第61章 俺の縄張り

白神隊はハンナという大きすぎる存在を失った。



しかし彼女の想いはルーナに受け継がれた。



新しい白神隊として歩き始めた。



時を同じくしてこの街でも新たな世代が頭角を表そうとしていた。



白陸第4都市。



大将軍夜叉子が統治するこの領土は自然が多く、半獣族も多く暮らしている。





「おらあっ!! ガルルルッ!! 白陸兵ってのも大した事ねえなあ!?」

「グフッ・・・お、お前・・・ここが夜叉子様の領土ってわかってるのか・・・」

「誰だか知らねえがここは俺の縄張りだああ!! ガルルルッ!!」





白陸軍第4軍の兵士をぶっ飛ばして騒いでいるこの男。



ジャガーの半獣族のペップは夜叉子の領土の街を制圧して自分の縄張りとしていた。



ペップの周りには多くの凶暴な半獣族がいる。



多くの部下を従えて白陸兵を蹴散らしていた。






「これ以上勝手な事をするなら獣王隊に通報する!!」

「ああ!? 何でも連れてこいってんだよ!! 野郎ども!! やっちまええ!!!!!」





人間で構成されている白陸兵は退却を余儀なくされた。



守るべき民を放置して隣の街へ逃げた。



治安が悪く暴力事件の多い夜叉子の領土だったが街が占拠されるなんて事は珍しかった。



半獣族の多いこの街は喧嘩は日常茶飯事。



しかしそれも個人の喧嘩。



白陸兵に止められて終わるのがいつもの事だった。



今回は違う。



荒くれ者を束ねて暴れるペップは非常に厄介な存在になっていた。



50頭ほどの肉食系の半獣族を従えるペップは1つの街を手中に収めると次の街を奪いに動き出した。



白陸軍第4軍の将軍は討伐に白陸兵500を投入した。






「来たぞー! 射撃隊構えろ!」

「ガルルルッ! そんなもん当たらねえよ! 産まれながらに格が違うんだよ人間と俺達じゃな。 知能が高いのが人間の利点か!? じゃあ半獣族が知能高いとどうなるんだろうなあ!? ああ!? やっちまええ!!!」






