お弁当、美味しいよ。ねえ、あなた。

平 凡蔵。

第1話

朝のモーニングショウを見ながら、慌ただしくキッチンで動き回る。

いつもの我が家の風景だ。


「それにしてもさ、冷凍をお弁当箱に入れて置いたら、お昼には解凍されてクリームコロッケになるって、それ誰が考えたんだろうね。最高の発想だわ。でも、タクミさん、今日も手抜き料理で、ごめんね。」


マリコは、結婚して10年間、毎日タクミのお弁当を作るのを欠かしたことが無い。

自分自身のお弁当を作るのもあるけれども、夫のお弁当を作るっていうのが学生時代から憧れていた家庭のイメージだったのである。


タクミとマリコは共働きで、普通なら、お昼ご飯は外食になるのだろうけれど、お弁当だけは、マリコが作るってことは、マリコ自身が決めたことだった。

とはいうものの、そんな本格的なものは、もちろん出来ない。

朝の時間がない中で、朝食も作り、お弁当も作らなきゃいけないものね。


タクミとマリコには、10才になる息子がいるが、学校で給食が出るので、お弁当を作るのは、2つだ。

でも、息子のリョウタが中学生になったら、3つ作ることになる。

そうなったら、タクミよりリョウタのお弁当に全パワーをつぎ込んじゃうんだろうなと、そんなことを考えたら、クスリとマリコは笑った。


「タクミさん。お弁当出来たよ。今日も手抜きだけれど、愛情は詰まってるからね。」

「うん。ありがとう。時間がない時は、作らなくても大丈夫なんだよ。」そう言って、テーブルに腰かけて、朝ごはんのお味噌汁を啜った。


「あー。ウマイ。やっぱり日本人は、味噌汁だね。この味噌汁、味噌と出汁のバランスが絶妙だね。さすが、マリコだな。」そんな事を言いながら、もう飲み干しそうな勢いで啜っている。


それをマリコは、嬉しそうに見ながら、「ホント、タクミは素直だねえ。それ、ただお湯を注ぐだけのインスタントなんだよ。時間がない時は、大体、インスタントなんだけど、知らなかった?」

「え、そうなの。なあんだ、それで、いつもより味が良いんだ。」

「あー、いけないんだ。そんなこと言ったら。あははは、でも、違いが解るんなら、タクミの舌も大したものだね。」


そんな冗談を言い合いながらも、マリコは、タクミが、結婚して以来、料理の味について批判したり、料理を残したりしないことに、感謝していた。

それは、共働きのマリコに対して気を遣っている訳で、それを考えると、優しい旦那と結婚したものだと、まあ、自慢とまではいかないけれども、幸せだなと感じるところなのではある。


というか、タクミは、本当に食事を楽しんで食べるとこが好きだ。

ご飯を食べているタクミを見るのは、本当に幸せな瞬間だよ。

いつも、マリコは、思っていた。


そんな生活が続く或る日の事だ。

タクミが帰宅して、いつものようにお弁当箱を流しに置いた。

タクミが、先にお風呂に入ったので、お弁当箱を洗おうと、包んであったバンダナを開くと、そこに綺麗に洗われたお弁当箱があった。


「えっ、どうして?」

ポツリとマリコは呟いた。

その声には、どうしてよいか戸惑いのような、頼りなげなトーンを含んでいた。


マリコは、漠然とした悲しさというか、怒りにも似た感情が沸き起こってくるのを、自分自身で感じていた。

いや、そんな余裕は、なかったかもしれない。

ただ、どういうことなのかを知りたいと思った。


いつもなら、タクミは、お弁当を食べても、そのまま、またバンダナに包んで、持って帰る。

洗ったりはしない。


じゃ、今日は、どうして洗ったの?

