ねこみみうぃるす!

ねこみみうぃるす! 1/1

 宇宙だか、異世界だか、某国のバイオ兵器研究施設だか、出所は私達のような一般大衆には知る由もない。

 とにかく、その全く新しいウィルスは通称「Nekomimi virus」として世に広まった。


 というのも、当初の感染者に見られた主な症状は「猫の耳のような突起が頭部に、ふさふさの尻尾が腰部に生える」、それだけだったからだ。

 感染者の体に悪影響は見られず、インスタにも映える。

 感染経路は体液交換、粘膜接触のみであったが、「お手軽に猫耳人間になれる楽しい病気」として話題になった。

 自主感染用の冷凍唾液もメルカリで販売され、YouTuberや泡沫アイドル等を通して世界中へ爆発的に拡散した。

 耳が四つあるのは変だからと、人耳を切除する外科手術も一部では行われた。保険も利かないのに、それなりに流行ったそうだ。


 感染者の約半数が、全身を更に変異させ、全身もふもふになり、鼻と口の周りマズルが伸び、瞳孔が縦長になり、猫髭が生え、牙が生え、爪が尖り、理性を失い、人を襲うようになったのは、その後だ。


 化け猫と化した感染者は、近くの人を襲って食らう。

 運良く生き延びた者も罹患する。


 幸いなことに、感染者でも半数ほどは、猫耳尻尾が生えた段階で完全に変異が止まる。人としての理性も失わない、陰性感染者となることが判明している。

 感染直後でも血液検査で調べられるので、新規感染者が出たら、まずは検査キットで自己診断。これは市町村に申請すれば無償提供される他、各学校の保健室にも常備されている。


「で、どうだったのよ、小関……」

「陽性だったら収容所? に送られるんだよね……?」


 同じクラスの小関悠花こせき ゆうかが、校庭に入り込んだ陽性感染者に脚を噛まれた。

 その猫人間はすぐに捕獲されたが、新たに感染者となった小関は保健室に担ぎ込まれ、傷の手当と平行して検査が行われた。

 保健室に着いてみれば肝心の保険医が不在だったので、治療と検査に当たったのは小関の友人グループの三名。

 橋口沙葉はしぐち さよ森胡里栖もり こりす、そして私だ。


「陽性が赤、陰性が青だって。どうなの?」


 私は説明書を確認しながら小関に尋ねる。できるだけ軽い調子を心掛けたつもりだ。

 しかし、今すぐにではないにせよ、半分の確率で友人が化け物になるのだ。内心穏やかではない。


「ま、待ってよ、アタシもまだ結果見てないんだよ……」


 当事者の小関となれば、その比ではないだろう。

 汗で濡れた前髪を掻き分け、浅い呼吸を繰り返しつつ、片目だけを薄く開いて。

 検査器の表示部分を塞いでいた手を、少しずつ、退けていく。


「うぅ……や、やっぱり橋口見てぇ……」


 そして、顔ごと目を背けた。


「……仕方ない、貸してみ」


 小関はぼろぼろ涙を溢しながら、橋口に検査器を押し付ける。

 受け取った橋口は、覚悟を決めて息を飲むと、間を開けず検査器の表示部を覗き込み。

 小さく笑った。


「陰性。……良かった」


 残りの三人が、一斉に大きく息を吐いた。


「よ、良かったぁ……良かったよぉ……」


 その場にへたり込む小関。


「陰性だったら、普通に学校通えるんだよね? ね? やったぁ!」


 胡里栖も小関に抱き着いて泣いていた。


「ほら、皆も見てみなよ」


 検査器を回し見せながら、安堵の笑顔を見せる橋口。

 私もそれを受け取って、確かに陰性の青色を確認し、笑って皆に言った。


「ふふっ、セキセイインコならぬ、インセイコセキだね」

「は?」

「はぁ?」

「は?」


 三つの視線が集中した。


「何がセキセイインコだっ、アタシは生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだぞ!」


 泣きながらマジギレする小関。


島田しまだ、お前さぁ……」


 呆れ顔の橋口。


「……………あ! 陰性小関を並べ替えたら、セキセイインコになるんだ! すごいね、頭いいね、希里きりちゃん!」


 遅れて理解し、感動と尊敬を顔に浮かべる胡里栖。

 この中では、胡里栖の視線が一番つらかった。

 今でも思う。言わなきゃ良かった。


「ごめん、ホッとしたらつい……」

「ったく、島田はホント島田だな!」


 憤慨する小関を宥めていたら、授業終わりのチャイムが鳴ってしまった。

 私達は体育の授業を抜けてここに来たが、他の生徒は教室で待機中。私達、付き添いの三人はそちらに合流することになる。

 小関はこのまま帰宅。保健所で正式な検査を受けて、陰性の認定証を発行してもらう流れだ。公式の認定証があれば、猫耳尻尾が生えていても普通の生活を送ることができる。


「それじゃ、また明日。今日は皆、ありがとね」


 私が教室から回収してきた小関の鞄を手渡し、三人で玄関まで見送った。


 それが、私達が小関の姿を見た最後だ。



 保健所での正式検査で陽性認定を受けた小関は、県外の収容所に送られたらしい。

 あの日の晩に送ったラインにも既読はつかず、そのまま小関との連絡は、一切取れないままだ。

 すぐに学校に尋ねたところ、小関の家族も何処かへ引っ越したらしい。


 それからしばらくして、あの検査キットのニュースが話題になった。

 簡易検査での検査結果は、ある時期以降に配布された検査キットで調べた場合、必ず陰性として表示される。そんな話だった。

 簡易検査で陽性反応が出た感染者が逃亡し、病状が進んで人を襲うまでに至った事件が発生したため、簡易検査では陰性として表示。安心してノコノコ保健所にやってきた感染者に、逃げられない場で正式な検査を行うためだ。



 あれから何年も経つけれど、未だにテレビなんかでインコを見ると、何故かぼろぼろ涙が止まらなくなる。



<了>

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