第62章 お頭の格

ペップが獣王隊の保護下に入って1週間が経つ。



ルルは着々と訓練を重ねている。



部下達も同様に。



しかしペップだけは未だに何もせずに獣王隊の基地をウロウロと歩いては夜叉子を見つけて怒鳴り散らしている。





「早く俺をここから出せ!!」

「ふう。 今日はあんたは元気ね。 私とちょっと散歩しない?」

「ああ!?」

「断るの? 傷つくよ。」

「ふざけんな!!」





夜叉子の隣で睨みつけるタイロンを見てビクッとするがペップにも意地がある。



50頭の部下を率いた意地が。



人間の女なんかに尻尾は振れない。



煙管を咥えて余裕の表情をしている夜叉子はじっと見ている。





「まあ歩こうよ。」

「歩いたらここから出してくれるのか?」

「さあね。 タイロン。 あんたらは待ってな。」





夜叉子は護衛もつけずにペップと基地を出た。



向かった先はためらいの丘。



そこには「獣王隊戦没者」と書かれた墓標がある。



ペップは不思議そうに歩いている。





「何だよここ。」

「うちの子達が眠っている場所だよ。」

「墓か。 何でここに俺を連れてきたんだよ。」

「あんたさ。 意地でもうちに入りたくないんでしょ? でもさ。 そんな誇りで大切な仲間が死んでもいいの?」





ペップは黙った。



守れるだろうか?



人間の女で自分より強い存在がいるなんて思ってもいなかった。



世界は広かった。



自分でも敵わなかった夜叉子でさえもこんなにたくさんの部下を失ったのか。





「はあ・・・」

「まあ。 あんたがそれでも意地張るなら構わないよ。 でもね。 部下達に死なせてごめんねなんて言うんじゃないよ。」

「お前は・・・どうしてこんなに部下を失ったんだよ・・・お前強かったじゃねえかよ。 俺の一味を数分で全滅させるくらい強かったじゃねえかよ・・・」

「強かったねえ。 それはこの子達がいてくれたからだよ。 死んでいく部下を見る度に私はもっと強くならないとって思うんだよね。」





夜叉子を信じて命を落とした多くの獣王隊。



失った仲間の数だけ苦しんだ。



大将軍という大きな責任。



失いたくないと思っても部下を失ってしまう。



それでも歩み続けた。



部下を失った事もないペップにはわからなかった。





「俺は部下を失ってないからお前に勝てないって事かよ・・・」

「いいや。 失っても歩むって覚悟を持ってないからさ。 あんたは部下が死ぬなんて考えもしてなかったでしょ? 勢いに任せて私の街を奪い進んだ。 もしあの時うちの子達に殺されていたらどうするの?」