女の直感なんて、安っぽい言葉があるけれども、その時のマリコは、判然としない未確認の事実に、まさにその直観が、不吉な事実を告げていた。

マリコは、指先が冷たくなって、蛇口のお湯で温めようとしても、ただブルブルと指先が震えて止まらない。


タクミは、お弁当を食べなかった。

それじゃ、誰かが食べたと言う事になる。

その誰かが、食べた後、お弁当箱を綺麗に洗った。

、、、そんなの女に決まってるじゃん。

誰なのよ、ねえ、タクミ。


マリコは、タクミがお風呂から上がったら、居ても立ってもいられなくなって、タクミに聞いた。

「今日のお弁当、タクミ食べた?」

「お弁当?いや、今日は、急な商談が入ってさ、その取引先とランチに行ったから、マリコの作ってくれたお弁当は食べなかったんだ。でも、なんで?」


「あ、そうなんだ。うん、お弁当箱が、綺麗に洗ってあるから。」

「じゃ、リカが洗ってくれたんだ。ほら、今年入った新人の女の子いるっていったでしょ。その子に、勿体ないから食べてもらったんだ。」


「あ、そうなのね。うん、勿体ないもんね。そうだよね。」

「リカも食べたいって言うからさ。あ、大丈夫だった?」


「あ、うん。でも、、、あたし、そのリカとかいう女の為にお弁当作ってる訳じゃないんだけど、、、あ、いや、何でもない。」

タクミは、マリコの作ったお弁当を、リカに食べさせたことを、マリコが起こっていることに気が付いた。

「あ、ごめん。折角、マリコが作ってくれたのに、ちょっとデリカシーなかったかな。ごめん、もうしないよ。」


マリコは、まだ気持ちが落ち着かなかったが、こんなちっぽけなことに拘っている自分自身が嫌で、もう追及するのは止めようと思うことにした。

「うん、解った。じゃ、ご飯にしよう。リョウターっ、ご飯できたよー。」と大きな声で息子を呼んだ。


その後は、普通に会話をして、普通にご飯を食べた。

少しばかり、味は薄味に感じたけれどね。


その夜、タクミは、お弁当箱の事なんか忘れて、寝息を立てている。

マリコは、眠ることが出来なかった。


どうして、リカとかいう女に食べさせたのよ。

ホント、それデリカシーないよ。

ゼロだよ、ゼロ。


っていうかさ、そのリカって言う女だよ。

人の嫁さんのお弁当を食べるっていう神経疑うよ。

普通、食べてって言われても、食べないでしょ。

知らない人が作ったお弁当だよ。

気持ち悪いって思うのが普通でしょ。


それともさ、タクミに好意を持っててさ、その嫁の作るお弁当は、どの程度なんだ、みたいな、あたしを試すために食べたとかさ。

それって、あたしに対する挑戦?


いや、そんな挑戦付きつけられても、あたしは受けないよ。

あたしはね、正真正銘のタクミの嫁だからね。

しかも、10年も一緒にいるんだよ。

誰より、タクミを知ってるよ。


ねえ、そのリカさんてやつ。

悔しかったら、タクミの好きな料理、10個言ってみてよ。

目玉焼きは、ソース派か、醤油派か、知ってる?

知らないでしょ。

ザマーミロってんだ。


っていうかさ、やっぱり、タクミもタクミだよ。

誰かに食べて貰うっていってもさ、他に誰かいるでしょ。

男の後輩とかさ。


そりゃ、あたしのお弁当なんてさ、冷凍のおかずで誤魔化したお弁当だよ。

自慢できるお弁当じゃない。

でもさ、イケメンの男の子が、パクパク食べてくれたらさ、そりゃ、気分も違うってものよ。

ううん、イケメンじゃなくてもいいわ、どんな人だっていい、男だったらね。

そこよ。

そこを考えないで、女に食べさせるのが、悔しいのよ。

ホント、タクミって冷たいよね。


声に出せない愚痴を心の中で叫んでいたら、どうにも涙が止まらない。

悔しくて、悔しくて、こんな些細なことでと思われるかもしれないが、嗚咽した。

ただ、タクミにも、隣の部屋のタクヤにも、聞こえないように、タオルを口にくわえて、嗚咽したのである。


次の日は、もう普段のタクミとマリコに戻っていた。

とはいうものの、やっぱり、タクミの行動が、こころの片隅に残っていたのだろう。

ネットの掲示板に相談の書き込みをした。


「奥さんのお弁当を、急用で食べれなくなったら、そのお弁当を、あなたは、どうしますか?」

あははは、あたしって、本当に嫌な女だね。

というか、根暗なのかな。

そんな事をポツリとパソコンの前で呟いた。


そんな質問にも、誰か知らない画面の向こうの人が返事をくれる。

「俺なら、帰りの駅のホームで、食べて帰ります。俺、大食いだから、駅で食べても、また家でも食べれるんだよね。それに、折角作ってくれたお弁当を、他の人に食べさせたくないよ。」

