AIをやるバイト

さらば、『Anagogic Ideal』 - 1

「ひぃ、ふぅ、みゃぁ……………………じゅう、じゅういち?」


 ネコミミ×もふもふ×美少女な冒険者ギルド受付嬢NPC・ニャイリアちゃんは、不思議そうに首を傾げる。


「あにゃにゃー、1個多いですにゃん? お返ししますにゃん」


 そうして、おっかなびっくり魔鉄アダマンタイト製のトングで、納品物の余り――バチバチと火花を散らす獣の足を掴んで、僕の方に差し出した。


「あ、ごめんね。多かったかな」


「にゃははっ、だけど、少ないよりは多い方がいいですにゃん!」


 バチバチな見た目にたがわず、素手で触ると微妙にダメージを受ける獣の足。

 それを空中に開いたアイテムボックスのくちにポイっと放り込んでもらう。

 VRゲームゆえこだわりなのか何なのか、このゲームでは他のプレイヤーやNPCとの物品のやり取りをする際は、物体オブジェクトとして物理的に手渡しする必要があるのだ。


「〈プラズマラビットの後ろ足〉10個、確かにお納めいただきましたにゃん。

 これにて依頼完了ですにゃ!」


 そうして無事に規定数の納品が完了し、ニャイリアちゃんが大きなバンザイと共に祝福を告げる。可愛い。


 感情に合わせてピクピク動く耳も尾も、笑顔に合わせてキラキラ輝くパーティクルも、依頼達成の証拠に空中へ出現した半透明のメッセージウィンドウも、全てがこの世界が現実ではなく【VRゲーム】だと僕に告げてくる。


 そんな不思議現象がなくても、ニャイリアちゃんのような美少女と気軽に会話できている時点で――現実ではフードデリバリーのお姉さんとしか女性と話す機会のない僕にとっては――非現実的な世界であるのだけれど。

 ちなみに男性と話す機会は、フードデリバリーのお兄さんくらいだ。


「ありがとでしたにゃ、にゃん!」


 去り際、そう声を掛けられて。


 僕は改めて、深い達成感に酔い痴れた。


 ***


 VR業界に技術革新と情報流出。

 それによる否応なしの技術共有が起きて、早10年。


 現在稼働中のVRオンラインゲームは全て、リアルな五感でリアルな世界を楽しむ、現実と見分けのつかない代物になっていた。

 もちろん、グロ耐性がない人向けの視覚補正設定をONにしている場合なんかは別だけど。


 で、その現実とVRゲームの見分け方というのが、NPC。

 つまり人工知能AIだ。


 AI技術はVR技術ほどには発展しておらず、どれだけ学習材料を増やし、どれだけ細かく調整を加えても、制作側が想定していない行動には、どうしても不自然な動きや反応が出てしまう。

 未知の出来事には文脈を無視したリアクションになったり、自信満々にデタラメを言ったり、シンプルに「何を言っているのかわかりません」なんて答えを返す代物ポンコツも未だに多い。


 ところが、この『Anagogic Ideal』では、そんなことは一切ない。

 NPCはまるで本物の人間であるかのように、言動や状況に応じたリアクションを取る。


 例えば、プレイヤーがNPCとの会話中におかしな動き――たとえば自分の鼻に指を突っ込んだり、脈絡なく阿波踊りを踊って見せたり――をすると、怪訝な顔をされる。

 それくらいなら「そんな風に設定されていたのかな?」という程度の話だけれど、あるプレイヤーがNPCにスルーされるギリギリの行動を検証していた所、最初は黙っていたNPCが「あの……」と言いにくそうに会話を遮って、「さっきから微妙に気になるのでやめてもらえます?」なんて注意してきた事例があるらしい。単純なリアクションでも、情報更新による変化でもなく、があったのだ。まるで人間のように。

 また、話を聞いて同じ検証をしようとした別のプレイヤーは「最近そういうの流行ってるんですか?」と睨まれ、好感度(特に数値として見えるわけではないが、対応に明確な差が出る)が大幅に低下したらしい。


 他にも、目の前でNPC本人の噂話をしていると話にチラチラ視線を送ってきたり。

 キャラメイクの細かい部分を褒めてきたり。

 大盾に模様のように描いた飾り文字を指摘されたり。

 特徴的な装備を変えると同一人物だと気付かれなかったり。

 不審者と判断されると、具体的な違反行為は何もしていなくても、通報されることもある。

 最後のは、ゲームとしてどうかと思うけれど。


 そして、同じことをしても各NPCでそれぞれ反応が違う。

 普通の村人や脳筋キャラだと難しい話は理解できないこともあるけれど、インテリキャラなら理解を示したり、一緒に話を掘り下げてくれることもある。

 ゲーム内にない文化や出来事――例えば実在のアイドルや映画、時事ネタなんかの話を振ると、大抵のNPCは興味を示さないけれど、NPCによっては興味深そうに話を聞きたがったり、時にはまるで見て来たかのように的確な指摘をくれたりもする。


 個別の出来事だと「そういう風にプログラムしてあるから」「そういう風に学習させたから」と言えなくもないけれど、実際にプレイしていると思うのだ。

 万事において、


 これは人工アーティフィシャル知能インテリジェンスではなく人格パーソナル模倣機シミュレータ、一種の機械生命体ではないか?

 そんな与太話さえ、誠しやかに語られている。

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