第8話

「申し訳ありませんでした!」


部屋に入るなり目に飛び込んできたのは元婚約者の変わり果てた姿だった。

王子であった頃の身なりの良さはなく、所々の汚れが目立つ皺々の服に、適当に切ったであろう不揃いの髪、水仕事でもしているのか床に付いた手は赤切れだらけ。

いや、それは良い。酒場で働いているなら予想が出来た姿だったからだ。

問題は今の彼の体勢だ。

ふわふわの絨毯に直に座り、平伏している彼に動揺が隠せない。


「マケール様、あれは誰ですか?」


隣に立っていた婚約者に尋ねると笑って「モーリスだよ」と返された。


「モーリスは馬鹿で間抜けで口を開けば暴言ばかり、横柄な態度で人を見下している人よ。土下座で謝るなんてあり得ないわ。あれは影武者よ!」

「だってさ」


マケール様は笑いながらモーリスもどきに視線を移した。

私も同じように土下座している人を見据える。


「顔を上げなさい」


私がそう言うとモーリスもどきは顔を上げた。

うん、似てるわ。顔だけなら完璧にモーリスね。


「貴方、モーリスに似てるわね」

「だから本人だよ」


マケール様に呆れた顔で言われる。俄には信じられないがモーリスもどきは本物のモーリスらしい。

それにしても人が変わり過ぎている。


「分かったわ。モーリスは記憶喪失なのね。だからまともに見えるのよ」

「ぶはっ…!影武者の次は記憶喪失って…!」


お腹を抱えて笑い始めるマケール様は置いておくとして記憶喪失モーリスの方を見る。


「大丈夫よ、そのうち記憶が戻るわ。そして私に悪態を尽くすはずよ。そして私にこう言うの」


『私が除籍されたのはお前のせいだ』


モーリスの肩に手を置いて言うとバシッと手をはたき落とされた。


「影武者でも記憶喪失でもない!反省しただけだ!」


睨み付けてくるモーリスは私に暴言を吐きまくっていた頃の無愛想な顔をしていた。

私は再び彼の肩に手を置く。


「本物のモーリスなのね」

「だからそうだと兄…じゃなくて王太子殿下が言ってるだろ」

「貴方が謝罪なんて信じられないからよ」

「私だって謝罪くらいする」

「婚約者だった頃、一回も聞いた事がなかったわ」


うっ…と声を漏らすモーリス。

私に謝罪させるような事はあっても彼から謝罪された事はない。信じられなくて当然なのだ。


「本当にすまなかったと思ってるよ」

「何が?」

「全部だよ!君に暴言を吐き続けて蔑ろにした事も、大衆の面前で君に婚約破棄をした事も、他にも色々と今までの事、全て反省した…」


モーリスの口から反省という言葉が出てきて驚いた。

目を大きく開き固まる私に対して彼は再び頭を下げる。


「本当に申し訳なかった」

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