第1話 アーテル村 ペルシャネコファミリーと女の子

アーテル国全体が黒い雲に覆われている。

アーテル村は雨雲が広がり、雷を伴う雷雨が降っている。

元々この土地は、どんよりとした空の事が多く、雨や嵐も吹き荒れる時もある。

もちろん晴れる日もあるのだが、晴れるという日は珍しい。

とにかく黒い雲が覆いかぶさる事の多い国である。

この国に住む人はもう慣れたが、違う国から来た人にすれば驚く人もいる。

もちろん、この国に何年も住み慣れた人でも、この国の天気に文句を言う人もいる。

特にこんな日の雷に怯える人も少なくない。

ペルシャネコファミリーが住む家でも怯える姿があった。

ペルシャネコの獣人の赤ちゃん、彩芽は実母と一緒に実母の妹家族が住むこの家の居候として暮らしている。

そんな家の中には現在彩芽と実母、実母の妹の子供である深雪という名前の女の子しかいなかった。

深雪の両親は二人でどこかへ出かけている。

裏庭を経由しているココアウサギファミリーの住む家にも誰にも居なかった。

彩芽は雷の音に驚き実母に思わずしがみついてしまったが、実母は我が子に愛情を注いでいない。

その代わり実母の妹が彩芽にとって「ママ」だったが、その「ママ」が現在居ない。

深雪とも仲が悪い。

仕方なくとはいえ、実母に甘えるしかなかったのだ。

しかし実母からは邪険に扱われてしまった。

か細く「ごめんなさい」と彩芽は言ったが、その声に返事は無かった。

ふと彩芽は深雪の視線に気付き「あっ、ままがかえったらちゃんと、ままにあまえるんだから。みゆきのままじゃない。あやめのままなんだから!」と言い自室へ向かって走って行った。

深雪の方は、その瞬間を目撃しただけで特に何も思っていない。

日常の中の、当たり前だったからだ。

彩芽は自室で泣きわめいている。

彩芽にとって雷が鳴っている今、地獄の中にいるようだった。




一方アーテル村の隣、グリューン村のとある家では、離婚騒動が起きていた。

その離婚騒動が起きている家の家族は、白い毛の長毛種であるペルシャネコの獣人であり深雪の親戚の家である。

現在父、母、娘の三人家族で暮らしている。

この家族は深雪の父、誠司の姉家族で娘と深雪は従姉妹である。

小さい家の中で頻繫に起こる両親の夫婦喧嘩を、この家の娘、小百合(さゆり)は自分の部屋の中で聞いていた。

小百合は両親の離婚騒動にはうんざりしている。

親は昔から仲が悪くいつも離婚、離婚とうるさかった。

しかし今回は今までとはちょっと違うと気付くのに時間がかかってしまった。

母が父に向かって「小百合はどうするの?」と聞かれ、父は「そんなのそっちがどうにかしろ」と返した。

小百合はどうするの?という言葉は何回も聞いてきたし、父の返答も毎回同じである事を知っている。

だからこそ小百合は、蚊帳の外の事と思い、聞いていた。

しかし次の瞬間、小百合は想像もしていなかった言葉を聞いた。

「良いわ、小百合は誠司に頼む事にする。離婚したら小百合も一緒だと大変だもの。私一人の稼ぎじゃ一人生きていくだけで精一杯。子供なんて構ってられないもの」

「何度も言うが好きにしろ。どうせあいつは俺の子供じゃないとかなんだろ?」

「なに言ってるの?何回も言ってるじゃない。紛れもなく無くあなたの子よ」

「ともかく俺は子供に愛情なんてもんはない。最初から子供なんて嫌いだったんだ」

「私だって本当は、子供なんて産みたくなかったわ!周りから散々嫌な事言われたし。あなたは母親なんだからって言われ続けて、仕方なく義理で面倒見ていただけなんだから!」

