たとえば、の話だけど/音哉×奏斗(中学生)


「……話って、なに?」


 突然校内放送で呼び出されて、びくびくしながら音楽準備室まで行った帰り、鼻歌を歌いながら階段を下りてたら聞き慣れた声が聞こえて足を止めた。

 この声は間違いなく音哉だけど、誰と一緒にいるんだろ……? 踊り場までそーっと下りて下を覗いてみる。


「そっ、その……」


 音哉の向こうに人が見えたと同時に聞こえた声で女子だということは理解する。上靴の色から同じ学年っぽいけど、クラスにいた覚えはないから違うクラスなんだろうな。


 俯いてもじもじしてる女子。髪が長くてここからは顔は見えない。音哉はこっちに背を向けてるからどんな表情してるかは分かんない。

 そんな感じだから、あからさまに覗いてるけどバレはしないだろう。ちなみに音哉がいるのは渡り廊下ね。渡り廊下を渡って俺がいるこっち側は音楽室とか家庭科室とか、特別教室しかないから昼休みが終わりそうな今の時間は人はほとんどいない。


 この先の展開は読めた。邪魔者はさっさといなくなったほうがいいんだろうけど、音哉がどんな答えを返すかすっごい気になる。あと階段下りないと教室に行けないから、今下りていったらバレるじゃん。そもそも動けないってわけ。勇気を出して呼びだしたんだろうし、それをぶち壊すなんてしたくない。


 それから二人とも黙っちゃって、気まずい沈黙。俺がいちばん気まずい。距離はそこそこあるとはいえ、音立てたらバレるだろうしなぁ。帰るにも帰れないし。時間まずいよなぁと思いながらも、音哉の答えのほうが気になって帰るに帰れなくはあるけどね。


 あー、ちなみになんで突然呼び出されたかって、部活のことで。顧問の先生だったし、音楽準備室に来いって言われた時点で部活のことだろうとは思ってたけど、放送で先生に呼び出されるってドキドキするじゃん。心当たりは……ないとは言い切れないかな。言わないけど。


 そろそろなにか動きはあるかなーと思ってもう一度覗いたら、ちょうど女子が顔を上げたところだった。


「好きです! 付き合ってください!」


 おーストレートにきたね。


 必死に頭を下げている女子と、その向かい側で微動だにしない音哉。関係のない俺が多分いちばんドキドキしてたと思う。


 音哉がモテるのは知ってたし、俺の知らないところでこんな風に告白されたりもしてるんだろうなとは思ってたけど……。中学生って思春期真っ最中なわけで、誰かを好きになったり、こんな風に告白して付き合ったりとかは普通のことなんだよな。音哉と違って俺はモテないし(僻んではないよ)、部活大好きだからあんまそういうこと考えたことなくて。

 ていうか、家が近いのと部活が一緒だから登下校は毎日一緒だけど、そういう話は一切したことなかったなぁ。女子ならともかく、男同士ってそういう話するもの?


「ごめん。付き合えない」


 少し間が空いて聞こえた音哉の声は、至って落ち着いていた。


 返事を待ってる間、なんでか俺もすっごいドキドキしてて、音哉の返事を聞いた瞬間体の力が抜けた。


「そ、そっか……。理由……とか聞いてもいいかな?」

「……付き合う気がないから。部活忙しいし」


 てっきり「好きな人がいるから」って返ってくるかと思って、返ってきた全然違う答えにまた力が抜けそうになる。


 そうかー部活かー。吹部って休みないもんな。そういえば部活でほとんど会えなくて別れたとかいう先輩も前にいたっけなー。なんだかんだで音哉も吹奏楽好きだよね。うれしい。


