短篇小説集「ョゴルィンッミペゥ」
最弱職【テイマー】……などと呼ばれたのも今は昔。攻略チャート通りに進めれば誰でも最強龍をテイムできるので、街がドラゴンだらけになりました。今更調整案を検討してももう遅い。 1/1
最弱職【テイマー】……などと呼ばれたのも今は昔。攻略チャート通りに進めれば誰でも最強龍をテイムできるので、街がドラゴンだらけになりました。今更調整案を検討してももう遅い。
最弱職【テイマー】……などと呼ばれたのも今は昔。攻略チャート通りに進めれば誰でも最強龍をテイムできるので、街がドラゴンだらけになりました。今更調整案を検討してももう遅い。 1/1
「ドラワン、ドラリー! 破壊粒子砲だ!」
「ぐあー!」
「ごがー!」
闇を引き裂く2条の光芒。
「続けてドラザキ、ドラメさん! 破壊粒子砲だ!」
「ごわー!」
「ぐおー!」
再度貫く2条の光芒。
「畳み掛けろドラニコ、ドラエル! 破壊粒子砲だッ!」
「ごおー!」
「ぐわー!」
またも切り裂く2条の光芒。
「とどめにドラモン! 三連破壊粒子砲だッ!!」
「ごあぐあごおー!!」
そこへ3条の光芒が、滅びの奔流となって押し寄せた。
「うごごご……ま、まさか、この我が……矮小な人間ごときに……!!」
都合9条の光芒に飲み込まれた最新章シナリオボスは、定められた恨み言を残して爆発四散した。
彼の敗因は、己を囲む7頭の巨龍より、矮小な人間ごときに気を取られたことであろう。
この『リユニバース・クロノス』ではよくあることである。
§ § §
VRMMORPG『リユニバース・クロノス』は、サービス開始当初より「職業バランスの崩壊したクソゲー」と評されていた。
その中で最弱職と呼ばれた【テイマー】は、
・「直接戦闘に不向きな補助職」で
・「1対1で倒したモンスターのみ」を
・「幸運値準拠の低確率」で
ペットにできる。
仲間にしても
・「ペットは装備変更もレベルアップもできない」し、
・「マスクデータの親愛度が低いと能力が下がる」上、
・「テイムしたモンスターはパーティ枠を占有する」
という問題もある。
サービス開始当初は、テイム成功率に幸運値が関わることも、能力低下の原因が親愛度であることも、プレイヤーには知られていなかった。
当時の【テイマー】は、
・「弱いモンスターしか(倒せないので)ペットにできない」
・「ペットになる確率が(幸運値を上げていないので)理不尽に低い」
・「ペットにしても(親愛度の存在が知られていないので)野生より弱くなる」かつ、
・「弱いモンスターで枠が埋まるので、他プレイヤーとパーティが組めない」
そんな、単なる地雷職だと考えられていたのだ。
しかしある時、1人の新規プレイヤーが、前情報なしに【テイマー】を選んだ。
彼女は序盤に運良くレアモンスターをテイムし。
レアイベントを踏み。
レアアイテムを手に入れ。
……いつしか、強大なモンスターを引き連れる「魔王」と呼ばれるまでに至った。
すると当然ながら、その足跡を模倣し、検証し、攻略サイトに育成方法を公開する者が現れる。
ある程度の成果が出ると【テイマー】の価値は見直され、【テイマー】人口も増加し、更に検証する者が増える。
より効率的に、より強力なモンスターをテイムする方法がわかってゆく。
そうして、攻略サイトのチャート通りに進めるだけで、世界最凶と謳われた「魔王」のペットより、遥かに強力なモンスターを揃えることができるようになった。
今や現役プレイヤーの9割以上が【テイマー】であり、現役【テイマー】の7割以上が龍皇帝アルティメット・デスドラゴン・エンペラーと龍皇后アルティメット・デスドラゴン・エンプレスを引き連れている。
つまり最前線の街では、少なくともプレイヤーの約2倍のドラゴンが存在することになる。
なお、実際にはパーティ枠8つの内、【テイマー】自身を除く7枠までをペットで埋めることが可能だ。龍皇帝や龍皇后以外のドラゴンも高い能力を持つ者が多い。
そんな【テイマー】が集まる街の情景は、魔境以上に魔境。