ペップとその一味は白陸軍の銃撃を素早い身のこなしで避けている。



第六感でもあるかの様に。



これが半獣族だ。



正面から飛んでくる銃弾を見切る事ぐらい造作もなかった。





「遅え遅え!! 野郎ども!! ぶちのめしてやれ!!!」





やがてペップと一味は白陸軍の戦列の中に飛び込んだ。



もはやこうなると白陸兵では対処できなかった。



目の前に近づかれた猛獣を抑える事はできなかった。



50頭のペップ一味に500の白陸兵は圧倒されて退却を余儀なくされた。





「はははははっ!!!! 人間風情がいい気になるなよ!!! 俺はやがてこの領土の全てを集中に収めてやる。 白陸軍なんて相手にならねえよ!」

「でもお頭。 ヤバくないですか? この領土の大将軍はめちゃくちゃ強いんですって・・・」

「何言ってんだよ。 ルル。」





メスのライオンの半獣族のルルはペップの破竹の勢いを懸念した。



天上界に来て間もない彼らは世間を知らなかった。



この世界は広いのだ。



ペップが今倒してきた白陸軍は氷山の一角にすぎない。



それをまだ知らない。



500の白陸軍を倒して次の街へ進むために山を越えている。



第4都市で一番高い山からは素晴らしい景色が見える。



ペップが見ているその景色は大将軍甲斐が収める第3都市。



しかしペップは知らない。



遠くに見えるその景色、いやその全てが鞍馬虎白の収める白陸だという事が。



若き猛獣は心を震わせる。






「いい景色だなあ。 この全てが俺の街になったらどんな気分だろうなあ?」

「そうですねえ。 フワー。 何だか眠くなってきちゃいますねえ・・・」

「ルルしっかりしろ。 まだ休めねえよ。 もっと縄張りを広げるぞ。」

「うん! 仲間ももっと増やしてー。 毎日お肉食べてー。 ガルルルッ! あー考えるだけでお腹空いちゃうよー!」




バタバタと飛び跳ねて尻尾をくねくねと動かすルルを見て嬉しそうに鼻で笑うペップは山の頂上で休憩をすると次の街を奪うために下山を始めた。



そして下山して歩いている。



生い茂った木々を進んでいる。



まさに破竹の勢い。



天上界に来て数日で荒くれ者を束ねて街を奪った。



ペップの衆を率いる才は天性のものかもしれない。



しかしまだ知らないのだ。



若き猛獣はまだ何も知らなかった。





「へえ。 随分と元気な子がいるもんだね。」





ペップは背筋が凍る感覚だった。



扇子を片手に倒れた木に座るその存在。



そしてどこからともなく現れた虎や黒豹といった猛獣の兵士達。



ギロっと獲物を見るかの様にペップ達を囲んでいる。



近くに来るまで気配すら感じなかった。





「さあ。 私の街を奪った理由を聞こうか?」





大将軍夜叉子と獣王隊の存在に。



完全に包囲されたペップと一味は戦慄した。



白陸軍を圧倒して敵なしだと思っていた。



所詮お山の大将にすぎなかった。



ペップはこの第4都市のお頭を怒らせてしまった。





「はあ。 わざわざ私が会いに来てあげたんだよ? 無視なんて傷つくよ。」

「ヒッ!?」





か弱い乙女の様な事を言っているが夜叉子のペップを睨む目は人間とは思えなかった。



しかしここまで破竹の勢いで来たペップに大人しく降伏するなんてあり得なかった。



恐怖を押し殺して夜叉子に向かって啖呵を切る。






「お、お前みたいな細い人間の女がこの街の主だと!? 笑わせるな。 俺の方が主に向いてるさ。」

「あんた歳いくつ?」

「じゅ、17」

「ふっ。 若気の至りね。」






夜叉子は隣にいるタイロンと目を合わせて鼻で笑った。



周囲の獣王隊もクスクスと笑いペップとその一味を笑っている。



まるで役者違い。



1つの街を武力で制圧した事は確かに見事だった。



しかし目の前にいる獣王隊。



つい先日のエリュシオンとの戦いでも功績を上げている精鋭部隊。



白陸の強力な私兵隊の中でも最強かもしれない。



ペップが相手にしているのはそんな存在だった。





「な、舐めんなよ人間が! 野郎どもやっちまええ!!!!!」

「タイロン、クロフォード。」

「はいお頭。 私らで十分です。」

「あんたらは手出すんじゃないよ。」

『へい!』





50頭のペップ一味が一斉に襲いかかって来たが、武器を構えたのはタイロンとクロフォードのみだった。



夜叉子は何食わぬ顔で扇子を扇いでいる。



部下の獣王隊も余裕の表情で笑みすら浮かべている。



一味はタイロンとクロフォードに襲いかかった。






「知っているかい少年少女。 半獣族が更に上の力を身につけるとどうなるか。」

「ガルルルルッ!!」

『第七感』




その瞬間。



目の前にいたはずのタイロンとクロフォードは消えた。



しかし気がつくと周囲の仲間達が倒れている事に気がつく。



元々人間より遥かに発達している五感。



神通力も人間より高い半獣族が第六感、第七感を身につけるともはや異次元の世界になる。



動きを速めたタイロンとクロフォードは半獣族の動体視力を持ってしても見きれなかった。



木々を飛んで動いているかと思えば一瞬で首元に噛み付いてくる。



何もできずにわずか数分で一味はほぼ全滅した。



立っているのはペップとルルだけだった。





「はあ・・・はあ・・・」





傷だらけでフラフラのペップとルルの前に余裕の表情で現れるタイロンとクロフォード。



