第9話 家政婦の猫宮さん
部屋を出るとワゴン車を引く猫宮さんと鉢合わせをした。ワゴン車に積まれているのは牛ステーキだ。
「猫宮さん。そのステーキはどこに運ぶんですか?」
「これはさっきのペットたちがいる部屋よ。そろそろ餌の時間だから」
牛ステーキがペットの餌? 僕の餌よりも大分、良いものを与えられていることに嫉妬してしまった。流石金持ちの家の動物たちだ。毎日このようなものが食べられるなんて羨ましいにも程がある。あわよくば、僕もここのペットになってみたい。いや、僕はあくまでも人間だからそれはできないが。
「大変そうですね。私たちにも手伝わせてくれませんか?」
「いえ、お客様に手伝わせたら旦那様に怒られます」
「兼近さんには私から言っておきます。動物に餌をあげてみたいんです」
「そ、そう。ならお願いしようかしら」
「お任せ下さい」
先程の部屋に行くと人間はいなくなっており、動物たちがワゴン車の方に寄ってきた。餌の時間を察しているのだろうか。
「犬と猫にはステーキをあげて下さい。他の小動物はそれぞれ適した餌が下の段にありますので順番にあげて下さい」
「分かりました」
僕と神楽坂さんは手分けして餌やりを始める。
「犬くん。いくら犬でもつまみ食いはしないでね」
「いくら何でも犬の餌を横取りするほど落ちぶれていません」
ペットたちは奪い合うように餌をむさぼる。その光景を見た僕はこんなことを言う。
「もう少しゆっくり食べればいいのに」
「犬くん。動物たちは何故、早食いをするか分かるかしら」
「さぁ、お腹が空いているからじゃないですか?」
「不正解。合っているといえば合っているけど、目的は別にあるわ」
「別? どういうことですか?」
「動物が……特に犬が早食いをするのは本能。食べられる時に食べられる分だけ食べると言う野生の本能が働いているのよ。残すと敵に食べられるし、それなら自分が食べて生存率を高めようとするの。例え飼われていてもね。たまに飼い主はお腹が空いていると勘違いして多くの餌をあげてしまうこともあるけど、動物はお腹一杯になるまで無限に食べ続ける。だから動物の健康管理は大事なのよ」
「そうなんですか。勉強になります」
「でも、これだけ多くの動物がいるとどの子がどれくらい食べたか把握するのが大変だから飼い主さんはしっかりと健康管理が出来て凄いと思うわ。猫宮さんが毎日餌やりをしているんですよね?」
「私は平日の週五の七時から十八時までの勤務でその間の餌やりは基本あげていますよ。退勤後や土日は子供達や服部さんが世話をしているって聞いているわ」
「そういえば先程、ご主人が言っていましたね。わざわざ社員が家に来て世話をするんですか?」
「えぇ、詳しくは分かりませんが頻繁に出入りするそうです。私と入れ違いで顔を合わせるくらいで特に喋ったことはありません。でもいつも積極的で動物に対する愛は本物だと思いますよ」
「そうなんですか。いいですね。お世話をしてくれる人が身近にいて安心ですね」
「えぇ、私も助かっています。世話のやり方や引き継ぎ内容も残してくれるので。ついさっき散歩から戻られたので改めて自己紹介しますね」
「そうなんですか。今はどちらへ?」
「おそらくお気に入りルームに行ったのかと思いますけど」
「お気に入りルーム?」
「えぇ、旦那様の特に気に入っている動物たちが飼育してある部屋です。階段を上がって右へ向かった奥の部屋です。今頃あの子の世話をしている頃かしら」
「あの子?」
「お見せします。旦那様が今日一番に神楽坂様に見せたがっていた動物です。餌やりは私に任せて行って下さい」
「いえ、一度受けた仕事を投げ出すわけにはいきません。終わらせてから行きます」
「そうですか。ありがとうございます。神楽坂様」
「他に何か手伝えることはありませんか?」
「いえ、他は私がやりますので」
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