かつて最弱職と呼ばれた【テイマー】は、その強さが認められた。
それにより、このゲームの「職業バランスの崩壊したクソゲー」という評価を、より確たるものとしたのだった。
§ § §
ユーザからの要望を纏めた目安箱を集計するのは事務職の
今日も自宅で仕事用のPCに向かい、徒労感と戦っていた。
業務時間内のリモートワークなので当然給料は出る。
が、作業自体はド素人が感情的に殴り書いた糞のようなアイデアを延々読み続けるというもの。
端的に言って地獄だ。
「死にたい……」
と零してしまうのも無理はない。
事務の草薙さんは職務に当たって感情を殺しているが、雨野はまだその域には至っていないのだ。
「どうした……って、ああ。糞溜め漁りか」
死んだ目で死を希求する雨野の声は、仕事用は繋ぎっぱなしのボイスチャットにも拾われる。
不穏な独り言を心配し、雨野の作業画面を確認したのは同僚の
チームでは2番目の下っ端であり、ユーザ要望検討の前任者であった。
「何か面白いの来てるか?」
「糞みたいなのは来てるス」
「例えば?」
「『ドラゴンの口に放り込むとテイマー共々即爆死&永久に蘇生不可能になる【龍爆散のど飴】の実装』とか」
「……ハッ」
雨野の絞り出すようなデスボイスを、倉村は鼻で笑った。
「とはいえ、テイマーの
「とはいえとはいえ、下手なことしてテイマーがごっそり辞めたら、そのままサ終も已む無しだろ」
「…………あ゛あ゛あ゛あ゛! 旧運営がもっと早く手を打ってればぁ!!」
9割のプレイヤーが【テイマー】ならば、1割のプレイヤーは非【テイマー】。
しかし、【テイマー】の織り成す怪獣大決戦に、いかに強靭な前衛職であっても、生身の人間が入り込む隙間はない。
人間にしては高火力な後衛職でも、そんな人間たちが集団で挑むべきドラゴンの火力とは比べるまでもない。
かつては非【テイマー】パーティに枠がないとされた【テイマー】だが、今や立場は逆転していた。
【テイマー】のパーティに、非【テイマー】の枠などないのだ。
人間1人とドラゴン1頭が同じ枠を占有するなら、ドラゴンを入れる。当然だ。
サービス開始当初からの非【テイマー】職プレイヤーは、最早そのほとんどがゲームを引退している。
残りは【テイマー】に対するレジスタンスかテロリストとして活動している。
抵抗活動の1つとしては、例えば、運営のご意見箱にテイマー破壊兵器の要望を出したり、テイマー殺戮ウィルスの要望を出したりすることであった。
「仕方ないっちゃ仕方ないんだよな」
と倉村は言う。
「俺も旧運営時代の初期プレイヤーなんだけどさ」
「えぇぇ。よくこんなクソゲーやってましたね」
「いや、当時はこんなゲームじゃなかったんだよ」
こんなゲーム、とは、人類領域に人間よりドラゴンのほうが多く棲息しているゲームのことだ。
地上も空もドラゴンで埋め尽くされているゲーム、と言い換えても良い。
「初期の【テイマー】は、本当に不遇だったんだよな」
「はぁ。聞いたことあるスけど、初期プレイヤーが無能すぎませんかね」
「……耳が痛いが。攻略情報も、強プレイヤーも皆無の状況だからな」
雨野には今一つピンと来なかった。
この時代、多くのゲームプレイヤーにとっては、攻略サイトやSNSの速報を見ながら、最適解をなぞるのが「ゲームをプレイする」という言葉の示す意味だ。
情報無しでゲームを遊ぶ状況を、想像できない。
今の仕事に就いてから自覚したことだが、雨野は自分が思っているほどゲームが好きではなかったらしい。
だから、自分よりゲームが好きで、ゲームに対する情熱を持っている倉村の言葉を、素直に聞くことにした。
「敢えて【テイマー】を使いこなそうとした連中も多少はいたが、大した結果も残せなかった。魔王以前はな」
「魔王ってやつが世界を滅ぼしたんスね」
「結果的にはな」
人類領域まで魔物が跋扈する世界は、滅んだといって過言ではないだろう。
「魔王は今何してるんスか? 適当な難癖つけてBANしましょうよ」
