第10話 事件発生
その時だった。
ガタッ。ガシャーン。
上の階から大きな物音が響いた。何かが高い所から落ちたような音だった。
「うわあぁぁぁ!」
大きな音がしたと思ったら次は叫び声だ。
「神楽坂さん。今の声って」
「えぇ、間違いないわね」
「旦那様の身に何か起こったのかしら」
「行きましょう」
神楽坂さんに続き、僕は声のする方向へ走った。そこは猫宮さんが言っていたお気に入りルームだった。
「ご主人さん、どうしましたか?」と神楽坂さんは扉をノックしながら言う。
部屋から悶える主人の声が聞こえる。
「ご主人さん、開けますよ」と神楽坂さんは一気に扉を開いた。
神楽坂さんは部屋の前で立ち止まる。神楽坂さんの背中で部屋の様子が見えなかった。
「嘘」
「神楽坂さん、どうしたんですか」
僕が覗き込むとその光景は腕から血を流し、床に這いつくばるご主人さんの姿だった。
「ご主人さん、大丈夫ですか?」
「犬くん! 待て!」
部屋に入ろうとすると神楽坂さんは止めに入った。
よく見ると床に何か動く物体が二つある。その物体がご主人に攻撃をしていたのだ。
亀? いや、それにしては大きい気がした。
「むやみに入らないで。あれはカミツキガメとワニガメという肉食の亀よ。ワニガメに関してはその噛む力は四百から四百五十五キロとも言われているわ。人間の指なんて一瞬で噛みちぎる程の力を持っている」
よく見るとご主人の薬指と小指がない。引きちぎられてしまっているのだ。本人は痛みのあまり意識を失っている。このままでは更に亀たちの餌食になってしまう。
「どうしよう。神楽坂さん」
「…………」
神楽坂さんは後ずさりをしている。いくら動物好きでもこのような状況では逃げ出してしまうのも無理はない。
「あの、どうしましたか」
そこに現れたのは先程見かけた服部という人だった。
「あの、兼近院長に何かありましたか」
部屋を覗き込む服部さんは現状を把握したようだ。急に顔色が真っ青になる。
「兼近院長!」
「入るな!」
部屋に入ろうとする服部さんを神楽坂さんは止めに入る。
異変に気付いたのか、四人の子供たちが駆けつけた。廊下にゾロゾロと人が集まる。
「誰か、何か大きめの檻を二つと重りを持ってきなさい」と神楽坂さんは頭を抱えながら言う。
「檻と重り……ですか? 一体何を」と長男の猿は首を傾げる。
「早くしなさい!」
神楽坂さんの怒鳴り声で長男の猿は走る。すぐに余っていた大きめの檻と二十キロのダンベルを持って戻ってくる。
「犬くん。それでカミツキガメを覆い被せてダンベルを乗せてくれる?」
「え? 僕がですか?」
「早く。このままじゃご主人が死ぬ」
「分かりました」
僕は檻を持ってカミツキガメに近づく。正面を向いていたのでむやみに近づけずにいた。しかし、徐々に距離を詰めた。カミツキガメが後ろを向いた一瞬の隙をついて檻を覆い被せた。
「やった」
「そのままダンベルを乗せて」
僕は言われた通り、ダンベルを上に乗せた。
よし、後はワニガメの方だが、と思った瞬間、手慣れたように服部さんはワニガメを捕まえていた。
これでひとまず危険は回避された。
「救急車を呼んで下さい。後、警察にも連絡をして下さい。これは事件です」
神楽坂さんは断言した。
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