うん、そうだよね。

普通は、そう思うよね。

うん、あなたは素晴らしいよ。

マリコは、ネットの書き込みに、声を出して答えいていた。


「僕なら、家に持って帰って、晩御飯に、奥さんと食べます。」

20代の男の子の書き込みだ。

うん、あなたは、将来、きっと優しい夫になるよ。

「がんばれー。エイエイオー。」

拳を上に上げて叫んだ。


そんなことを1時間ほどしたら、気が治まったのか、昨日の事は、もうどうでも良い気持ちになっていた。


ただ、あることが頭に浮かんだ。

結婚して10年。

商談で、取引先と商談をするシーンって、何度もあったはずだ。

そんな時、タクミは、お弁当を、どうしたんだろう。

ひょっとしたら、この掲示板の人の様に、駅のホームで食べていたのかもしれないな。

もし、そうだったら、ありがとう。

1回だけ、女の子に食べて貰っただけなのに、興奮しすぎちゃったかな。

あはは、これって、嫁の嫉妬っていうことになるのかな。


その日からは、何かスッキリとした気持ちで、また日常がもどっていた。

そんなある日、リョウタの学校からの連絡ノートに、先生からの書き込みがあった。

リョウタが、給食を残すことが多いらしい。

別に、残して悪いということはないのだけれど、勿体ないというか、出来るなら好き嫌いなく食べて欲しいと書かれてあった。


リョウタは、タクミに似て、食いしん坊なので、料理を残すってことはしないはずなんだけれどなあ。

そう思って、リョウタに聞いた。

すると、「だって、美味しく無いんだもん。」と返ってきたのだ。


美味しくないから、食べない。

これは、親として叱るべきなのだろうか。

親としては、勿体ないとか、作ってくれた人の気持ちを考えて食べなさいとか、そんなことを言うべきだろう。


でも、美味しくないんだったら、それを無理やり食べなさいというのも、これは可哀想だよ。

あたしだって、レバーを食べなさいって言われたら、学校給食で出されたら、残しちゃうかも。

だって、あのレバーの匂いは、「ウエッ。」ってなるんだもん。

それと、程度は違うけれど、同じことでしょ。

レバーは、匂いがダメだから食べない。

給食は、美味しくないから食べない。

似たようなものだ。

そう考えると、リョウタを叱る理屈が見当たらない。


「嫌いな料理があったら、少しだけでいいって、貰う前に、そう言いなさい。」

それぐらいしか、言う事無いよね。


それにしても、タクミは、いつもお弁当を、美味しいって言ってくれてるけど、本当に、美味しいって思っているのかしら。

そりゃ、冷凍の既製品だもの、メーカーが美味しく作ってるわよね。

でも、あたしの手作りのものもあるし。

その味付けとかは、どう思っているのだろう。

うん、美味しいと言ってくれてくるけど、それは、一応誰だっていうよね。


ひょっとしてだけどさ、無理して食べてるのかな。

あたしが学生時代からの理想の家庭のイメージを押し付けてるだけなのかな。

だんだん、自身なくなってきたなあ。

そんなことをマリコは考えだしていた。


でも、考えるだけで、普段と変わりなく半年ほど過ぎた。

色んな悩みも、日々の生活の中に流れて消えていく。

ただ、表面の波は消えても、川の水底を流れる水は、粘度を帯びながら悩みの欠片をかき集めているのかもしれなかった。


「あ、タクミ。」

ホームの向こう側にいるタクミに、マリコは、大きな声で叫んだ。

ちょうど、仕事の帰りが一緒で、ホームの向こう側にタクミを見つけたのだ。


タクミは、マリコには気が付かずに、ホームの壁際に行ったかと思うと、カバンからバンダナに包まれたお弁当箱を取り出して、、、中身をゴミ箱に捨てた。

手慣れた作業だった。


マリコは、それを見て、なんだろう、頭の先から血の気が引くのを感じた。

いや、腹が立つという感覚じゃない。

ただ、悲しかった。

タクミが、あたしの作ったお弁当を捨てたことが、ショックだった。


そりゃ、仕事で、お弁当を食べる時間がない時だってあるよ。

