第94章 正義の形

ルニャは赤軍の病院で目を覚ますと腹部から激痛が走った。





「生きていたのか・・・」





目を覚ました事に気がついた看護婦が近づいてくるとルニャの具合を見ていた。




「もう少し休んでください」と言われたがルニャは立ち上がろうとしていた。



看護婦に寝かされると赤軍の状況が気になり「同志は?」と尋ねた。



すると看護婦が眉間にシワを寄せて辺りを見ると数え切れないほどの同志が負傷していた。






「負けたのか・・・」

「ゾフィ同志が予備軍まで投入して何とか膠着状態にまで持っていきましたが直ぐに反撃が来るそうですよ。 祖国はどうなってしまうのかな・・・」





日頃は一般人である予備兵までかき集めて白陸軍に反撃を行っていた。



正規軍は今回の戦闘で大多数が戦士、もしくは負傷という状態だった。



そして白陸軍が遂に領土にまで入ってくる。



南の覇者は本気の様だ。



病室の天井を見るとルニャは自分の命が長くない事を感じた。




「せめてユーリ同志の近くで死にたいな・・・」





一言つぶやくと激痛を忘れたかの様にベットから立ち上がった。



白陸軍の様な高度な医療がない赤軍は負傷すると回復に時間がかかった。



ルニャの腹部の傷は深く、回復に時間がかかったが動かずにはいられなかった。



迫る白陸軍が街を焼き尽くす事は許さない。



命に変えても。





「私は部隊に戻る。」

「あ、あの軍曹?」





看護婦は険しい表情で言葉を詰まらせていた。



首をかしげるルニャは「どうした?」と尋ねると看護婦は大きく息を吸ってからルニャの顔を見た。



周囲では負傷している同志の手当てで慌ただしく、悲鳴すら聞こえた。





「軍曹の部隊はもう・・・」

「誰一人いないのか?」

「ええ・・・軍曹を後方にまで運んできた3名の同志も前線に戻ったきり・・・」





共に訓練して祖国を守ろうと約束した同志は既に白陸軍に壊滅させられていた。



ベットに崩れ落ちたルニャは怒りに震えた。



白陸軍に対しては当然だが、自分の弱さを許せなかった。



あの時、白神隊の将軍を倒せていたら何か違ったのかもしれない。



すると将校が現れてルニャの前に来た。





「ルニャ軍曹。 今日からユーリ同志の本隊に配属だ。 俺はザカエフ少尉だ。」

「ユーリ同志の本隊!?」

「ああ。 ユーリ同志からの指名だぞ。」





その言葉を聞くやいなや涙が溢れ出ていた。



自分なんかの事を見ていてくださったのかと思うと涙を抑える事はできなかった。



赤軍なら知らない者はいない英雄がユーリ・ザルゴヴィッチだ。



家柄も代々赤軍で、ユーリ自身も天上界で数多くの戦績を残していた。



強烈なのはフランス帝国との戦闘時に1個小隊という70名ほどの赤軍だけで1個大隊という2000名近い敵兵を奇襲して撃滅した功績だ。



他にも数多くある伝説はユーリが赤軍の華である事を証明していた。



誰もが憧れる赤軍の英雄だ。




「今は傷を治して早く部隊に来い。 歓迎するぞ。」

「はい!」




人生で最高の栄誉を感じていた。




数日してもまだ傷は痛んだが、ユーリの本隊に入れる事を考えると居ても立っても居られず、強引に病院を出ると直ぐに部隊へ向かった。



するとザカエフ少尉が驚いた顔をしていた。



「言えば迎えを寄越したのに」と歩いて部隊へ戻ってきたルニャを見ている。





「私に時間を割かないでください。 自分の事は自分でやりますから。」

「それでこそ赤軍だな。 敬意を表するぞ軍曹。」





ルニャは新しく配属された部隊である事を気にしていた。



そしてザカエフに尋ねた。



「ジャガーのお守りを知りませんか?」と。






「お前にとって大切なものか?」

「敵兵に渡されました。」

「すまないな。 知らないぞ。」






落胆したルニャは戦場で落としてしまったのだと諦めていた。



するとザカエフが「戦死者の遺品にあるかもしれないぞ」と口を開いた。



白神隊の将軍に刺された時に命がけでルニャを後方へ運んだ同志が預かったまま前線に戻ったのならあり得るかもしれない。




「見に行ってもよろしいですか?」

「許可する。 2時間で戻れ。」

「了解。」




どうしてかわからなかったが、あのお守りは大切にしなくてはならない気がしていた。



理由はわからないが。



ルニャはジャガーのお守りを手放したくなかった。



腹部を抑えながらも必死に走って戦死者の遺品が集められる場所へと向かった。



そこには重苦しい雰囲気が漂い、遺族が涙を流していた。



確認されている戦死者だけでも溢れかえっていた。



部隊ごとに分けられている遺品を見て回るとかつて自分が所属していた部隊の遺品が大量に保管されていた。





