第7話『床下の亡霊』
「ぐわぁっ~~~⁉︎ な、なんだ⁉︎」
顔色の悪い男は痛みに顔を歪め、声を上げましたが、痛みは仕事柄慣れています。
それに酒にかなり酔っている所為か、痛みに鈍感になっていました。
苦痛に顔を歪めながらもしゃがみ込みで、右足の甲から突き出している青白い切っ先を見つめました。
「釘じゃねぇよ……なぁ? 何でこんな物が床に、ぐああっっ!」
顔色の悪い男がジッーと見ていた切っ先が突然、床下に引っ込みました。
男は足の痛みにまた悲鳴を上げると、今度は体勢を崩して、床に派手に尻餅をついて倒れ込みました。
「ぐああっっ~~! な、何だよ⁉︎ 床下に何かいんのかよ⁉︎」
右足の足首を両手で強く握り締めて、焼けるような痛みに耐えながらも、顔色の悪い男は青白い切っ先が飛び出していた床を睨みつけました。
♦︎
——ウォルターが海賊船を発見した時に戻ります。
「あ、あの船は……間違いない。あの時の船だ! 母さんを殺した海賊の船だ‼︎」
町を出てから二日目の昼を少し過ぎた頃に、ウォルターは黒い帆を広げた海賊船を見つけました。
拐われた娘達を助ける事が出来るだろうか、という胸の不安は、海賊船を見た瞬間に、激しい憎悪に塗り潰されました。
ウォルターは気がつくと海中に深く潜って、海賊船の見張りに気づかれないように、グングン泳ぐ速さを上げて、船に接近していました。
そして、海賊船の船底までやって来ると、船底に空いた小さな穴を見つけてしまいました。
(殺してやる! 絶対に殺してやる! 一人も絶対に逃がさない!)
ウォルターの頭の中は、海賊達を殺す事で一杯になっていました。娘達の事は頭の中のどこにもありません。
海上で力なく微笑む母親の顔と、下卑た声で笑い続ける海賊の顔が何度も蘇ります。
封印されていた剣を手に取ると、鞘から青白い刀身を持つ剣を引き抜きました。
剣の名前は、『水龍剣リヴァイアサン』——リヴァイアサンの四本ある鋭い犬歯から作られた龍剣で、鉄の剣程度ならば、軽々と両断する切れ味を持っています。
ウォルターはその剣を何の躊躇いもなく、船底に向かって振り下ろしました。
(ハァッ‼︎)
水龍剣は水中にも関わらず、地上と同じか、それ以上の剣速で、船底を水を撫でるように軽々と切り裂きました。
ウォルターは船底が剣で切れると分かると、剣を三度振り下ろしました。
そして、人が楽々入れる大きさの四角い穴を船底に開けると、船内に入って行きました。
♦︎
「な、何なんだよ⁉︎ 海の死神でも乗り込んだのかよ!」
顔色の悪い男は怯えています。
床の上にスゥーと青白い線が見えたと思ったら、直ぐに消えて行くのです。
足元、身体の左横、右横の順番に自分の周りの床板が、真っ直ぐに何かに切られて行きます。
逃げようとした瞬間に、その何かに身体を切られると思うと、顔色の悪い男は動けませんでした。
でも、次の瞬間……身体にフワッとした浮遊感を感じました。
何があったのかと理解する前に、身体が叩きつけられました。
「あがぁつぅ、あがぁ~~‼︎」
床板と一緒に床下に落下した男は、背中を激しく強打して、斜めに傾いている床板の上で唸っています。
そんな男の苦しむ姿をウォルターはジッーと見ていました。でも、心に喜びをまったく感じません。
喜びどころか、この男が苦しみを感じる事さえ、贅沢で幸せな事だと、怒りと憎しみが溢れて止まりません。
「お前が母さんを殺したんだ……」
「誰だ⁉︎」
顔色の悪い男は、突然聞こえた暗く低い男の声にビクッと反応すると、周囲を見回しました。
そして、青白い刀身の剣を右手に持つ、ずぶ濡れの若い男を見つけてしまいました。
「……な、何だよ、お前? 誰なんだよ? 幽霊なのか? それとも酔っ払っているのか?」
ウォルターは水浸しの床下をヒタヒタと、男に向かって歩いて行きます。
男は幽霊か、夢でも見ているのだろうと、少し冷静になっていましたが、直ぐに現実だと認識させられました。
「母さんの苦しみを感じろ」
ウォルターはそう言うと、顔色の悪い男の両足首を、剣を横に振り払って切り落としました。
「うぎぁああああっがああっっ~~~‼︎」
男の絶叫が上がります。床板の上をのたうち回ります。けれども、ウォルターはそんな男の身体を乱暴に掴むと、水浸しになった床下の水面に、顔を突っ込みました。
「うぐだ、ぐぅぼぉ、助けて、ごぼっ、たずけたて!」
「母さんは溺れ死んだんだ。お前も苦しめ! 苦しんで苦しんで母さんに謝れ‼︎」
ウォルターは男の後ろ首を両手で力一杯押さえて、抵抗する男を水の中に沈め続けようとしています。
「人違いだ! 俺は誰も殺してない! 助けて、助けてくれ!」
「嘘を吐くな‼︎ お前は十年前に海岸で泳いでいた僕と母さんを脅して、この船に連れて行こうとしたんだ。あの時、海に残された五歳の子供を忘れたのか? 母さんの事も忘れたのか? 僕はずっーと忘れなかったぞ。母さんの事もお前の事も! 忘れたなら思い出させてやる!」
「ぶうはっ! はぁはぁ、はぁはぁ?」
ウォルターは男から両手を離すと、剣を手に取りました。
水中から開放された顔色の悪い男は、両足の痛みも忘れて必死に呼吸を繰り返します。
呼吸を繰り返しながらも、十年前の事を思い出していました。
そして、海の上に捨てられた栗色髪の少年を思い出しました。
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