あたしだって、そんなことぐらい理解できるよ。


でも、お弁当を捨てるのは、うん、やっぱり理解できないよ。

あははは、でも、悲しみも度を超すと、何か吹っ切れるね。


「そうだ。あたし、早く家に帰ろう。」

タクミが帰るまでに、あたしが先に帰りたかった。


少し先に帰ったあたしは、タクミに聞いたよ。

「ねえ、お弁当、おいしかった?」

あはは、あたしも意地悪だね。


「うん?ああ、いつもお弁当作ってくれて、ありがとう。」

タクミ、正直すぎるよ。

美味しかったっていう嘘はつかないんだね。

美味しかったぐらい言っても、ここは、バチはあたんないよ。

でも、あたし見てたから、そんなこと言われたら白けちゃうか。


でも、タクミにも、今まで、色々気を遣わせてたのかな。

ごめんね、タクミ。


「ねえ、あのさ。お弁当作るの、ちょっと休憩していい?」

「どうしたの?それは、いいけどさ、大丈夫?」


「うん、大丈夫。ちょっと疲れてるのかな。ううん、本当は、お弁当のおかず考えるの、ちょっとネタ切れなの。ごめんね。」

「ああ、それならいいけどさ。無理しないでね。」


いつも、タクミは、優しいね。

、、、、これって、優しいんだよね。

最近さ、本当の優しさって、わかんなくなっちゃって。



《 そして、お弁当の再開の話 》


リョウタの学校の先生から、また連絡ノートに、注意事項が書かれていた。

「リョウタ君、クラスメイトの女の子が持って来たおにぎりを捨てたんです。食べ物は大切だっていうことを、お母様の方からも教えてあげてください。それと、女の子の気持ちも考えるようにとも。」


作ってもらったおにぎりを捨てた。

タクミと同じだ。

どうして、うちの男どもは、大切な人が作ってくれた料理を捨てるのかね。

遺伝なのか。

マリコは、大きなため息をついた。


そうだ、このコメントに、タクミなら、どう答えるのかな。

タクミだって、あたしのお弁当を捨てたのよね。

あはは、ますます、あたしって、嫌な女に仕上がっていくね。


その日の夜。

「ねえ、タクミ。リョウタの先生から、こんな連絡がきたのよね。あなた、リョウタに聞いてみてよ。」

「うん、これはヒドイね。」


タクミは、リョウタに、連絡ノートの事を聞いた。

「どうして、おにぎりを捨てたの?おにぎりを呉れた人はね、リョウタのことを考えて、リョウタが好きで、おにぎりを呉れたんだよ。それは、解るよね?」


「うん。でも、ママ以外の人のおにぎり、気持ち悪くて食べられないよ。僕、ママのがいいんだ。」

それを聞いたタクミは言った。

「そうか、それはパパも解るな。ママのおにぎりが、1番美味しいからね。でも、リョウタ。おにぎりを、リョウタに、くれた人の気持ちを考えなきゃいけないよ。これからは、そのくれた人のいないところで捨てなさい。いい?」


おいおいおい、それって、自分自身に言い訳してないかい。

マリコは、タクミがお弁当を捨てたことがショックではあったけれども、それを通り越して、他人事のように、このことを見ているマリコがいたのである。


それにしても、リョウタも、まあ、可愛いところがあるね。

他の女の子が作ったおにぎりより、あたしのおにぎりが美味しいって?

あたしのおにぎりじゃなきゃ、気持ち悪いって?

まあ、そこはちょっと、可愛いぞ。


タクミは、論外!

まあ、お弁当を捨てたのも、あたしへの気遣いだろうからさ。

他の女にたべさせるよりは、よっぽどマシか。


次の日の朝、マリコはお弁当を作った。

「はい。また手抜き弁当だよ。」

「ああ、ありがとう。」

タクミは、いつもと変わらなかった。

ねえ、あたしがお弁当作るの休憩っていったこと覚えてる?

変だと思わない?


まあ、そこがタクミらしいのかもね。

あたしの気持ちを全く考えてない。

いや、考えてくれてるのかな、あたしの希望とまったく違う気遣いだけれどね。


「さあ、あたしも会社に出かけますか。」

ちょっと、あたしって、強くなったんじゃない?

