悪の華~裂かれた幸せ

ちい。

第1話

 私は別に多くのものを求めてなんかいなかった。ただ、冒険者として稼ぎ、それを実家へと仕送りし、両親や妹に、少しでも良い生活を送って貰いたかっただけである。そして、冒険から帰郷した私に愛してやまない妹から「おかえり」の一言が聞けるなら、それで良かったのに。

 

 何故、神はそれを許してくれなかったのだろう。

 

 何故、神は私からそれを奪ってしまわれたのだろう。

 

 何故、神は私たち家族を、姉妹を放っておいてくれなかったのだろう。

 

 血に染った私の両の手は、もう主である神へ祈るために手を合わせることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 私には五つ年の離れた妹がいた。名前は菖蒲あやめ。さらりとした艶やかな黒髪を眉の上で綺麗に切りそろえ、少し太めの眉にくりくりとした大きな瞳。そして真っ直ぐな鼻梁の先につんとした鼻尖。その下にはぷるんとした愛らしい桜色の唇。四つん這いが出来るようになった頃には、常に私の姿を探し、見つからない時には大声で泣いていた。よちよち歩きを覚え、喋れるようになった時には、「ねえたま、ねえたま」と舌足らずだけど一所懸命、私を呼んだ。それからも常に私の後ろをついてまわっていた菖蒲。

 

 十六の誕生日を迎えた私は冒険者として旅に出始めた。初めて旅に出ようとした私に菖蒲は泣きながらしがみついていた。両親から宥められやっと離れた菖蒲はその後、泣き疲れて寝てしまったらしい。

 

 その後も帰郷しては旅に出るを繰り返した私に、菖蒲は土産話しをねだるようになった。そして、菖蒲は私にこの村での事を一所懸命、話してくれた。

 

ねえさま、兵助へいすけの家に仔馬が生まれたわ。栗毛の可愛い仔馬」

 

「姉さま、今年は稲が豊作でした」

 

「姉さま、早苗ちゃんが結婚したわ」

 

「姉さま、今年も里の桜は見事なものでした」

 

「姉さま」

 

「姉さま」

 

「姉さま」

 

「いつか私も姉さまと旅に出たいわ」

 

「姉さま」

 

「姉さま」

 

「姉さま」

 

「……コ……コロ……シテ……ネ……エサ……マ……ワタシ……ヲ……コロ……シテ」

 

 それが最後に聞いた菖蒲の言葉。

 

 そして、私は二十歳の年に最愛の妹である菖蒲を失った。

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