708番の靴(改)

イノベーションはストレンジャーのお仕事

<708番の靴>

 私は新卒で小売業、所謂ホームセンター系の会社に就職した。が、1年余りで辞めてしまった。

 私的には性分に合っている職種だったし、楽しい仕事だった。しかし、上司と反りが合わず私から折れたような感じで職を辞した。

 なぜ反りが合わなかったかと言うと、その上司(副店長)は自分が社長令嬢の旦那である事をいい事に、売り場で威張り散らしていた。その事は売り場の人達全員の周知の事実だった。皆に煙たがれていたのは当の本人は知らなかったのだろう。

 しかし、その上司は店長にだけはペコペコして頭が上らない。更に輪を掛けて、私は店長が以前担当していた部署に配属されたのだ。その事が副店長にとって気に入らなかったかどうかは本人に聞かないと分からないが、逆恨みなのか、私は格好の餌食になり、事ある毎に今で言うパワハラを受けていたのは事実である。

 しかし、私はそんな事で自殺する訳にはいかないので、そのハラスメントに耐え続けた。そして、結果的に私がぶちぎれて辞職となった。しかし、 その時に得られた信念の元にぶちぎれた。

「値段が高いものが必ずいいとは限らず、お客様が真に欲しい物、サービスを勧める」

と言うこと。

 しかし、会社とすれば、1円でも利益を出したいのは当然なので、会社の意向と相反する考え方だ。なので、その上司とは当然意見が衝突するのは必至ではある。また、「その上司がウザい」という、従業員全員の思いを含みつつ意見するという一面もあった。店長はその点は黙認していた。


 「708番」とは「店頭に並んでいる商品(ここでは靴の箱ですが)の箱に記載してある商品分類のナンバー」を指します。私が訳あって某スポーツ用品店に勤務した、そのお話です。

 まだその店舗に入りたての「遅咲き新人」である私は、全ての売り場のアイテムもろくすっぽ覚えていません。当たり前の話です。が、お客様にとっては、そんな事は全くの関係の無い話です。売り場で勤務している以上、お客様にとっては「只のいち店員」で、「どの店員もみな大して変わらない」存在なのです。

 ある時、学生さんっぽい若者が私に声を掛けて来ました。その方は「靴」を物色していました。

「708番の靴で27.0cmのものは有りますか?」

 私は上記の信念を生かすしか現在の接客対応のスキルがありません。しかし、お客様が商品購入を検討しているチャンスです。その「708番」の靴がサッカー(フットサル)用のシューズである事を確認しました。

 如何せん、私の専門は「野球」であり、「サッカー」はたまに見る程度で、深い知識は有りません。が、靴である事には変わりありません。しかし、その商品の在庫は売り場には無いようです。私はバックヤードにあるかもと思い、

「少々お待ちください」

と、一旦待ってもらって先輩の女性店員さんに端末装置で在庫を調べて貰いました。やはり、その大きさの靴の在庫はバックヤードにも無いようです。しかし、端末で調べると近くの同系列の別店舗には在庫が「1」有るとの表示が表示されました。

 その若いお客様は、自分が在庫を調べている間に26.5cmの708番の靴を履いて具合を確かめていました。その具合を一緒に調べましたが、やはり少し甲の辺りがきついようでした。

「やっぱり少しきつい感じですね」

 先輩女性店員さんは売り場には無い事、個々の店舗の場合取り寄せになる事、近くの同列店舗なら「1足」在庫がある事を告げました。ですが、その対応は私の信念には沿いませんでした。折角、そのお客様がこの店舗に足を運んでもらった苦労が水の泡です。

「その店舗はご存じですか?」

「いえ、分かりません」

私はそのお客様が地元の方だと思っていたので、近くの店舗の所在も知っていると思いました。

「どちらから来られましたか?」

「いや、XX大学に入学したばかりでこの辺は全く分かりません」

( ほうほう、他地方から来られたのだな?それだったら無理もあるまい。しかも、今春からフットサルを通じて仲間を作るんだな)

 私は現代の英知「Google」さんを召喚し、その店舗の地図を表示して見せました。しかし、それはあくまで地図上であり、実際向かった時の景色イメージが湧かない事も多々あります。ましてや、この辺の地理をよく知らないのですから、

「ここにXXがあってそこを左に行くと・・・」

  恐らくその先輩女性社員は

「このバイト、靴の事じゃなくて同列の他店舗の行き方を教えてるわ」

と思ったかは不明ですが、私の考えでは、

「この若者にとっては決して安くないであろう靴を購入してもらって満足させる」事

が重要であって、仮に競合している店舗に確実にその大きさの靴が存在するならば、その競合店の行き方も教えるつもりだった。「売上」ではなく「顧客満足度」を満たす事が自分の「仕事」なのだ、と私は考えていた。

 当店で少し「きつめ」の26.5cmの靴を購入して、いざ履いたけど靴擦れして駄目だとなったらそれこそ、この若いお客様は当店の「リピーター」になってはいただけない。 その後、若いお客様はその在庫のある店舗の行き方が分かったようで、その場所の建物的な特徴を教えてあげました。

 その若いお客様が別店舗を訪れたかは不明ですが、お客様がそこに行こうが行かまいがそれは結果でしかなく、お客様の意向次第です。ですが、多店舗を訪れることで靴購入の選択肢は間違いなく増えたはずです。

 私はその別店舗を訪れたであろうと勝手に予想しました。 私は退勤後、その別店舗に行ってみました。

「果たしてあの学生さんは、ここでお目当ての靴を買ったのか?」

を確認する為です。私はサッカーシューズを目で追いました。すると、その靴は一番上に右足だけディスプレーされていました。しかし、サイズは不明です。コーナー下の靴の在庫箱を探すと「708番の27cmの靴」がありました。

という事は、

「先程の若いお客様がこの店舗に来たならば、この店舗ではお目当ての靴は購入していない」という事になります。私はにやにやしながら少し握りこぶしを作りました。なぜなら、

<もしここに来ても買ってないなら、自分の店舗であの靴を購入してくれるかもしれない。自分の考え方は間違いではない、かもね!>

 その後の靴購入の顛末は確認できませんでしたが、恐らく自分の店舗で購入してくれたのだと勝手に信じています。

 そんな「新人アルバイトの私」は、今日も「お金で買えない0円の価値」を売りに働きに行きます。例え皆に煙たがれても。 

                               (おわり)

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708番の靴(改) イノベーションはストレンジャーのお仕事 @t-satoh_20190317

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