小百合はその言葉を聞いたところで驚きはしなかったが、あぁやっぱりそうだったんだ、という思いだけが浮かんできた。

小百合は昔から両親からの愛情を感じた事は無かった。

彼女には形だけでも家族があり家があり、衣食住が揃っていて、服やアクセサリー、バッグや靴など、オシャレに関する物が手に入るだけでそれだけで良かった。

愛情なんて最初から知らなかったからだ。

「誠司なら小百合も可愛がってくれるはずだわ。誠司は昔から優しくて誠実な子だもの。きっと幸せに生きられるわ」

「いつもおまえは弟の事を気にかけているな。姉弟で特別な愛でも芽生えているようだ。あいつもその弟との間に出来た子供だったら良かったか?」

「ふざけないで!とにかく沙由里には誠司の所に行ってもらうわ。深雪ちゃんとも姉妹のように仲が良いし、問題ないわね」

深雪と小百合は一歳違いである。母の言葉同様、確かに二人は姉妹のように仲が良い。

小百合にとって唯一心を許せる相手だ。

そんな相手と一緒に暮らせるなら、今この家で暮らすよりましな生活になるだろう。

しかし、一つ問題があった。

小百合は引っ越すとなると市町村が変わり、学区が変わる為、アーテル村にある学校になる。

今、小学四年生である小百合にとって学校は好きな場所ではない。

四年間、家でも居場所がなく学校でも居場所がないと感じていた。

人と接するのも「ダルい」と感じている。

転入生というものは良いも悪いも目立つ存在である。

深雪と同じ学校になる分、その辺は良さそうだが、小学三年生の深雪と小学四年生の小百合では同じ学年ではない為、どうしても学校の中で離れてしまう。

それはそれで嫌だった。

せめて同じ学年なら良かったのだが、そう上手くはいかない。

小百合は窓の方へ行きいつの間にか雷雲が無くなっている事に気付いた。

雨はあがり晴れ間がのぞいてるが、まだ空は雲が優勢のようだ。

“この空のようにちょっと晴れた所で変わらないんだ。曇り空はなかなか晴れないものね、この国では特に…”

晴れ間が少なく、いつもどんより雲の空模様は、この国に住む人たちの心模様のようだと小百合は常に感じている。




アーテル村のペルシャネコファミリーは現在、両親と子供、さらに母親の姉とその子供が住んでいる。

さらに父の姉の子まで引き取る運命らしい。

母は姪っ子が増える事に疑問も何も抱かず、父に至っては可愛い姪っ子の為と快く引き受け、この家の一人娘、深雪も特に何も思わなかった。

居候である母の姉は関心なしだったが、姉の子供である彩芽は、その話が決まり話を聞いた時、ライバルが増えると思ったらしい。「ママ」の存在だけが甘えられる対象であり、暖かい愛情をくれる存在なのだ。

その「ママ」を巡り、深雪以外にライバルが現れると彩芽は考えたらしい。

何度説明されてもイヤの一点張りだった。

しかし、彩芽の気持ちなど無視される形で小百合を迎える準備は進められた。

家はすでに空き部屋などは無い。

この家は裏庭があり、裏庭を共有してもう一軒建っている。

玄関側にも庭があり、そこにも小屋が立っているがそこは今、空き部屋になってはいるが、その部屋を使わせる事も出来なかった。

仕方が無く、元々ここの土地を所有し、現在も庭の手入れしてくれているコアラの獣人夫妻にも相談し、話し合った結果、家の隣の空いたスペースに小さいが一部屋作る事となった。

元々そこは車二台置けるスペースだったが、この家は車は一台しか所有してない。

空いてるスペースはそこしかない為、場所はそこになった。

場所が決まると、どんどんと話は進み建物が建てられ、そこに人が住めるようになった。

立派とは言えないがとりあえずの一部屋が出来上がり、小百合はアーテル村へと引っ越して新しく来た居候となった。

戸籍は母が離婚して姓が変わった為、母と同じ戸籍に入る事となった。

母とは離れて暮らすが、うわべだけの親子愛は無くなり逆にスッキリしている。

引っ越しの片付けを済ませ、小百合は母屋へ向かった。

夕飯が始まる時ではあるが、小百合にとって伯父である誠司と誠司の妻と子供は食卓に着いているが、話によると深雪の母方の伯母とその子供も一緒に住んでいるという事だったが、その二人はどこにも見当たらなかった。

複雑な家庭環境であるとは従妹の深雪から事前に聞かされていたが、目の前にいる人は良く家に遊びに来てくれていた人達だけである。

気を遣わず夕飯が食べられそうだと小百合は思った。




翌日

母屋から深雪の母が来て、小百合を起こしにやってきたが、小百合は自分で起きる癖がついていた。

今日は転校初日であるが、学校へ行く気になれず「休む」と伝えると、深雪の母は「そうなの、分かった、学校に連絡しとくわね」とだけ言い、部屋から出て行った。

パジャマのまま母屋へ向かい、トイレと洗顔を済ませそのままダイニングへ向かった。

ダイニングテーブルの所に、あまり知らない顔が見えた。

その人はイスに座り自分の頭の方に手を当てて、まるでスナックのママです、といった仕草のように見えた。

美人で深雪の母に似ている顔だが、優しそうな深雪の母と違うのは、ちょっと冷たそうな、いや、意地悪そうな、といった方が合っているような顔の女性がいた。

ダイニングで立ち止まっていると後ろから「あっ、さゆりちゃんおはよう?どうしたの?そんな所で立ち止まって、あっ、さゆりちゃんの席にあんないするね」という声が小百合の耳に届いた。

