第52章 戦士との対峙

ハンナは5年ぶりの竹子に上機嫌だった。



ふとした事で笑いだしている。



今は何もかもが楽しかった。



隣で竹子が笑っている。



5年間待ち続けた光景。





「それで竹子。 5年間どうだった?」

「アルデンさんもメアリーも凄かったよ本当に。 おかげで私達も強くなれた。」

「赤き王。 見てみたいなあ。」





竹子とハンナは基地へ戻り多くの兵士に迎えられた。



それと同時に虎白からの伝令が入ってくる。



白王隊の狐が白神の基地に来た。






「伝令だ。 竹子様。 10日後に出陣。 先鋒は竹子様と優子様。 中間地点まで進みます。」

「わかりました。 中間地点の?」

「ディノ平原になります。」

「わかりました。」





ディノ平原。



そこが5年ぶりの戦場になる。



停戦を経て遂にこの時が来た。



相手は戦士の国。



どんな猛者がいるのか。



しかし今日まで厳しい訓練を行ってきた。



大将軍だけじゃない。



ハンナ含む兵士達もだ。



中でも私兵の成長は異彩を放ち、天上界に並ぶものなしと言えるほどの実力をつけていた。



白王隊の伝令が帰ると竹子とハンナは顔を見合わせた。






「遂に来たね。」

「竹子。 今日までの成果が出るかな?」

「相手も強い。 全力で戦おう。 もう誰も失いたくない。 そのために強くなったんだから。」






ハンナは力強くうなずいた。



10日。



長い様であっという間に来る。



再会して直ぐに出陣。



ハンナは少し寂しそうにしている。



ゆっくりしたかった。



そんな本心がハンナの中にある。



竹子の顔をじっと見つめる。





「ふふっ。 だよね。 今晩、私の部屋で夕飯食べる? 甲斐も帰ってくるけどそれでもよかったらどう?」

「いいの?」

「もちろん!」






ハンナはリトを失って以来、孤独に苦しんだ。



部屋に帰っても1人きりで話す相手が誰もいない。



特に出陣が決まると孤独感は増した。



様々な不安がハンナを蝕むが誰も支えがいない。



竹子はそれに気づいて部屋に招いた。






そしてその晩。





ハンナは帝都の本城へ入った。



強大な城。



強固な防御施設。



見るからに難攻不落。



戦の天才鞍馬虎白が守るために考えた城。



そして5万3000からなる白王隊が交代で警備している。



狐の衛兵のみが守っている。



ハンナは息を呑んで城へと入っていく。






「竹子の部屋かあ・・・凄いなあ。」






竹子や大将軍は自分達の領地の他にも帝都の本城に部屋を持っていた。



物語の始まりはこの本城のみだった。



気がつけば領土は広がり虎白の側近は独自の城を持つまでになっていた。



しかし定期的に全員が集まって時間を過ごす事があった。



まさに今日はその日。



竹子に呼ばれたハンナは大将軍の集まる城へと入る。






「き、緊張する・・・」

「ハンナー!」

「あ!」






城の窓から手を振る竹子に気づいたハンナは笑顔で手を振り返す。



すると竹子は部屋に戻り、しばらく待つと迎えに来た。



髪の毛は下ろしてあり、ピンク色の着物でお上品に歩いてくる。



その可愛さにハンナは赤面している。






「お待たせー。 夕飯食べよ! 甲斐も直ぐに帰ってくるから。」

「甲斐様迷惑じゃないかな?」

「全然大丈夫よ。 お腹空かせておいてって頼んでおいたから。 3人でたくさん食べよ!」

「竹子ありがとう・・・」

「いいの。 こんな時に1人は不安だものね。 さあ行こう。」





そしてハンナは竹子に連れられて城の中に入っていく。



最上階の1つ下の階まで来ると部屋がたくさんあり、竹子は引き戸を開けて部屋に入っていく。



部屋に広がる美味しそうな匂い。



和室で素朴な作り。



「都督」という天上界でも大物の地位を持つ者の部屋とは思えない素朴な部屋。



かつての日本の部屋。



畳の部屋に化粧台や花飾り。