反論なんてできなかった。



実際に歯が立たなかった。



黙り込むペップは葛藤していた。



夜叉子に従うか、意地を張るか。





「お、俺は・・・」

「甘いよ。 世界を知らない。 私やうちの子達が経験した事はあんたには想像すらできない。 未来を託して笑って死んでいく仲間の顔なんて想像つく?」

「・・・つかない・・・」

「もしいつの日かあんたがそれでも自分の力だけでやっていくって言うなら構わないよ。 それまでは私の子になりな。 嫌でも見る事になる。 現実をね。」



第4都市を出ればペップの暴走を止めようと多くの者が襲いかかってくる。



竹子と白神隊。



優子と美楽隊。



甲斐と進覇隊。



そして虎白と白王隊。



白陸はペップに好き勝手されるほど甘くなかった。



力をつけたいのなら大将軍と共に歩む事が大事だ。





「こんな偉そうに暴れた俺を子だと思ってくれるのか?」

「ふっ。 あんたは若いからね。 悪くないよ。」

「・・・・・・」





人間に従うのか。



でも何故だろうか。



勝てる気が全くしなかった。



わかっている。



わかってはいるが男の誇りが許さなかった。





「断る・・・というか・・・お、俺と戦え・・・戦術抜きで武力で来い・・・俺はお前にまだ負けてねえ・・・」





男とは馬鹿なものだ。



しかし。



それもまた美しい。



口角を上げた夜叉子はためらいの丘を降りていった。



「うちの狐が好みそうな子ね。」

「狐!? 誰だよそれ?」

「私達のお頭だよ。」

「ま、まだ上がいるのかよ・・・」




夜叉子が愛してやまない存在。



もはや伝説の領域に足を踏み入れている漢。



鞍馬虎白。



絶体絶命の大きな戦いを二度も勝利へ導いた。



英雄と呼ばれる狐の存在をペップはまだ知らない。





「ふっ。 あんたは知らない事がほとんどだよ。」

「み、みたいだ・・・」

「まあいいや。 私が相手になってあげるよ。 うちの狐に会わせるまでもない。」

「じょ、上等だあ。 ガルルルッ!」





煙管をしまった夜叉子は扇子を取り出して立っている。



ペップは爪を尖らせて剣を握る。



それでも余裕の表情を保つ夜叉子にペップは首をかしげる。





「なんだそれ?」

「私は刀をあまり使う事がなくてね。 これで相手するよ。」

「舐めてんのかてめえ。」

「ふっ。 ずっと舐めているから殺してないんだよ。」

「ガルルルルルッ!!!!!」




物凄い勢いで飛びかかったペップ。



夜叉子は表情を変える事なくすっと避けてみせた。



爪や剣を振り回しているペップだったがまるで当たらない。



強引に夜叉子との距離を縮めると、足をかけられて転ぶ。



立ち上がって飛びかかろうとすると顔に扇子をドンッと突かれた。



ただの扇子のはずなのにこの重さは?



まるで鉄のハンマーで殴られたかの様だ。



背中から崩れ落ちて青空を見上げている。





「はあ・・・はあ・・・なんでだよ・・・当たらねえし・・・痛えし・・・」

「期待外れだね。 随分偉そうな事言ってたからね。 相当強いのかと思ってたよ。 刀なんて私が使っていたらあんた。 真っ二つになってうちの子達の夕飯になってたね。」

「はあ・・・な、舐めんなよ・・・まだまだ・・・」





フラフラと立ち上がって四足歩行になると、またも夜叉子へ飛びかかった。



しかし夜叉子の驚異的な第六感は容易にペップの動きを見きった。



夜叉子の身のこなしにペップは遅れている。



攻撃が夜叉子に当たる気配がない。



ペップの屈強な腕から繰り出される攻撃は白陸兵を軽々吹き飛ばした。



夜叉子の細い体なら当てれば必ず倒せる。



しかしどうしても当たらない。





「はあ、はあ、うう・・・ガルルルルルッ!!!!」

「もう終わり。」





次の瞬間ペップは体が宙に浮く感覚を覚えた。



そして地面にバタンと落ちた。



何をされたかもわからなかった。



足をかけられ、胸元を持ち上げられて背中から落ちた。



獰猛な猛獣が人間に負けた瞬間だった。



それも当然かもしれない。



夜叉子が半獣族に圧倒される女ならとっくにこの場にはいない。



総勢6000もの半獣族が健気に夜叉子に忠誠を誓っている。



これが夜叉子の力だった。



しかし純粋で健気な半獣族が夜叉子を愛する理由は他にもあった。



倒れて動けなくなり、泣いているペップの前にしゃがみ込んで頭をなでている。





「あんたはまだ天上界に来て日が浅いからね。 知らない事も多いでしょ。 でもね私はあんたの力を認めているよ。 だからさ。 うちにおいで。 もし本当に誰もが認める存在になれたなら独立だってできるさ。」






夜叉子の言葉はペップの体の中を突き抜けた。



そして同時に敵わないとも思えた。



悔しいがこの人間は格が違うと。



絞り出す様な声でペップは言った。





「お、俺は動物園にいたんだ・・・人間共に写真撮られて笑われていた・・・その時思った・・・いつか檻から出たら人間を噛み殺してやるって・・・でも人間が動物を捕まえられる理由はやっぱり頭がいいからだな・・・」






ペップの過去は見世物だった。



その屈辱を晴らすために天上界で高い知能を持って「復讐」を始めた。



しかしそれも第一歩にして止まった。



だがこれはペップには良い出会いだった。



かつて「復讐」を「幸福」に変えた大将軍に出会えた。




「気持ちはわかる。 確かに私は人間。 でもね。 世界に復讐してやりたいって気持ちは理解できる。 人間も動物もそんなに変わらないさ。 私があんたに別の世界を見せてあげる。」