「おはよう」とだけ返し、小百合は深雪の後ろを歩いた。

小百合が椅子に座ると、深雪は洗面所に行ってしまった。

気まずい空気を自分だけが纏っているような気がした、次々とテーブルの上に朝ご飯が並んでいく様子をじっと見ていた。

「瑠璃子、私は二日酔い気味だから少量にしてちょうだい」

「はいはい」

女性は深雪の母の事を「るりこ」と呼んだ。

小百合は深雪の母方の伯母だという女性を見た。

小百合はその時、母の顔に似ている気がして深雪の伯母という女性は好きになれそうにないなと思った。

深雪の母は特に嫌な感じがせず好きな親戚のおばさんだが、その姉である女性は好きになれそうにない、無理に話しかけたりするのはよそうと決めた。

そして今日、同じテーブルを囲んでる時でさえ思う。この人は嫌いだと。

小百合は深雪の伯母の方は見ないようにした。

そうすると必然と下を見るようになってしまったが。

しばらくして深雪もダイニングに戻ってきて朝食の時間が始まった。

深雪は小百合に声をかけながら朝食を食べている。

小百合もそれは嬉しかったが、所々深雪の伯母の視線を感じる気がした。

気のせいと思い、深雪と話をする。

しかしチラチラと見ているのは、気のせいでは無かったらしい。

「深雪、その子の声が頭に響くのよ、お喋りは止めなさい」

「あいこさん、ごめんなさい」

深雪が伯母の方を見てそう謝った。

どうやら小百合の声が気に障ったらしい。

深雪は「後で二人きりでしゃべろうね」とだけ言い、朝食の時間は静かになった。

その後、深雪は学校に行き、小百合は一人部屋に戻った。

「なんかつまんないなー」と独り言を呟き、自室にあるソファーに座った。

「はぁ、あのオバサン、居候の癖に偉そうにしててムカつく。うるさいって私に向かって言えば良いじゃない!全く」

この部屋は壁紙とかは違う物の、家具は自分が今まで使っていた物だ。

家具は使い慣れているからか、今まで居た部屋のように寛げる。

というより、この家に小百合が寛げる場所は無いのだ。

ここは小百合のみが使う部屋である。

小百合はソファーに横になり目を閉じた。




小百合が叔父である誠司の家に来て、一週間が経った。

この家に来てからずっと学校は休んでいる。

休日、深雪と出かけようと思ったら、裏庭を共有している家の子が遊びに来ていた。

二人はとても仲が良いらしく、べったりくっついていた。

出かけようと声をかけると、三人で行く羽目になってしまった。

本当は深雪と二人で行きたかったのだが、深雪が「しおりも一緒に行こう」と言った為、その子は一緒についてきた。

しかも深雪は小百合よりも「しおり」と呼ぶ子を優先させ、深雪と並んで歩きたい気持ちを汲み取らず、「しおり」と並んで歩き、小百合の知らない話題で盛り上がっていた。

話に割って入るが、小百合の話は直ぐに終わり二人の世界へ戻って行った。

小百合はそれが気に入らなかったが、知らない村ゆえに、結局一人になる事は出来なかった。

“深雪と私はよく姉妹って聞かれるほど似ているし、実際、姉妹のような関係を築いてきてたのに、私を差し置いてしおりって子と仲良くするなんて…。こんな目にあうなら、いっそ深雪を独り占め出来たら良いのに”

