どこにでもいる普通のDKと普通のJKの話

どこにでもいる普通のDKと普通のJKの話 1/1

『今どこにいますか?』

「今起きたとこ」


 不機嫌な声に頭韻で答える。


 耳慣れない目覚ましアラームだと思ったら、なんの事はない。電話の着信音だった。

 しかし、スマホの着信音の作曲者はよくもまあ、ここまで目覚まし性能の高い電子音を組めるものだと思う。目覚ましアラームの作曲者にも、是非アドバイスしてあげて欲しい。


『待ってますんで。フォ』


 溜息混じりの低い声に、電話が切れてから小さく謝罪した。


 俺はどこにでもいる普通のDKで、電話相手は普通のJKだ。

 普通のDKは自分のことをDKなんて呼ばない気もするので、若干の特異性はあるのだろうか。


 あいつとは以前同じ書道教室に通っていた一応幼馴染で、今は同じ高校に通う後輩となっている。

 俺達自身は特別仲が良かったわけでもないが、あいつとうちの母の交流は五年以上続いていた。そんな縁で、俺が通学時の護衛役を仰せつかった訳だ。

 俺は正直、あいつに護衛なんか必要ないと思うのだけど。


「朝飯は……バナナでいいか」


 適当に積んであるバナナから一本もぎ取り、皮を剥いて口に押し込む。

 普段なら共働きの両親のどちらか、手の空いた方が朝食を用意してくれるが、今日はあいにく二人とも夜勤明けで爆睡中。自分で適当に用意するつもりだったけど、俺も寝坊した次第だ。


 歯を磨いて髪を整え、鏡に向かって赤いネクタイを結ぶ。多少歪んだが、時間もない。

 手荷物を確認し、飛び出すような勢いで家を出た。



 木の葉の揺れる通学路を、ネズミを蹴飛ばし、蜂を避け、転がるように直走る。

 昨年までは道すがら同じDK仲間を拾って行くこともあったが、新入生のあいつと通うようになってからは、樽を見掛けてもスルーしている。


 ホッホッ ホホホホ


 再びの着信音。走りながら通話ボタンをタップする。


『今どこにいますか?』

「あと30秒」


 地面に半分埋まったタイヤを足場に跳ねて塀を越える。こちらの方が近道だ。


『フォ』


 恐らくJK語だと思われる、略しすぎな略語だけを残して電話は切られた。

 俺は木箱を踏み割って出てきたサイに乗り、道を塞ぐワニを撥ね飛ばして走る。途中でサイを乗り捨てて樽に飛び込み、大砲の弾のように飛ばされる。


 互いの姿が遠目に見える位置まで辿り着いたのは、予告の30秒より少し早い程度の頃だった。こちらから手を振ると、軽く振り返してくる。

 どちらも目立つ格好をしているので、遠目でも見間違えることはない。俺は全裸に赤いネクタイ、向こうは柔道着の上から袖余りの茶色いフードローブを来て、交通整理の赤色灯みたいな緑の棒を振っているのだ。俺も似たような棒は使ったことがあるが、本家本元の光る棒は鉄すら焼き切るとか。怖すぎる。

 勿論、DK、JKとしては普通の格好だ。俺はJKなんてこいつ以外に会ったこともないが、本人が普通だというのだから、まあ普通の格好なのだろう。

 ただ、同じDKでも俺以外の大半は多かれ少なかれ服を着ているし、JKは帝国だかに狩られて今や絶滅危惧種とのことだった。

 この辺りまで逃げてきたのはこいつだけだし、元の居場所がどうなったかは知らないが。何ならこいつが最後のJKかもしれないそうだ。見間違える相手もそうそういないだろう。


 その最後のJKは光る棒を引っ込め、待ち合わせ場所に到着した俺とハイタッチを交わした。


「32秒。遅刻の遅刻です」

「俺のカウントだと27秒なんだけど」

「どちらにせよ遅刻です」

「誠に申し訳ない」


 念のため中間ポイントにある星の模様の樽を叩き割って、俺達は学校への道を、普段より気持ち早足に歩き出す。


「今日はどうして遅れたんですか?」

「一家全員寝てたんだよ」

「……目覚ましは?」

「かけてたけど、気付かなかった。スマホの目覚ましアラーム音は改善すべきだよな」


 何ということもない通学風景、何ということもない会話。

 幼い頃からJKになるため修業を重ね、JKになってからは命を狙われる日々だったこいつにとっては、どうも特別に感じる物らしい。

 どこにでもいる普通のDKの俺ですら、最初は随分と物珍しそうに眺められたものだ。


「アラーム音は設定で変えられますよ」

「えっ、そうなの?」


 それが今では、俺よりここの生活に詳しい。


 俺は宙に浮かぶバナナを適当に二本掴み取り、一本を同行者に渡し、自分でも一本を剥いて食べた。

 初対面の時は「宙に浮かぶバナナなんて、不気味で食べられません」なんて言っていたが、今はもう慣れたものだ。当たり前のように皮を剥いて食べ、食べ終わった皮は地べたに放り捨てている。

 車が踏んだらスリップするかもしれないが、それは避けられない方が悪い。


「俺は、どこにでもいる普通のDKだけどさ」

「はい?」


 呟いた言葉に、短く相槌が返る。


「お前もいつか、どこにでもいる普通のJKになれたらいいな」


 故郷のJKが滅んでも、こちらで仲間を増やせばいい。

 JKになるには幼い頃からの修業が必要らしく、俺が今からJKになるのは無理だという話だが。

 こいつがその気になれば、いつか、そこら辺の樽を割ればJKが出てくるような日も来るだろう。


「……フォ」


 返ってきたJK語の意味はわからなかったが、何となく、悪い意味ではない気はした。


<了>

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