第4話『消えない過去と現在』

「ウォルター、ちょっと待って」

「えっーと、何か仕事でもあるんですか?」


 帰ろうとしていたウォルターはネコ顔の女性に呼び止められたので、カウンターに振り返りました。


「そうじゃないだけど……しばらく海には出ない方がいいわよ。海賊が出たらしいのよ」

「海賊⁉︎ その海賊船は大型の黒い帆船でしたか?」


 海賊という言葉を聞いて、ウォルターの顔が険しいものに変わっていきます。

 ウォルターが母親と一緒に海賊に連れ拐われて、その結果、母親を失ってしまった事は、町の住民は誰でも知っています。話しづらい事ですが、誰かが話さないと、海の中で海賊船と遭遇したら大変な事になります。


 今のウォルターならば、海賊船の船底を壊して沈没させる事も、やろうと思えば出来るからです。


「そこまでは知らないけど……さっきも町の漁師が襲われて怪我したそうよ。蓄えも十分にあるんだし、剣と服が出来上がった後も、しばらくは町の中でのんびりと休んでもいいんじゃないの? 働き詰めなんだから、ちょっとは休まないと」


 ネコ顔の女性が海に出ないように説得します。

 今は母親の遺体を探すのにウォルターは執着していますが、その執着が海賊に向かえば、どうなるのか分かりきっています。

 世界中の海賊を見境なく殺そうとする、海上の殺人鬼になってしまう可能性があるのです。


「アイツらが母さんを殺したんだ。あんな奴らが笑って生きているのに、なんで、優しい母さんが死ななくちゃいけないんだ! あんな奴らは全員死ねばいいんだ! 誰も捕まえないなら、僕がアイツらを皆殺しに」

「——ウォルター‼︎ ウォルター‼︎」

「ハッ⁉︎」


 ネコ顔の女性はウォルターの両肩に手を置くと、身体を激しく揺すって大声で呼びかけます。ウォルターが過去の記憶を思い出すと、たまに激しい発作を起こします。

 処方されている精神安定剤を毎日飲み続けたお陰で、子供の頃よりは少しは症状は落ち着いていますが、それでも完全には抑え切れていません。

 

「少し落ち着いて。その優しいお母さんは、ウォルターに人殺しになって欲しいと言ったの? お母さんはウォルターにどうなって欲しいと言ったのか思い出して」

「はぁはぁ! はぁはぁ! すみません……もう大丈夫です」


 ウォルターはネコ顔の女性のお陰で悪夢から意識を取り戻しましたが、気が動転していて、顔色も悪く、呼吸も過呼吸になっています。その姿を見て、誰も大丈夫だと思いません。


「そうだね。大丈夫だと思うけど、ちょっと家で休んだ方がいいかもしれないね。家まで送るから」

「大丈夫です。一人で帰れます」

「まあまあ、子供が遠慮したらダメだよ。お姉さんが優しく看病して上げるから、ねぇ?」


 ウォルターは断りますが、ネコ顔の女性は強引に腕を組むと、冒険者ギルドから出て行きました。

 誰かが監視していないと馬鹿な真似をしてしまいます。


 ♦︎


 二人が冒険者ギルドから出て行くと、テーブルで黙って話を聞いていた冒険者達が話し出しました。


「俺も看病して欲しいぜ」

「ハッハ! お前の顔じゃ、無理だよ。女はああいうツルッとした整った顔が好みなんだからよ」

「笑ってんじゃねぇよ。お前だって似たようなもんだろうが。この髭面野朗が」


 三人はお互いの容姿を見て笑って、馬鹿にし合っています。ウォルターは母親似の綺麗な顔です。

 海洋限定の特殊なスキルですが、海底から引き上げた宝を売って、それなりの高い収入も得ています。

 収入のほとんどを町や周辺の村や町に寄付していますが、それでも、漁師達の収入の数百倍の収入になってしまいます。

 町の若い未婚女性や既婚女性の多くが、母親を失って傷ついているウォルターの心を癒してやりたいと、母性を擽られています。あわよくば結婚して、一生心の傷を隣で癒して上げようと狙っているぐらいです。


「俺だったら、死んだ母親の骨なんて探さずに楽しく暮らすんだけどよ。ああいう過去に囚われているタイプは早死にするんだよな。もっと気楽に生きればいいのによ」

「そう言うなよ。ウォルターのお陰で、遺骨の鑑定をして身元が分かった骨は、家族の元に帰れるんだからよ。まったくの無駄とは言えねぇぜ」

「まあ、そうだな。ついでに墓代とか言って馬鹿みたいな金まで出してやるんだから、アイツも損な性格しているぜ」

「まったくだ。馬鹿な奴もいるもんだぜ」


 三人の男達はウォルターを酒にツマミにして楽しく飲み続けます。なんだかんだと言って、馬鹿にして笑っていますが、この三人もウォルターの事が嫌いじゃない人達です。


 助けられてから十年間で、ウォルターは町の人達に愛される存在になっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る