風邪の時は心細いから/音哉×奏斗(中学生)

「今日は早めに帰ってこられるように頑張るから、大人しく寝てるのよ。具合が悪くなったら遠慮なく電話かけるのよ。それから……」


 風邪を引いたのはものすごく久しぶりだと思う。母さんがお昼ご飯はキッチンのテーブルの上にあるとか、ご飯食べたら薬はちゃんと飲みなさいよとか、他にもいろいろと早口で言ってるのを、ぼんやりベッドの上で聞いていた。半分くらいは覚えてない。


「それじゃ行ってくるからね」


 慌ただしく母さんが出て行った後で、目を閉じる。


 今俺は家にひとりだ。父さんは出張が多くてほとんど家にいないし、母さんは朝早く家を出て、帰ってくるのは俺が寝た後っていうのも珍しくない。小学生の時からこんなだったから、もう慣れた。


 ……正直、今でも家族そろってご飯を食べたりとか、そういうのには憧れてるけど。でも俺の誕生日かクリスマスには必ず両親そろって祝ってくれるから、俺はまだ幸せなほうだと思う。


 風邪の時くらい世話してほしいな、とも思ったりするけど俺だってもう中学生なんだし。風邪だから心細いとか言えるような歳でもない。ってか恥ずかしい。


 起きててもだるいだけだし、昼まで寝ることにする。ちゃんと昼に起きられればいいんだけど。一食くらい抜いたって死んだりはしないけど、薬を飲まなかったら怒られるから。



  * * * * *



 ゲームに飽きて時間を確認したら、夕方の五時半。まだまだ母さんは帰って来ないだろうな。


 結局あの後十二時を少し過ぎた頃に目が覚めて、用意してあったおかゆを食べて、薬を飲んでまた少し寝た。次に起きたのが三時頃で、さすがにもう寝る気はしなかったから布団の中で本を読んだりゲームをしたりして過ごしてた。朝と比べればだいぶ良くなったし、もう起きても大丈夫そう。まだ少しだるいけど、熱を測ったらもうほとんど下がって平熱に近かった。


 さて、これから何をするか。夕飯の準備でも、と思ったら冷蔵庫は空っぽだった。外は寒いし、買い物に行ってまたぶり返したら面倒だし家にひきこもるのがいちばん安全だろう。今日は寒いって昨日の天気予報でも言ってたし。しかしすることもない。


 そんなこんなで特に何をするわけでもなくだらだらしていたら夕方になっていて、学校に行ってたら今頃部活だなーとかぼんやり考える。今日はパート練かな、セクションかな、それとも合奏だろうか。あとで何したか奏斗に聞こう。


 ……あ、そうだ。この間新しい楽譜をもらったばっかりなのを思い出して、譜読みをすることにする。そう思い立って鞄から楽譜を持ってこようと立ち上がった時だった。


 突然鳴ったインターホンに動きを止める。こんな時間に誰だ、宅配便とかかな。昼間は基本的に親は家にいないのは近所の人は知ってるだろうし……。なにはともあれパジャマの上に羽織っていたカーディガンに袖を通しながら階段を下りる。


「やっほー音哉! 元気?」

「……奏斗か」


 ドアを開けたら、笑顔の幼馴染がそこには立っていた。

 ……さっき、階段を下りながら、もしかしたら奏斗かもしれない……いや、奏斗だったらいいなって思ってたからめちゃくちゃいれしい。


「あっ、もう大丈夫なの? 急に来た俺も俺だけど」

「いーや、もうだいぶよくなったから平気。熱も下がったし」

「そう? ならよかった。ちょっと待ってね、プリント預かってきたんだ」

「じゃあ上がってけよ。外、寒いだろ?」

「いいの?」

「どうぞどうぞ。暇してたとこだし」

「じゃーおじゃまします」


 何度もお互いの家にはお邪魔してるから、すんなり奏斗は上がった。


 なにか飲み物出さないとと思ってそのままキッチンに向かったら、後をついて奏斗も入ってきた。なんだと思ったら鞄からスーパー袋を取り出してそれをテーブルの上に置いた。


「一応スポーツドリンクとゼリー持ってきたよ」

「悪いな。ありがとう」

「いーのいーの。ゼリーはこの間どっかからもらったやつで、家にいっぱいあるから」


 んじゃ、と手を振って奏斗はキッチンを出て俺の部屋へ上がっていった。


 いつも俺が風邪を引いた時、こうしてスポーツドリンクとか持ってきてくれるのがありがたい。

 袋からあいつの好きなぶどうゼリーと俺の分のみかんゼリーを取り出して、コップと一緒にトレーに乗せた。



  * * * * *



「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?」

「んー? まだ平気」

「明日も学校だし……」


 あれから数時間後。今日のことを聞いたり、世間話をしたり、ゲームをしたりしてだらだらと過ごしていた。


 さすがに心配になって聞いてみたら、ちらっと壁の時計に目をやってすぐにゲームに戻る。

 だって今の時間、もうすぐ八時だぞ? 夕飯とか大丈夫なんだろうか。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だって。親には言ってあるし。家近いし」


 まあ歩いて一分かからないくらいだから距離は問題ないけど。それに、お互いの家にいるからと一言親に言っておけばとやかく言われることはない。近所なのに遅くなったから泊まったりとかも何度かあった。今は部活が忙しくてお泊まりとか全然しなくなったな。


「おっと、母さんが帰ってきた」

「あ、ほんと?」


 八時半を過ぎた頃、聞き慣れた車のエンジン音が聞こえた。この音は間違いない、母さんの車だ。

 今日の帰りはだいぶ早いようだ。こんな時間に帰ってくるのは珍しい。


「んじゃあ俺帰るよ。また明日ー、来れたら学校で」

「おー。わざわざありがとな」

「いえいえー。こんな時間までごめんね。でも、風邪の時って心細いからひとりじゃ寂しいかなぁって思ってさ」


 帰り支度を終えた奏斗は俺の方に振り返ると、背伸びをして俺の頭を軽く撫でた。ドアを開けて奏斗が出て行ったのに少し遅れて気付いて、慌てて後を追いかける。


「あら、奏斗くん? 来てたの? 久しぶりねー」

「あ、こんばんは。プリントとか渡しに……こんな時間まですみません」

「いいのよー、いつもいろいろありがとねぇ。あっ音哉、風邪よくなったの? 薬は飲んだ?」

「おかえり。薬も飲んだし熱も下がったしもう平気」

「そう。ならよかった」

「じゃあ俺はこれで。おじゃましましたー」

「また来てね、奏斗くん」


 奏斗が帰ると母さんは慌ただしくキッチンへ引っ込んでいった。


 コップを片づけようと部屋に戻って、時差をつけて奏斗に触られたところがじんわり熱くなってきた。


 恥ずかしいけど、この歳になっても風邪の時って妙に心細くなる。もう慣れっこだとはいえ、今日一日家にひとりでずっと心細かった。……だから、夕方奏斗が来てくれた時、ものすごく嬉しかった。


 今思えば、あいつ急いで来てくれたのかな。ほっぺたがちょっと赤かったの、寒いからっていうのもあるだろうけど、走ってきたからなのかな。……なんて、自惚れすぎだよな。でも、すごいうれしかったから。


「ちょっと音哉ー!」

「なにー?」


 母さんに呼ばれてはっとして、急いで「今日はありがとう」とメッセージを送信して、階段を駆け下りた。

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