第三章

第1話『囚われた第三王子』

 ——とある町の法廷で、三人の娘達が年老いた裁判官に何度も同じ質問を受けていました。


「本当に小舟で逃げ出したところを救助されただけだと申すのか? ウォルターが海賊達を殺したんじゃないのか? 海賊とはいえ、これは立派な殺人なんだぞ。偽証する事は殺人の共犯になるんだ。本当の事を言いなさい」


 年老いた裁判官は可愛い孫に語りかけるように話します。

 でも、実際はウォルターを殺人罪で捕まえたいだけです。


 海賊の死体は見つかっていませんが、30人を超える殺人は当然極刑です。

 死刑免除を条件に、ウォルターに国への忠誠と従属を提案するつもりです。

 国にとっては、金の卵を産む鶏であるウォルターは何としても手に入れたい存在です。

 

「本当です。私達は、私達を襲おうとした海賊の男を三人で気絶させて、海賊の隙を見つけて、小船で海賊船から逃げ出したんです。ウォルターさんとは海の上で偶然会っただけです。海賊の事は知りません」

「ええい! 本当の事を言え! 小船を盗んだ罪で牢獄に入れてもいいんだぞ!」


 とても法を司る裁判官の台詞ではありませんが、玉座に座る人から、「海を支配する力と金を、手段を選ばずに手に入れろ」と言われています。本当に手段を選ばずにやっているだけです。


「どうぞ好きにしてください。でも、被害届けも出てないのに、何の罪で罰を与えるつもりなんですか? 小船を盗んだと言うのなら、海賊船と海賊達を町まで連れて来てください」


 三人の娘達は、この裁判官も、この国も大嫌いです。

 結局、町娘が海賊に拐われても軍船一隻も出さずに放置しました。

 命の恩人を売るような真似は絶対にしません。


「ぐっぬぬぬぬぬ! 小娘風情が屁理屈を言うな! お前達もこの国の国民ならば、国の利益になる発言をせよ! あの男はロムルス王国から漂流して来たところを、この国が助けたんだぞ——」


 いつものように年老いた裁判官が、顔面の血管を浮き上がらせて興奮しています。

 今までの話し合いで10本以上は確実に切れています。

 三人の娘達はブチ切れる裁判官は見飽きているので、無駄な話は聞かずにボッーと上の空です。


「——密入国者は本来ならば、追い出してもいいところを、ここまで育ててやったのだ! その恩を返させるチャンスを与えてやろうというのだ! さっさと協力しろ!」


 何を言い出すかと思ったら、ウォルターを助けたのは町の漁師で、育てたのは町の人達です。国がやった事は、ウォルターのスキルが金になると分かった後に、多額の税金をかけた事ぐらいです。


「だったら追い出せばいいじゃないですか……」

「それは出来ん! 恩を返させるまでは、ウォルターはこの国の国民なのだ!」


 最早、裁判官の発言は支離滅裂ですが、ウォルターは絶対に追い出せません。

 その理由はロムルス王国の剣聖と賢者への対抗手段からです。

 陸では絶対に勝てないと分かっているので、せめて海だけはという気持ちがあります。


 このロムルス王国にウォルターの力が加わったら、もうどの国も勝てません。

 他国に知られないように、ここまで成長するのを待ったのです。みすみす手放す訳には行きません。


 ♦︎


「釈放だ。外に出ていいぞ」

「はい……」


 不機嫌そうな兵士が独房の鍵を開けると、中から栗毛髪の少年が出て来ました。

 結局は証拠不十分という事で、ウォルターは釈放されました。


 釈放された表向きの理由は証拠不十分ですが、実際は閉じ込めている時間があるのなら、海底から金を拾わせた方が利益になるからです。

 でも、今のウォルターには海の底に潜る気持ちはありません。行きたい国があるからです。


「よし、町に帰ろう」


 ウォルターは馬車に乗って、住んでいる町に向かいました。町の人達に元気な姿を見せてあげたいのもありますが、顔馴染みの冒険者ギルドに行って、スカンドス王国への行き方と情報を手に入れたいからです。


 ガタゴトと馬車に揺られて数時間でウォルターは町に到着しました。

 真っ直ぐに町の大通りにある冒険者ギルドに入ると、建物の中にいた顔見知りの人達に大歓迎されました。


「よく頑張ったな、ウォルター! 六日もよく耐えたな!」

「気にする事はないぜ! 海賊はどうせ縛り首だ。死んで困る奴らじゃねえ!」

「ウォルター、助けた娘がお礼がしたいって、何度も家に来てたぞ! どの娘が好みなんだ?」

「うぐぐっ、ちょ、ちょっと通してください……」


 ガサツな大男達に揉みくちゃにされながら、口に食べ物を押し込まれながらも、ウォルターはカウンターに到着しました。カウンターの奥には、いつものネコ顔の女性が見えました。

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