「セルゲイ・・・ユーアン・・・みんな・・・」





しばらくその場に立ち尽くして絶望していた。



すると後ろから声をかけられて振り返ると男女が「あなたはこの部隊ですか?」と尋ねられた。



「そうです」と返すと「息子を知っていますか?」と手にジャガーのお守りを持ちながら泣いていた。



男女はルニャを運んだ後に前線に戻った兵士の遺族だった。




「これは息子が持っていたそうで・・・」

「そうですか・・・」

「これはなんですか?」





ルニャは全てを話した。



敵兵から渡された物だという事も我が子の遺品でもない事も。



泣き崩れる男女の前でしゃがみこんだルニャは首から下げるペンダントを外すとそこには彼らの息子と楽しげに笑うルニャや同志達の写真が入っていた。





「私にとっても家族でした。」

「ああ・・・はあ・・・こんなに楽しそうに・・・」

「差し上げます。」

「これはあなたのじゃ・・・」





立ち上がったルニャは敬礼すると「私の中で永遠に生きています」と答えた。



すると男女はジャガーのお守りを返した。



「あなたは死なないでくださいね」と悲痛の表情でルニャに言っていた。



笑顔で「どうかお元気で」とその場を後にして人気のない場所へ隠れる様に足早に歩いていくと声を必死に押し殺して泣いていた。






「私だけが生き残ってしまった・・・みんなごめんね・・・」



ウシャンカで顔を隠すルニャは泣き続けていた。



1時間以上もその場で泣いていたルニャは急いで部隊へ戻った。



ジャガーのお守りを大切に胸ポケットに入れると大きく息を吸った。



いよいよ白陸軍が攻め込んでくる。



緊張感が高まる部隊の中を凛とした表情で歩くユーリに出会った。



慌てて敬礼をするとユーリは駆け寄ってきた。





「無事だったかルニャ!」

「な、名前を覚えていてくださったのですか?」

「当たり前だ。 勇敢な同志の名を忘れるはずもない。」

「い、いえ・・・申し訳ありませんでした・・・」






ユーリを守って命を捨てる覚悟でいたのに、先に自分は戦闘不能になり所属部隊は壊滅してユーリも後退するしかなかった。



責任を感じるルニャは申し訳なさからユーリの美しい顔を見れずにいた。



すると「ちょっと来い」とユーリに連れられていった。



監視塔に登ると赤軍領が一望できた。



遠くには白陸軍も見える。



そこでタバコを吸い始めたユーリは大きく息を吐いた。





「ルニャ。 お前は死ぬな。」

「え・・・」

「誰かが生きて、未来に繋がなくてはいけない。」

「でしたらユーリ同志が。」

「私はもう十分に同志に支えられた。 次はお前が同志に支えられて飛躍しろ。」





ユーリは死ぬ気だった。



白陸軍は今まで北側領土で戦ってきた相手とは全くもって次元が違った。



宰相と呼ばれる傑物の数や兵士1人1人の質の高さ。



そして宰相を守る私兵の強さが正規軍を勢いづける。



総大将の鞍馬虎白は冷静に部隊を動かしては確実に前線を押し上げてくる。



どれを取っても今までで一番強力な軍隊だった。



決して事を構えてはいけない相手だった。



ユーリは心のどこかでその事を確信していたが、英雄と呼ばれている以上は先頭に立って同志を導かなくてはならない。



だが、生き残る同志も必要だと思っていた。



それがルニャだ。





「私なんかでは・・・ユーリ同志が生きていれば赤軍は戦えます。」

「嬉しいな。 だが私には使命がある。 お前の使命は生きて未来に繋ぐ事だ。」





真剣な眼差しで見つめるユーリに返す言葉がなくなるルニャは静かに「わかりました」と答えた。



するとユーリは「後方で弾薬を運べ」と口にすると表情が一変してルニャは頑なに断り続けた。



「生き残る努力はしますが後方支援には行きません」と強気でユーリに言い張っていた。





「攻撃部隊に加わればお前は私のために死ぬからな。 ダメだ。」

「いいえ。 ユーリ同志をお守りして共に生き残ります。」

「本気で言っているんだな?」





ルニャの眼差しは獣の様に鋭く、子供の様に純粋だった。



気迫に負けたユーリは「絶対に死ぬなよ」とルニャの肩をポンポンと叩いた。



監視塔から降りようとするユーリをたまらず呼び止めた。





「なんだ?」

「お聞きしたい事が。」

「ああ。」





それはどうしても聞きたかった。



「どうして自分なのか」



数多くいる同志の中からどうして自分を選んだのか知りたかった。



降りかけたハシゴから登ってくるとタバコをもう一度吸い始めた。


夕焼けが美しい空を見てユーリは言った。





「お前が私に似ているからだ。 誰よりもな。」

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