玄関を出ると、スズメが門柱にとまって、マリコを見た。

「チュン。」

マリコは、「あんたも、お弁当、欲しいか?」と笑顔で聞いた。



《 もう1つの展開の話 》

こういう展開も、あるかもだ。


よく考えてみたらさ、お弁当に拘る必要ってないよね。

あたしが高校生時代から抱いていた理想の家庭のイメージを、自分一人で頑張ってただけだよね。


タクミも、そんなに食べたがっているわけじゃないしさ。

会議とか商談とか、そんな時は、逆に負担になっているじゃん。

それで、食べれなかった日は、駅で捨てたりさ。

余分な神経を使わせちゃっているよね。

ひょっとしたら、捨てた後は、罪悪感を感じてるのかもだよ。

意外と、その辺、真面目なやつだからね、タクミは。


ああ、10年間、なんでお弁当作ってきたんだろう。

無意味だったんじゃない?

でも、考えたら、あたしもお弁当を作ることで、少しは幸せも感じさせてもらった訳だし、まあ、あたしだけが不幸っていうこともないよね。

ただ、女の子に食べて貰った時と、ホームのゴミ箱に捨てた時は、そりゃ、ショックだったけどね。


そうだ、もう、お弁当を作るのは止めよう。

そんなの意味ないし。

それに、あたしたちは、共働きなんだし、お弁当を外食に変えるぐらいのお金は、大丈夫だよね。


そう考えたら、洗濯も、あたしがしなくても、いいんじゃない?

そうだ、掃除も、あたしがする必要ないじゃん。


でもさ、それを家事分担だとかさ。

タクミにさせるのも可愛いそうだよね。

たって、タクミは、そんなこと一切できない男だよ。

そこは、今からやれったって、無理だよね。


だったら、食事は、外食か、お惣菜コーナーで買って帰る。

洗濯は、全部、クリーニング屋に出す。

掃除は、週1回のハウスキーパーさんを頼む。


うん、これでいいじゃん。

なにか、マリコは、吹っ切れたような、晴れやかな表情になった。

今まで、振り回されてきた原因が無くなるんだ。


「ねえ、タクミ。あたし、これから、お弁当も、料理も作らないでいい?洗濯も、掃除もしない。ねえ、どう思う。」

はは、タクミ、さぞかしビックリするんだろうな。

「えーっ、ダメだよ。そこを何とか。」なんてさ、あたしに向かって、手を合わせたりするよ。


すると、タクミは、「ああ、いいよ。」と、何の気負いもなくいった。

「えっ、いいの?」

「いいよ。だって、家事って大変だし。マリコがしたいようにするのが、いいと思うんだよね。」


マリコは、拍子抜けして、ただ「ありがとう。」と言った。

どうして、そんなに優しいのよ。

普通の旦那なら、怒るよ、絶対に。

そうだよ、100人いたら、99人は、怒る筈だよ。


でも、タクミは怒らない。

100人のうちの1人なの?

それで大丈夫なの。

優しすぎるよ。


その後の、2人は、マリコの言うとおりに、外食とクリーニング屋とハウスキーパーにまかせっきりの生活になった。

2人とも、それはそれで、自由な時間を楽しんだのである。


そして、ふとマリコは思った。

タクミは、これで良いのかな。

だったら、あたしが結婚して10年間、タクミの為だと思ってやってきたことは、あれは一体、何だったの?

必要なかった?

いや、そもそもの話、ひょっとして、タクミにとって、あたしって必要ないの?


「このピザの味付け美味しいね。」

タクミが、ローソクの炎越しに、マリコに言った。


そりゃ、美味しいよ。

プロが作ってるんだからさ。


でも、ねえ、タクミ、あたしの作る料理が、1番美味しいって、昔、言ってたよね。

あれは、どうなったの。

あたしの料理食べなくて、それで平気な訳?

あたしの料理が恋しくない?


ローソクの灯りに揺れるタクミの笑顔を見ていると、あたしの存在の必要性が消えていく。

そして、思った。

ねえ、タクミって、本当は、心底、冷たい人なのかもね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お弁当、美味しいよ。ねえ、あなた。 平 凡蔵。 @tairabonzou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