「あいつはとっくに引退したよ……今の環境は、あいつの所みたいな『もふもふパーティ』に当たりがきついからな」
【テイマー】たちは言う。
ドラゴンパーティ以外は甘えだと。
ゲームは遊びじゃねぇんだよと。
もふもふしたけりゃ他所でやれ、と。
非【テイマー】たちは言う。
【テイマー】は死ねと。
今の『リユニバース・クロノス』に、「魔王」の居場所はない。
「次の章ボスはドラゴン7匹パーティでも勝てないレベルで調整するスかね」
「そんなことしたら、益々【テイマー】以外の人権が奪われるぞ」
「なら、【テイマー】だけに不利なギミックを……」
「それができたら苦労はねぇんだよな」
かつて【テイマー】は最弱職、不遇職と呼ばれた。
旧運営には数少ない【テイマー】プレイヤーから強化要望が送られたが、その全ては定型句の自動返信で握り潰された。
当時の【テイマー】は、ゲーム外に同職の互助会――通称「テイマーギルド」を打ち立てた。
【テイマー】にとって不利な採択、不利なアップデート、不利なイベントを見れば、ネット工作をもって運営に対抗する組織。
それはかつて、確かに弱者の味方であったし、だからこそギリギリの所で存在を黙認されてきた。
その「テイマーギルド」は、【テイマー】がぶっ壊れ職と認知された今も続いている。
膨らみ切った構成員を抱え、そうした組織の常通り、粗暴で無思慮な者たちまでもを抱え込み。
「そんなことしたら、最悪、本社が爆破される」
「マジスか。【テイマー】って糞スね」
雨野は大きく溜め息を吐いた。
「できるとしたら、他職の専用装備にぶっ壊れ性能を付けて、高いレベルでバランスを取るくらいだな」
インフレ調整は、なるべくやりたくはないが。
倉村も息を吐いた。
「なるほど。【ファイター】が槍を投げたら、自動追尾で範囲内のドラゴンが全て爆散して、それを飼ってた【テイマー】がBANされるとかスね」
「雨野、有給残ってたろ。何日か休め」
その後、倉村は開発チームのリーダーに、バランス調整について相談を行ったが、
「これはもう、そういうゲームだろ?」
の一言で、あっさり却下されたという。
§ § §
それからしばらくして、倉村、雨野、事務の草薙さんは退職し、3人で新しいゲーム会社を設立した。
看板タイトルは『ドラゴン・コロッケ』。
ドラゴンをミンチにし、潰したジャガイモと混ぜ、小麦粉・卵にパン粉をまぶして揚げる。
そんな画期的なVR料理SLGだ。
「いやー見てくださいよ社長! 今月のSLGジャンル売り上げ、ランキング3位スよ!」
「あのクソゲーの引退者が、わりと遊んでくれてるみたいだな」
雨野の報告をビデオチャットで聞いた倉村は、『リユニバース・クロノス』プレイヤー時代の知人から来たメッセージを思い返しながら、そう答えた。
「ゲシャシャシャ……! VRでドラゴンをぐにぐにと潰せるゲームなんて、『ドラコロ』くらいでゲスからニョェ!!」
事務の草薙さんも、歯を剥き出しにして相槌を打つ。
「コロッケを食べるお客のもふもふが可愛いスからね!」
「全くその通りでゲス! ゲシャーッシャシャシャ!」
楽しそうに自社製品について語らう社員たちを見て、倉村は小さく笑みを浮かべた。
『ドラゴン・コロッケ』を楽しんでいる、そう連絡をくれた知人の中には、『リユニバース・クロノス』で「魔王」と呼ばれたプレイヤーもいた。
コロッケを美味しそうに食べるもふもふに囲まれたSSには、『リユニバース・クロノス』を滅ぼした後の荒み切った表情はない。
『リユニバース・クロノス』は、確かに滅んだ。
運営自体はまだ続いているが、ゲームとしては終わってしまった。
倉村が運営に関わるようになったときには、もう遅かったのだ。
だが、それでも「ゲーム」という遊びが滅んだわけではない。
未来のプレイヤーが、より良いゲーム体験を享受できるように。
倉村たちは、真摯にゲームバランス調整に取り組むのであった。
<了>
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