夜叉子はすっと手を出した。




それでもペップは悩んでいた。



圧倒的に格の違う夜叉子を前に。



従いたいという気持ちと人間が嫌いという気持ちがぶつかっていた。



またしても人間に飼われなくてはいけないのか。



手を伸ばす夜叉子をじっと見て動かなかった。





「暴れたりないならまだ付き合うよ。」

「あ、ああ・・・ま、まだ戦う。 俺はやっぱり人間が嫌いなんだ・・・あんたは良い人だ。 でもほとんどの人間はそうじゃない・・・」





ペップの中にある漢としての誇り。



強者は弱者を従える。



それは人間も動物も同じ。



かつて強者だったペップは弱者になれなかった。



例え目の前にいる人間が遥かに強者と心でわかっていても誇りが許さなかった。



結局は漢なのだ。



意地と誇りで生きている。



夜叉子はそれすらも理解している。



女で人間でもペップの気持ちは理解している。





「つくづく。 うちの狐が好きそうな子だね。 気が済むまで付き合うよ。」

「ああ・・・死んでも文句言うなよ。」

「ふっ。 誰に言ってんのさ。 かかってきな。」

「ガルルルルルッ!!!!」





倒されても倒されても。



立ち上がった。



触れる事すらできない格上の存在を前にしても誇りは砕けなかった。





「もう終わりかい?」

「はあ・・・はあ・・・」

「あんたは気がついてないでしょうけどね。 少しずつあんたは第六感って力が覚醒し始めている。」

「だ、第六感?」






夜叉子の攻撃を予測し始め、無意識に体を硬質化させ始めている。



半獣族特有の防衛本能。



強烈な夜叉子の攻撃を受け続けている間に第六感を習得し始めていた。



そして第六感には種類がある。



夜叉子や虎白。



竹子といった冷静な者が有する第六感と甲斐を始め琴や優子の様に感情を表に出す者が有する第六感。



ほとんどの半獣族は甲斐達が有する第六感に覚醒する。



本能で万物の気配を感じ取り戦う。



この手の第六感を有する者は硬質化に特化する傾向がある。



夜叉子の第六感は遠くの者までの気配や心を感じ取れる。



引き金を引く敵兵の気配や既に天上界にいない者の魂まで。



無論、その両方があっての第六感だが個人差は大きく分かれる。



その両方の能力を極みの境地まで習得しているのは虎白と皇国兵だけだ。



白神隊のルーナもその素質が天才的なまでにある。



そしてここに。



若き猛獣は「神の領域」に足を踏み入れた。





「そのうちわかるよ。 やっぱりあんたは才能がある。 でも今は無理。 もっと場数を踏めばまだ見えていない何かが見える様になる。 うちの子になりな。」

「はあ・・・もう何言ってるのかさえもわからねえよ・・・あんたに付いていけば俺は変わるかな?」





その問いに夜叉子はうなずいた。



近寄ってまた手を伸ばした。



ペップはしっかりと夜叉子の手を掴んだ。



これは猛獣に鎖を繋いだわけではない。



二度と鎖を繋がれない存在になるための一歩だった。





「歓迎するよ。 もうあんたは私の大切な子だよ。 もっと広い世界を見せてあげる。 かつて私がしてもらった様にね。」

「それもまた狐ですかい?」

「ふっ。 まあね。 あんたもいつか見るだろうね。」

「おーい夜叉子ー竹子がすき焼きやるってよー。」

「噂をしたらってやつだね。」





ペップの前にふらっと現れて白い尻尾をフリフリとさせている。



夜叉子を見てニコニコとしている。



ペップはその時思った。



夜叉子はお頭だ。



凛としているし、睨みつける表情は恐ろしい。



それなのにどうしてか。



琴も部下達も目の前にいる狐も。



どうしてこんなに嬉しそうに笑って話しかけてくるのか。



やっぱり勝てないと思った。




「完敗だ・・・」

「そいつ誰だ?」

「新しいうちの子。」

「へえ。 おいガキ。」





虎白はペップに顔を近づけて睨みつける。



全身が凍った様に動かなくなった。



半獣族だからこそ本能で理解できる。



目の前にいるのはただの狐じゃなかった。



神族の狐だった。



その異次元の気配はペップの防衛本能を刺激して毛は逆立ち、歯茎は剥き出しになったが直ぐに「恐怖」へと変わった。





「俺の大事な夜叉子に迷惑かけんじゃねえぞ? 夜叉子の事泣かせたらお前殺すからな?」

「は・・・はい・・・」

「じゃあ夜叉子すき焼き食いに行こうぜー! 野菜だけじゃなくて肉もたくさん食えよ!?」

「はいはい。 あんたも酒ばっかりじゃなく食べなさいよ。」





楽しげに2人は去っていった。



ペップは痛感した。



格が違うと。





 

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