17歳の若き猛獣は世界の広さを思い知らされた。



夜叉子の表情は変わらず冷たかった。




「弱い。 弱すぎる。 その程度でお頭の領土奪おうなんて。 世間知らずにもほどがある。」

「はあ・・・ま、まだだ。 おい人間!! 偉そうにしやがって! 俺とタイマンはれ!!」

「へえ。 関心関心。 うちの子の強さに尻尾を巻いて逃げると思っていたよ。 タイロン。」




夜叉子がタイロンを呼ぶと隣に来て四足歩行になる。



そして背中に背負う長い刀を夜叉子は抜いた。



細身の夜叉子には扱えそうにないほど長い刀だ。



しかしこの刀を自在に扱ってしまう。



普段は使う事のない刀を抜いてみせた。






「期待できるねえ。 あんたもうちの子になりな。」

「ふ、ふざけんなあああ!!!!!」





爆走して夜叉子に向かった。



半獣族と人間の身体能力は歴然のはずなのに。



たった一刀でペップは倒れた。



夜叉子は平然とタイロンの背中に刀を戻す。



そして煙管を吸って木に座った。



何か言うわけでもなくじっと倒れるペップを見ていた。





「う、うう・・・み、認めねえぞ・・・」

「ふっ。 期待通りだね。」





満足気に鼻で笑った。



ペップはフラフラと立ち上がった。



夜叉子を噛み殺すかの様に睨みつけている。



それでも何食わぬ顔で煙管を吸っている。



人間に見下されているペップは怒りフラフラと夜叉子へ向かっていった。



するとペップの顔を手で押さえて腹部に強烈な膝蹴りを打ち込んだ。



吐血して倒れるペップを見てうなずく夜叉子はタイロンに目で合図した。





「戦場に出ても震えないね。」

「でしょうね。 冥府軍だってお頭の威圧感に比べれば可愛いもんですよ。」

「ふっ。 やんちゃで新鮮ね。 基地で手当てしてやんな。」

「はい。 お前ら運べ。」

『へい。』





しかし次の瞬間だった。



夜叉子が振り返ると空中で牙を剥き出しにしたルルが飛びかかっていた。



タイロンが慌てて取り押さえようとしたが間に合わない。



だが夜叉子の表情に焦りはなかった。



すっと避けてルルの口に何かを入れた。



ルルはドサッと地面に落ちるとスヤスヤと眠っていた。





「やっぱりシーナが作った睡眠薬は良く効くね。」

「お頭。 うちらには使わないでくださいよ・・・」

「ふっ。 ヘマしたら使うかもね。」

「お頭!」

「ふっ。 帰るよ。」





ペップが見ていたのは広大な第4都市のほんの小さな集落だった。



白陸兵を倒したと喜んでいたが戦闘部隊ではなく、輸送部隊の兵士で戦闘は専門ではなかった。



500の白陸兵を撃退したのは事実だったが入隊したての新兵ばかり。



後々第4軍の将軍は夜叉子に呼び出されて叱られた。



相手を舐めすぎだと。



若さで突っ走ったペップは世界の広さをまだ知らない。



手も足も出なかった夜叉子と獣王隊でさえも巨大な組織の一角だという事を。



上には上がいる。



狐の神族を前にすればペップも思い知るのか?



きっとそれはない。



彼は若い。



怖くても勢いに任せて無茶ができる。



獣王隊の基地で手当てを受けるペップは目を覚ますと夜叉子に再戦を挑んだ。


結果は同じ。



それでもペップは諦めなかった。



何日も経ったある日。





「ペップ見て見てー!」

「お、お前!! 何やってんだよ!!!!」

「獣王隊の訓練兵の制服だよお!」

「ふざけんな!!!!」

「カッコいいでしょおー!」





ルルはあっさりと獣王隊に入隊した。



ペップは怒りながら夜叉子の元へ向かった。



自分が夜叉子さえ倒せれば第4都市も獣王隊も自分のものになると思っていた。



部屋で煙管を吸って愛する琴とお茶をしている時、ペップは現れた。





「夜叉子っ!!!」

「うるさい。 琴が驚くでしょ。」

「あらー? えへへ。 琴やでー。 よろしくなー。」

「黙れっ!! てめえよくもルルを奪ったな!!」





ペップはそれだけ言い放つと夜叉子へ飛びかかった。



すっと避けて口に睡眠薬を入れて眠らせた。



ため息をついて琴を見る。





「元気な子やね!」

「本当に元気すぎて困るね。」

「新兵ちゃんか?」

「いや。 まだ。 そのうちなるでしょ。」

「せやなー。 夜叉子が逃さへんもんなー?」





ペップは若く血気盛んだった。



しかし衆を率いる才能もあり、向上心もあった。



夜叉子の好む存在だった。



精強な獣王隊でも頭角を表せると期待していた。





「この子は逸材だよ。 いつか千の兵すら指揮できるね。 だってまだ17歳だもの。」

「あたしの1個上やー!」

「あんた16だもんね。」

「せや。 夜叉子いくつなん?」




突然の質問に黙り込む。



夜叉子の年齢。



意外に誰も知らなかった。



虎白と竹子の予想では20代中盤だった。




「22だよ。」

「へーお姉さんやなー!」




夜叉子は意外と若かった。



老けているわけではない。



あまりにも肝が座り、落ち着いているからだ。



ピチピチで白く綺麗な肌や美しすぎる黒髪は確かに若さを感じるが、鋭い目つきや天才的な戦略は実年齢以上の風格を感じさせる。



これは17歳のやんちゃ坊主が22歳のお姉さんに忠誠を誓えるかの物語だ。



物語は続く。

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