中学時代の友人に会いました。/音哉×奏斗(高校生)

「さすが、猫柳くんだね」


 ドラムで適当なフレーズを叩き終えたら、ぱちぱちと後ろから拍手が聞こえた。音哉と同時に振り返ると、ひとりの少女が笑顔でこちらを見つめていた。目が合うとにっこりと笑って奏斗の名前を口にしたその少女に、奏斗は見覚えがない。おもむろに音哉の方に目を見開いたまま視線を向けると、音哉も知らないようで黙って首を横に振る。


 ある晴れた日の休日。音哉と奏斗は楽器店に来ていた。一通り見て回った後、奏斗が気になっていたディスプレイのドラムを叩いていた。もちろん店の人に許可はもらってある。奏斗の華麗なスティックさばきと紡ぎ出されるビートに、足を止めて眺めていく人も数人いた。何より叩いている奏斗がすごく楽しそうだ。


「あ、突然声かけちゃってごめんね。その顔、やっぱり覚えてない、かな?」

「覚えてない? って……楽器講習会で会ったとか?」

「……すみません、誰でしょうか」


 黒髪のショートカットに、きっちり切りそろえられた前髪。大きな瞳を細めてふわっと笑う、やや小柄な少女。少女の口ぶりからして顔見知りらしいが、必死に記憶を辿ってみても二人とも心当たりはまったくなかった。


「私、中学の時同じ吹奏楽部で、猫柳くんと同じパーカスだった小林なんだけど……」

「あーっ! って、あの小林? えっえっほんとに? ほんもの?」

「うん、本物だよ。そんなに驚かれるとは思わなかった。ごめんね?」

「いやだって……すげー変わってたから」


 小林、と言われて奏斗はすぐに思い出した。といってもにわかには信じられなかった。中学時代の小林といえば、前髪は伸ばしっぱなしでまるで貞子のようだったし、毎日きっちり二つ結びにしていて見た目も中身も絵に描いたような地味子ちゃんで真面目ちゃんだった。性格も内向的で、同じパートだったとはいえ話したことは奏斗もあまりなかった。

 少なくとも、二人の記憶の中の小林は、今目の前でにこにこ明るく笑っているのとは正反対だ。いわゆる高校デビューというやつだろうか。


「これから予定ある? もしよかったらなんだけど、せっかくだし少しお話しない? 近くにケーキが美味しい店があるの。どう?」

「ケーキ! 食べたい! あ、でも……俺はいいけど、音哉はどうする?」


 どうする? と顔を見合わせる二人を見て小林はくすっと笑った。


「奏斗が行くなら俺も行く。けど、買いたいものがあるから少しだけ待っててくれるなら」

「うん、いいよ。じゃあ外で待ってるね」


 そう言うなり小林はさっさと行ってしまったので、少し悩んで奏斗は音哉の買い物についていくことにした。



 



「楽器屋にいたってことは、二人とも高校でも吹奏楽続けてるんだよね?」

「うん。小林も吹部に入ったの?」

「うん、私も続けてるよ。まだまだ猫柳くんにはかなわないけどね。さっきのドラム、本当にすごかったもん」


 場所は移ってとある喫茶店。休日ということと、昼過ぎという時間帯から店内はやや混んでいた。

 三人が座っているテーブルの上には、紅茶と美味しそうなケーキが三つ。種類がたくさんあって迷ったので、小林におすすめを選んでもらった。


 最初はやはり吹奏楽の話題からだった。小林も奏斗たちと同じく学校こそ違えど吹奏楽を続けているらしく、同じパートということでほとんど小林と奏斗の二人で盛り上がっていた。

 ころころと表情を変えながら途切れることなく会話を続ける小林を見て、まるで別人みたいだと音哉は思う。中学の時に部活で何度か話をしたことはあるが、いつももごもごと必要最低限の返事をするのが精一杯な様子だった。


「あ、そうそう。そういえば私、中学の時からずっと気になってることがあるんだけど」

「な、なに?」


 突然小林が声を潜めたので音哉と奏斗もケーキを食べる手を止め、身を乗り出す。


「合歓木くんと猫柳くんって中学の時すごく仲良かったじゃない? クラスでも、部活でも」

「まあ幼馴染だからな」

「あれから二人って付き合ったりしたの?」


 同時に音哉と奏斗はむせた。こんな場所で、しかも笑顔で、脈絡もなしに唐突に彼女は何を言い出すのか。


 激しくむせる二人に周りの視線が集まる。小林はそんなことはまったく気にする様子もなく、それともあの時もう付き合ってたの? なんて呑気に聞いてくる。多少声をひそめてくれているだけまだましだが。


「あっ大丈夫だよ、私同性愛に偏見とかないから。愛に性別とか関係ないと思うし」

「そ、そういう問題じゃなくてだな……」

「で、そこんとこどうなの? みんな噂してたから私もずっと気になってたんだよねー」

「噂してたって……? みんな?」

「同級生もだし、先輩も後輩もみんな気になってたみたいだよ? あの二人って実は付き合ってるの? って」

「えぇ……なにそれ……」


 苦笑いを浮かべる奏斗の隣で、音哉は言葉を失う。


 言われて中学時代の自分たちの行動を思い返してみる。毎日一緒に登下校していたのは家が近かったからだし、休み時間や合奏中の休憩の時もほぼ一緒にはいたけれど、それは二人の仲がいいのと、吹奏楽部に男子が少なかったから必然的にそうなるわけで。それに、特に部活だと他の男子とも一緒にいることもよくあった。

