投獄編

伝説の勇者の伝説というライトノベルがある。


主人公のライナ・リュートは、牢獄のなか、叫ぶ。


『なぁ看守のおっちゃーん』


と。


そして、俺。


ワトソンは。


今。


留置所の牢屋の中にいる。


妄想で頭がおかしい状態の俺は、こうした状況でも、何やら楽しく、留置場の中で踊りまくり。


俺が、ライナ・リュートみたいに、


『なぁ看守のおっちゃーん』


と叫ぶかどうか、周囲の盗撮者たちが賭けをしているなんて妄想をしてしまう。


そこで妄想で俺の実の兄貴が、


『ゆうきはね……これは、言うと思うよっ』


看守のおっちゃーんと叫ぶと予想した。


俺は、これは、どうしても叫びたくなったが、叫んでもいいかなって心が流れそうになったが、それをこらえ我慢した。


看守のおじさんが言う。


『座ってなさい』


そんな事を言われても、俺はいつまでも、うろちょろして、プロ野球選手のモノマネをして、ミスター赤ヘル山本浩二が見ていると思ったまま、モノマネを続けた。


踊り、モノマネ、失笑、爆笑。


完全に危険な状態だった。


お昼ごはんの時間を迎えた。


留置場の牢屋で看守のおじさんからお弁当を手渡された。


中の内容は忘れてしまったが、とても美味しかったのを覚えている。


俺は、なぜか、やはり、以前もここにきた感覚に苛まれ、妄想が先行する。


これは妄想であるが、なぜか、その食べ終わった弁当の中にウンコをして、これを好きだったアイスの人妻さんに、渡してくださいと、看守のおじさん言った記憶があると妄想してしまう。


まぁそれをやろうかな?


って少しでも思ってしまった自分が今となっては恐怖だが……


そんなこんなで、さまざまなデジャブにとりつかれながら、頭のおかしい俺は、過去をみつめた。


高専時代。


中学の友達の彼女に、俺の友達が悪戯で勝手にメールを送ったことで、中学の友達がぶちギレ、縁を切られた。


その時のことを思い出した。


謝らなくちゃ。


留置場の中で泣いていた。


しくしくと泣いていた。


何もこのタイミングでこの状況で今となれば、謝るのはおかしいと思うが、俺は、なぜか、その中学の友達の携帯番号を覚えていた。


今でも覚えている。


だから、携帯番号にかけようと、そこで、


『おーい看守のおっちゃーん』


とついつい叫んでしまう。


看守のおっちゃんが、近づいてくる。


『謝りたい人がいるから、携帯電話を貸してほしい』


そんな俺の要望も、勿論通るはずもなく……


貸してもらなかった。


しかし、妄想のなかでは。


過去の未来の前世の記憶の中では。


しっかりと携帯電話を借りて、留置場のなかで、中学の友達に謝っている自分を想像した。


そして、電話をかけている妄想で。


電話先の中学の友達――山ちゃんが電話に出る。


『もしもし、わっちゃんだけど……』


『お、わっちゃん久しぶり! なんのよう?』


『11年前のことについて謝りたいんだけど……』


『11年前?』


山ちゃんは覚えていなかった。


15歳のとき、俺の友達が勝手にメールを山ちゃんの彼女に送ったことを説明した。


『ああ、もう済んだ話だし、べつにいいよ全然』


山ちゃんはこころよく許してくれた。


11年前は、めちゃめちゃぶちギレ、最強に切れていたのに、許されてしまった。


山ちゃんはその彼女とは、別れたが、別の女性と結婚し、子供が生まれ幸せに生活しているようだ。


『ところで、わっちゃんまた逮捕されたの?』


『うん』


『おまえもこりないねぇ』


また逮捕されたの?


と言われた。


妄想ではあるが。


確かに一回目のはずなのに。


なぜか繰り返している感覚がある。


また逮捕。


また逮捕。


また逮捕。


くるべくしておれはここに来たんだと思った。


『じゃあ、元気でなっ』


山ちゃんが電話を切ると、俺は次々に謝りたい人達に電話をかけた。


あのときはごめん。


あのときはごめん。


あのときはごめん。


こころの中にある悪事。


過去の記憶に残っている悪事。


謝りたい人に、謝りたい気持ちを素直に、伝えた。


心が洗われる感覚があった。


そして、本の貸し出しの時間を迎えた。


そこで借りた本をいまだに覚えている。


風の大地51巻と、オモニーという本と、坂の上の雲を借りた。


この記憶は、確かな記憶だが、もしかしたら、この3冊は間違った記憶なのかもしれない。


坂の上の雲あたりは怪しいとさえ今になって思う。


風の大地51巻だけ、少し読んで本の貸し出しの時間は終わった。


そして、俺は自分の事を考えた。


様々な事。


繰り返し続けるこの人生。


生命が、原子が、粒子が、覚えている範囲で、同じ行動をとっている。


俺はまた生まれて来て、またこの留置場へ来てしまった。


俺の脳内で、


『とりあえず……ワタナベユウキくん通過するでしょ』


あの女の子が、またこの自生で、俺に会うと言っている。


俺を病気にさせたパワハラ上司。


これも一回目ではない。


100回以上俺を病気にさせている。


なぜかその上司と、友情が芽生えて、俺が、


『まず、部下を鬱にしていく能力……これが凄いっ!』


そんなことを言って褒めている妄想などが頭をよぎって。


危険だ。


危険すぎる。


授業態度と点数が悪かった俺に、顔も見たくないドイツ語の先生が。


『実は、優しい子しか、留置場へ行くことは出来ない』


なんてことを言っている妄想もあったりで。


『そろそろワタナベユウキくん逮捕されるころだね』


俺を気にしているあの女の子がそんな事を囁いている妄想が頭をよぎったりで。


とりとめもない誇大妄想が次々と展開されていく。


脳が壊れてしまったのか。


今後の未来いったいどうなってしまうのか?


ワトソンは無事今後の未来を過ごしていけるのだろうか?

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