になってきた。


 ***


> このメッセージの内容に賛同いただくことは、

> あなたにとって十分な利益になると

> 我々は考えています。

>

> 具体的な内容はシークレット・メッセージ内で

> 確認していただくことになりますが、

> 一言で言えば、お仕事の依頼となります。

>


 ***


 ちょうど仕事を探そうと思っていた所なので、渡りに舟とも言えるけれど。


「まあ、第三者に漏洩って言ったって……話す相手もいないもんな……」


 そういうわけで、そのシークレット・メッセージとやらも、読むだけ読んでみることにした。

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