 一緒に登下校したり、休み時間に一緒にいるのは仲のいい友達同士ならなんらおかしいことではない。付き合っているのではないかと噂されていたというのなら、そこまで周りに思わせるような行動をしていたのだろうが思い当たる節はない。ただ一緒にいただけだ。


「反応的に図星ってことでいいの?」

「……いきなり変なこと聞くからびっくりしただけだ」

「その間怪しいなぁ? ……あ、大丈夫大丈夫。高校に同じ中学出身の子いないし、連絡先も知らないから誰にも言わないから」


 ナイスフォロー! と奏斗が隣の音哉に向かってテーブルの下で親指を立てたが、逆に怪しまれてしまった。さすがの奏斗も何も言い返せずに黙るしかない。


「そういうことだから私にだけこっそり教えてよ。誰にも言わないから。中学時代私超地味だったじゃん? だから中学までの知り合いとまったくつながってないから大丈夫だよ」

「だから何が大丈夫なんだ……」

「……お前ってそんなキャラだったっけ?」


 急用でも思い出したとか適当に理由をつけて今すぐにでもこの場から立ち去りたい。まだそんな時間ではないが、早く帰ってこいと親から連絡でも来ないものか。

 おそらく真相を二人の口から聞きだすまではずっとこの話題が続くのだろう。音哉ですらひきつった笑いを浮かべていた。


「じゃあ質問を変えるね。二人は付き合ってるの?」

「それ何も変わってないから」

「いつから付き合ったとかどういうきっかけでとかは聞かないから。本音を言うとすごく気になるけど――あっ」

「ど、どうした?」

「忘れてた! 三時から友達と約束があるんだった! そろそろ行かないと!」


 マシンガントークが急に止まったかと思えば、腕時計を見て小林は急に立ち上がった。

 それじゃと手を振って去って行ったと思ったら、途中で引き返してきてテーブルの上の伝票を取ると今度こそ去って行った。慌ただしい奴だ。


 小林が店から出て行った後で、二人は同時にため息をこぼした。すごく騒がしい奴だった。一瞬の間にどっと疲れた。


「台風みたいな奴だったな。パート違うからよく覚えてないけど、あんな奴だったっけ……」

「さあ……」


 もう一度ため息をついて奏斗は残ったケーキを頬張る。楽器屋を出てここに来る途中、小林が何度も絶賛していた通りここのケーキは本当に美味しい。美味しいケーキを食べさせてくれたことだけは感謝する。


「さて、食べ終わったし出るか」

「お金……は、小林が払ってくれたんだっけか」

「お礼言い損ねたな。連絡先も知らないし」

「どこの高校行ったか知らないけど、さっきの楽器屋行ったらまたいつか会えるんじゃない?」

「……それはそれで勘弁してほしい」


 結局小林も高校で吹奏楽を続けていることくらいしか分からなかった。もしまたどこかで会うことがあったら今日のお礼は一言言いたいが、同じことが繰り返されるのかと思うと奏斗も勘弁してほしい。


「これからどうする? まだ帰るのももったいないし」

「んーそうだな……奏斗は? どっか行きたいところとかある?」

「特には。音哉の行きたいところでいいよ」


 携帯で時間を確認すると、二時半を少し過ぎたところ。用事は午前中にほとんど済ませてしまったし、これといって行きたいところも思い浮かばない。けれど、このまま帰るのは惜しい。


 店を出て、ぶらぶらと元いた楽器店の方向へ向かって歩き出す。


「しっかしそんなに周りにそういう風に思われるようなことしてたのかなぁ、昔の俺らって」

「さあな。っていうか、女子ってそういうの好きだからな」

「そうなの?」


 全員が全員そうだというわけではないが、女子って誰と誰が付き合ってるとか、誰が誰を好きだとか、そんな話が好きだよなと思う。かといって男同士の自分たちが噂されているとはこれっぽっちも予想していなかったが。


「本当に行きたいところとかない? 買い忘れたものとかない?」

「……ない、と思う。奏斗も行きたいところ特にないんだったら、いっそ帰るか? んで俺の家に来るか?」

「あっそれいいね! 行く行く!」

「んじゃそれで決定で」


 あてもなく適当にぶらぶらするよりは、と思って音哉が言ってみると案の定奏斗がすぐに食いついた。さっきの楽器店を通り越して、駅へ向かう。


「家に行ったらいちゃいちゃしようね」

「家に行ったらな」


 誰もいない駅のトイレで奏斗が手を洗いながら鏡に向かってにっと笑う。


 それから、まだ一緒にいたい一番の理由は、二人が恋人同士だから。小林や当時の部員が噂していたらしいことはつまりその通りなのである。ただ、噂されるような行動をした覚えは二人にはまったくないので、なぜそんな噂が部活内で流行していたのかは疑問だ。

 あの時、否定したら否定したでいたちごっこだっただろうし、におわせたり肯定してしまったらそれはそれで面倒なことになっただろう。よく奏斗も何も言わなかったなと音哉は思う。


 じゃあいつから付き合っているのかということに関しては、みんなが噂していた頃にはもうすでに付き合っていたかもしれないし、その後かもしれない。そこはみんなの想像にお任せしようと思う。

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