「合歓木くんって吹奏楽部だったっけ。吹部って大変そうだもんね。ごめんね、ありがとう」

「こっちこそ」


 それから雰囲気が悪くなることはなく、二人で一緒に教室に戻っていった。二人の足音が聞こえなくなって俺も戻るかと思ったら予鈴がなってダッシュで階段を下りた。



   * * * * *



「遅かったじゃん」


 教室に戻ったら当たり前だけど音哉はもう戻ってきて、次の授業の準備も終わってた。ちなみに苗字の関係で俺と音哉の席は前と後ろ。


「お、おー……いろいろあって」

「お前何したんだよ」

「怒られてきたんじゃねーよ! 部活の話だよ!」

「……そうか」

「なにつまんねーって顔してんだよ」

「いや別に?」


 バレてない……のかな? いつもみたいに会話しながらなんとなく俺は緊張していた。

 もしバレてたら何言われたんだろうなー。呆れて「見てたのか」って言われるくらいかな。だって俺に見られて困るものでもないでしょ? 多分。音哉が告白されるのなんて今更って感じだし。俺の知らないところでもっとされるんじゃないかな。


 予鈴が鳴ってから急いで走ってきたからそれからすぐベルが鳴った。そしてすぐに先生がやって来た。


 もしあのまま会話を続けてたら何気なくぽろっと言っちゃってたかもしれない。時間が経つにつれて、あの時言わなくてよかったなって思えてきた。特に何も言われないだろうなーなんて軽く思ってたけど、もし気分悪くしたら嫌だったし。



   * * * * *



 それから午後の授業、部活を終えていつものように音哉と一緒に帰って、ご飯もお風呂も済ませて今に至る。


 ベッドに倒れ込むとだんだん眠くなってくる。このまま寝ちゃおうかな、と思った時、宿題があるのを思い出した。あぶないあぶない。


 重い体を起こして机に向かう。宿題といってもプリントの穴埋めで、しかも教科書丸写しに近いから教科書を見ればすぐに分かる。それに、授業中に半分以上は埋めたからあと少し。明日も朝練だから、さっさと終わらせて早く寝よう。


思春期になると(  )に興味を持つようになる。


 プリントを解き始めてすぐの問題に、手が止まった。答えは分かってる。


 ……昼休みのこと、思い出しちゃって。


 俺たちって、今、まさに思春期なんだよな。異性に興味を持つのは、この時期になると当たり前のことらしいけど。

 俺はあんまり考えたことがない。大体部活のことばっかり考えてるから。でも、全然考えないわけじゃないよ。俺だって男だから。興味はある。


 それはつまり音哉だって同じこと。音哉と話すことといえば、部活のこととか、アニメとか漫画とか、そういう話ばっかりで、好きな人がいるとか、どういう子が好きとか、そんな話は一切したことがない。けど、もしかしたら音哉に好きな人がいるかもしれないし、今はいなくてもいつか告白されて付き合い始めたりとかもするんだろうな。

 幼馴染だから、仲がいいからとか関係なく音哉はかっこいい。いつも隣にいるから気付かなかったけど、中学に入ってからいきなりかっこよくなった。これも思春期だからかな。思春期に心も体も一気に成長するって授業で言ってた。


 音哉に好きな人ができて、いつかは誰かと付き合ったりする。おかしいことじゃない。


 ……はずなのに、もし音哉に好きな人ができたら、誰かと付き合い始めたら、って考えたら、胸のあたりがもやもやした。

 小学生の時からずっと一緒だったから、一緒に過ごす時間が減ったり、いつも盛り上がる話題で話せなくなるかも、って思うとそれは嫌だけど。


 音哉が女子と付き合ってるところが想像できないというか、したくないというか。

 幼馴染なんだから、その時は誰よりも祝ってあげたいんだけどね。あ、あと惚気る音哉とか見てみたいかも。


 音哉が誰かと付き合って欲しくないと心のどこかで思ってしまうのは、一緒に過ごす時間が減っちゃうから。もし今みたいに一緒に学校行ったり帰ったりできなくなったら寂しいもん。だから。


 でも多分、今は俺と同じように部活に夢中だから、しばらくそれはないと思う。俺が決めることじゃないから言い切れないけど、多分大丈夫。大丈夫……だよね?



 ……わがままだな、俺。

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