婚約破棄されたから殴りこみに行く。婚約者が言うには、私は婚約者として失格なようです。

仲仁へび(旧:離久)

第1話






「貴族らしい、男性らしい、女性らしいとは一体なんだろうな」






 今ここで、婚約破棄された。

 でも、目の前に婚約者はいない。

 私は自室にいて、周りには誰もいなかった。


 それなのに、婚約破棄だ。

 会ってもいない、言葉も交わしていない、顔も見てもいないのに婚約破棄だなんて。


 され方がひどくずさんだった。


 大勢に根回ししているわけでもない、豪勢な会場を用意しているわけでもない。

 手紙で「婚約は破棄させてもらう」という知らせだけが来たのだ。


 ずさんにも程がある。


 前々から「もう会いたくない」「顔も見たくない」と元婚約者の両親から言われていたけれど、私はそれらを笑い飛ばしていた。


 それなのに、現実にこんな事が起こるとは。


 私は婚約者がよこして手紙を、ぐしゃりと握りつぶした。


 なめたまねをしてくれた婚約者(元)を殴らなければ気がすまない。


 けれど相手が相手なので、特別にグーではなくパーにはしてやるが。







 せっかくの制裁の機会なので、気合を入れてお洒落をした。

 あてつけのように、元婚約者がくれた服装と装飾品を身にまとう。


 気分は戦に向かう兵士のよう。


 準備ができたら、馬車に乗り込んだ、ひきつった顔をする御者に行先をつげる。


「いつにもまして凶悪な顔をしていらっしゃいますね」なんて軽口を叩けるような仲だけど、さすがに今日は笑って水に流せなかった。なので、抗議の意味をこめて脛を蹴りつけておいた。


 そんな私は、さっそく元婚約者の屋敷に乗り込んで、殴りこみを行おうとしたのだが、当然その家に着いたら使用人達にはがいじめにされた。


 こんな不幸な自分に、五・六人がかりで取り押さにくるなんて。


 どんな凶悪人物扱いだ。


 なんて文句を言えば、「いやいや、貴方様はいつもこの屋敷に来て喧嘩をなさるたびに物を壊してますしっ」と口が滑った使用人に言われる始末。


 失礼な。


 そんなに毎回物を壊していない。


 よくて、二、三回に一度きりだ。


 そんな調子で玄関辺りで必死な使用人達に取り押さえられていたら、元婚約者がやってきた。


 きざったらしい顔つきと態度でだ。

 余裕の態度を崩さずに涼しげである。


 手紙で婚約破棄なんてばかばかしい真似をしても、いつもとまったく様子が変わらない。


 元婚約者は、使用人と一悶着あった私の元へ、まっすぐに歩いてくる。


 そして、肩でぜぇぜぇ息を切らしている私の髪をひとふさすくって、キラキラした表情を浮かべてきた。


「可愛い元婚約者よ、そんな荒れた行動をとっていてはいけない。周りの人からの人望をなくしてしまうよ」


 余裕しゃくしゃくな態度が勘に触った私は、相手にむけて平手を見舞おうとしたが、簡単によけられてしまう。


「なぜ、婚約破棄をっ!」

「まるで手負いの獣のようだ。そんな荒々しいところも君の魅力だったが、まあ、仕方がないかな。残念だが、両親が君の特異な行動に眉をひそめていてね、婚約関係を白紙に戻す事にしたのだよ」


 彼はひどく残念といった風に、肩をすくめる。


 手紙で伝えた理由は、面と向かって伝えたら私がその場で暴れると思ったとか。


「まあ、根が良いところのある貴方なので、人を大怪我させるような事はないと思いましたが、両親には伝わらなかったようですね」


 目の前の人物からは、婚約解消について思う所は、何もないといった様子がうかがえる。


 貴族同士の婚約に愛なんてない事が多い。

 けれど、そこまでまったく何も思っていないような態度をとられると、むしゃくしゃしてしまう。


 ありのままの私を受け止め、認めてくれると言っていたのは、嘘だったというのだろうか。


 相手はにっこり笑って頷いた。


 それは先ほどまでの王子様然としたものとは違って、どんな「男性」も虜にするような可憐な笑みだった。


「ああ、だって君は貴族なのに粗暴だ。一応努力しているようだけれど、改善は小さくて、結果が身についていない。しかも、男性だというのに女性のように身だしなみに気を遣うのが好きらしいからね。だから婚約者としては失格なんだ」 


 元婚約者である「彼女」はそんな残酷な事を言う。


 私は膝をついた。


 もともとの気質なのか、私の行動は荒っぽいところが多い。


 だから努力して、自分を変えようとしていたのだ。


 自分の事も「俺」ではなく「私」と言うようにしてきたし、ぼさぼさ頭やコーディネートのなっていない服装も改善してきた。


 それなのに、それらの努力は無駄だったのだろうか。


「お前に言われたくない、女性のくせに男の様にふるまうお前には」

「誰かに迷惑をかけているわけでも、実害があるわけでもないだろう? むしろ利益の方が大きい。社交界では、こういった男装が最近流行っているらしくてね、毎回ご令嬢達からちやほやされて困っているよ」


 言葉をなくして動けなくなっている私を、使用人達が立たせた。

 そして、そのまま外へと促される。


「用事がすんだようだね。では、お帰りを。こちらにも仕事があるのでね」


 玄関から外に出た所で、背後でばたんと扉が閉まった。








 絶望に打ちひしがれながら馬車まで戻った後、御者の女性に声をかけた。


「家に帰るぞ」


 彼女は私の様子をみて、一瞬でさとったようだ。


「かなり酷い事を言われたようですね」


 と述べてくる。


 のろのろ歩く私の背中を押して、馬車の中に押し込む彼女は、しかしこう付け足してきた。


「けれど、貴方が頑張っている事は多くの人が知っています。味方もいるという事を忘れないでください」

「ありがとう」


 男性らしさ、女性らしさ、貴族らしさなどに振り回されてきたが、その言葉で少し報われたような気がした。


「私も女性だから、もっと良い仕事につけるのにと言われました。でも、この仕事が良いのです。馬と触れ合うので匂いもつくし、体力も意外といるけれど、それが好きなので」



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婚約破棄されたから殴りこみに行く。婚約者が言うには、私は婚約者として失格なようです。 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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