俺はもう関係無いって言っているだろ!

瀬川

第1話 俺はそこから逃げた





「どこに行くの?」

「……驚いた。みんな寝ていると思ったんだけどな」


 夜明け前にその建物から誰にもバレずに出て行こうとしたのだが、後ろから声をかけられて少し驚いた。

 目を覚まされたらうるさいから昨日は飲ませまくったのに、まさか起きて来るとは思わなかった。

 しかも一番面倒な奴。

 俺は動揺を悟られないように口元に笑みを浮かべると、いつも通りを装って振り返る。


 そこには二日酔いになっている様子が無いすました顔があって、うわばみを酔わせるのは無理だったかと自分の中で反省した。


「どこに行くって、ちょっと買い物。あいつら起きた時に、絶対二日酔いでうるさいだろ。色々と買っておこうと思って」

「俺も行くよ」


 その言葉は予想出来たけど、でも完全に都合が悪い。

 俺はどうしたものかと考えて、そして手を伸ばした。


「あいつらが起きた時に、誰かが傍にいてくれないと大惨事になるだろう。俺が帰るまで面倒見ておいてくれ」

「……分かった」


 子供にするように頭を撫でて言えば、少し納得していない表情を浮かべながらも納得してくれた。

 俺よりも大きいくせに、こういった触れ合いが好きで助かった。

 これでついてくると言われたら巻くのに苦労しただろうから、その手間が省けたのは良い。

 気づかれないように安心すると、しばらく頭を撫でた。


「それじゃあ、あいつらが起きる前に行くな」

「待ってるからね」

「……おう」


 返事が遅れてしまったのは、もう二度と帰ってくる気は無かったからだ。

 そのせいで疑いを覚えたのか訝し気な表情を浮かべて、何かを言ってこようとする気配を感じたから、俺は遮るように身をひるがえして手をひらひらと振る。


「行ってくるな」


 あえて軽く言って、そして俺は背を向けた。

 心の中で謝罪をしながらも、戻ってこないという覚悟に変わりはない。

 決して振り返らず、その日、俺はホームだと思っていた場所から逃げた。



 ♢♢♢



 あれから、何年経ったのだろうか。

 たまにあの時のことを思い出すことはあるけど、戻ろうという気にはなれなかった。

 むしろ黒歴史になっていて、ヤンチャしていたなと笑ってしまう。


 俺の立場になれば、その気持ちは分かってくれるだろう。

 若い頃のフラストレーションを発散させるために、同じような境遇の奴等と集まって、町で好き勝手に暴れていた。

 しかも周りからは最強のグループとか言われ、毎日のように舎弟になりたい奴が突撃してきたり、逆に面白くない奴が襲撃きたりする。

 それをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、何も考えずに遊んでいた。


 喧嘩をすることも嫌いではなく、むしろ体を動かせるからストレス解消の意味でも暴れまくった。

 あの頃は学校も周りの大人達も敵にしか見えなくて、そのもやもやも発散する場所が欲しかった。


 だからあの時間が大事だったというのは頭では理解しているけど、戻りたいかと聞かれれば答えは完全にノーだ。

 大事だったとは思っても、必要だったとは思えない。


 誰だってもやもやを抱えているけど、だからといって暴れる人は少ない。

 理性で抑えるところを、俺は自分の欲望に負けた。

 若気の至りといっても、誰かに話せるようなものでは無い。



 過去は過去のものとして、たまに思い出すぐらいでちょうどいいのだ。

 全く関係の無い土地に来てから、俺は刺激は無いが穏やかな生活を送っている。最初に来た時は助けてくれる人もいないし、慣れないことだらけで何度も挫けかけたけど、今は仲良くなった人の助けもありなんとか生活出来ている。


 こじんまりとはしているが、古書店を始めて、売り上げはなんとか儲けを出すぐらいだった。

 店の奥の定位置に座り、新聞を呼んだり本を読んでいるだけで一日は終わる。

 まるで老人のような生活だが、俺としては満足だ。


 このまま生涯を終えるのも、いいかもしれない。

 あの時のことを考えるたびに、そう思うようにもなっていた。



 だからもう二度と、あいつらの前に顔を出すことは無いはずだった。

 でも人生というのは、そう上手くはいかないらしい。


 俺は信じてもいなかったけど、神様を恨みたくなった。




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