しかし、その思いは深雪の元には届かなかった。




家の中では、小百合が来た事により彩芽に影響が出ていた。

最初は幼稚園を休んだが、今はしぶしぶ通うようになった。

なにかと「いや」という言葉と「ままは、あやめのまま」という言葉を使い「ママ」を独占しようとした。

小百合にはそんな「深雪の母」を独占なんて考えていないのだが、彩芽には小百合は「じゃまもの」らしい。

小百合が独占したいのは深雪のみである。

思わぬところで邪魔者扱いされて、小百合はますます、藍子と彩芽親子が気に入らなくなってしまった。

元々好きではないがお世話になる以上はと、色々考えていたのだが、いらぬ気遣いだったらしい。

なんだかこの家も居心地が悪い。

小百合は部屋に籠る事が多くなった。




とある休日

近くの店に日用品を買いに、小百合と深雪だけで来ていた。

小百合は何かと「大人っぽい」という言葉を使った。

「これ大人っぽいよ」という言葉を深雪にやたら押し付けてくる。

さらに「大人はこうする」という言葉を使う事もある。

「下着は大人なら、ブラとショーツセットで買うから、私もセットで買う事にしてるの」といった言葉や、「下着だってオシャレしなきゃいけない」と口出ししている。

深雪はちょっとうんざりしながら買い物をした。

深雪は可愛い物が好きで、下着だって自分の好きな物を使いたいと思っている。

大人っぽいデザインはあまり好きではないようで、小百合が進めてくるものは深雪の好みではなかった。

深雪は、今日は何も買わず、後で史織と一緒に買いに来ようと、小百合に適当に断りを入れ、何も買わなかった。

そうすると散々、「これ買おう、お揃いにしない?」と言っていた小百合まで、「それなら私も良いや」と言って口を尖らせながら商品を棚に戻した。

「別にさゆりちゃんがほしいなら、買っても良いと思うけど」と深雪が言うと、「お揃いで買わないと意味ないから」という返答が帰ってきた。

結局二人は何も買わずに買い物を終了した。

深雪はその後、ひっそり史織を連れて同じ店にきた。

前回買いたかったものが買えなかった為、売れてしまったら困ると、学校帰りに荷物を置いて、直ぐに史織の家に向かった。

店ではまだ売られていなかった為、深雪はようやく満足した。

「買えないと、学校で使う物もあったから、けっこう困ったよ、もう」

「買えて良かったね」

「やたらおそろいとか、大人っぽいとか言われてさ、まいったよ」

「そういえば、この間もなんかやたら、姉妹がどうのこうの言ってたっけ」

「うん、私たちは姉妹のようと何度も言われたから、なんかずっとそうなんだよね。おそろいとか色々」

「ふーん、なんだか好み合わない場合は、そういうの困るね」

「それなんだよね。史織とはこうして気にせず買い物出来るから楽だよ」

「従姉妹っていっても、正直、話が合うなら良いけどね」

「それ!今までなんかなんとなく、彩芽とかともくらして来たけど、彩芽もなんか問題起こしたりして今、家の中ギスギスしてる」

「それなら今日、うちこない?」

「えっ?良いの?そうする!」

二人は喋りながら帰宅し、深雪は自分の部屋に荷物を一旦置き、新たに大きなカバンの中に着替えなどを入れて、学校へ行く準備もしてから再び部屋を出た。

庭に靴を置き、その靴を履いて史織の家へ向かった。

母屋でそんな動きがあったのだと知らない小百合は、自分の部屋で買い物出来なかった事を悔やんでいた。

せっかく深雪と買い物に出かけたのにも関わらず、面白くない結果になってしまった。

だからって今日も買い物に行こうと思うほど、気力が無かった。

昔、自分の家でも両親に疎まれ、友達もほとんどいない。

深雪だけが気休めの対象だった。

それなのに…。




夕飯時、深雪の母が小百合の部屋まで来て、夕飯の時間だと伝えに来た。

沙由里はソファーに座り雑誌を読んでいたが、その声を聞き、立ち上がってドアの方まで行き、戸を開けると深雪の母の顔があった。

「体調大丈夫?」

「はい大丈夫です」

「じゃあ、お夕飯の時間だから、一緒に食べましょうか」

「はい」

深雪の母が後ろを向き、母屋の方へ歩いて行く。

小百合も後について行くと、そこに深雪の姿が無かった。

“ダイニングにまだ降りて来てないのかな?”

そう思ったが「さ、いただきましょう。小百合ちゃん、適当に座って良いわよ」と言われ、素直にいつも座らされる場所へ座った。

夕飯を食べるメンバーは、深雪の両親と彩芽が座っている。

深雪の母が「いただきます」というと深雪の父と彩芽が「いたたきます」と言った。

「深雪ちゃんは?」と小百合か聞くと、「あぁ、深雪は史織ちゃんの家に行くって、学校も一緒に行くって言って、さっきそっちに行ったのよ」

と深雪の母が答えた。

「そうですか…」

小百合はだいぶショックを受けた。

“自分が知らない間に、あの家に行ってたなんて…”

あまり叔父夫婦とは話をしたくなかった。

だからって彩芽とも話をしたいとも思えない。

つまらない食卓で夕飯を食べる。

昔、父と母との三人の食事も、つまらない夕飯だった。

見たいテレビも、今は遠慮して見る事が出来ない。

風呂の時間も気を使いながらで息が詰まった。

しかし、これがこの家で暮らす為、しょうがない事である。

夕食後は、小百合は一番気が休まる自分の部屋へ戻った。

今日は深雪も居ない…。

自分は今、一人ぼっちである。

最初から自分は一人ぼっちだった。

両親の愛情ももらえず、友人もほとんどいない。

唯一の存在であった深雪も、しおりという子の方が良いらしい。

「くやしい、私は姉妹のように似てるって、仲良しだって、皆に言われてたじゃない。なのになんでなの…」

小百合の独り言は空に消えてった。


              第一話 終わり

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