しかしそんな部屋に飾られる見事な薙刀と槍。



竹子と甲斐の武器だ。



そして刀は別の場所に飾られている。



短刀は竹子の腰に差してある。



ハンナはしばらく言葉を発する事を忘れて竹子の部屋を見て歩いていた。



初めて見る大好きな主の私生活。



想像以上に普通の女の子だと驚きながら。






「いやあ。 妥当だよね。 私の知っている竹子のまま。 ふふっ!」





「たっだいまー!!!!!」

「!!!!」

「ふふ。 おかえり。 お客さん来てるよー。」

「あー? 誰だい?」

「は、ハンナ少佐です!!」





まるで引き戸を突き破るかの様な激しさで帰ってきた甲斐にハンナは飛び上がった。



敬礼しているが甲斐は何食わぬ顔で刀を丁寧に飾ると目の前で制服を脱ぎ始める。



下着姿になって竹子がいる台所を覗きにいく。



後ろから竹子を抱きしめて頬をスリスリと合わせている。



ハンナはどうしていいのかわからずに固まっている。





「ほら甲斐。 私の私兵の少佐よ。」

「おめー何してんだ?」

「あ、あの・・・今晩はお邪魔させていただいてます・・・」

「飯食うの?」

「は、はい・・・お邪魔でしたか・・・」

「はーっはっはっは!!! 食ってけ食ってけー!! 竹子の飯は美味いぞー!!」






大笑いして畳の部屋に寝転ぶ甲斐は着物すら着ることなくくつろいでいる。



竹子に注意されても気にする事はなかった。



たった1人帰ってきただけなのになんと賑やかなのか。



甲斐は下着のまま横たわると静かになった。



ハンナが近寄って座る。






「マッサージでもしましょうか?」

「まっさーじ?」

「体をほぐしますよ。」

「おーありがとー!!」






うつ伏せになる甲斐の背中をモミモミともんでいる。



ハンナは細くもしっかりと筋肉のついた甲斐の背中を見ている。



白くてピチピチの肌は滑らかで触り心地が良かった。



何よりも美しかった。



しばらく甲斐の体をほぐすと眠そうにウトウトし始めた。






「やはりお疲れですね甲斐様。」

「んー? まあねー。 5年間大変だったよー。 猪の国を治めるのはー。」

「猪!? そ、そんな所にいたんですか?」

「そうだよー。 言うこと聞かねえし何かと戦争しては突撃しかしねーんだ。 ってそれはあたいもか!! はーっはっはっは!!!」





高笑いする甲斐を見てハンナも思わず笑ってしまった。



それを台所で聞いてクスクス笑う竹子。



なんて幸せな時間なんだと。



ハンナはつくづく思った。



できる事ならこの時間が永遠に続けばいいのになと。





「できたよー。」

「おー! おいおめえ!! さあ食うぞー!!」

「は、はい!!」





畳の上に和式の机を置いて竹子と甲斐は畳に正座する。



ハンナは無礼のない様に2人に動きを合わせていた。



しかし机に置かれる料理に惹かれている。



箸を取って食べようとすると竹子が呼び止める。



そして竹子と甲斐は両手を合わせて目をつぶる。



ハンナは不思議そうに見ていた。



何を祈っているのか。






「竹子? 甲斐様?」

『いただきます。』

「誰に祈ったのですか?」

「そりゃーおめーあれだよ。 虎白。」

「虎白様!?」





ハンナは意味がわからなかった。



この食事が白陸軍の支給品だからか?



しかし作ったのは竹子。



せめて自分と甲斐が竹子に感謝して祈るなら理解できる。



どうして竹子まで。



困惑するハンナを見て竹子は微笑んでいる。






「これはね。 私達の国の仕来りなの。 万物に神が宿る。 もちろん作物にも。 それが虎白なんだけどね。 他にも神々がいて見守っていてくれているの。 空にもあの月にも風にも木にも。 そして私達が食べる作物にも。 だからその全てに感謝して食べさせてもらうの。」






竹子の言葉は深かった。



ハンナの体を突き抜ける様な感覚。



思い返せば何度も見ていたかもしれない。



竹子とは戦場にいる事がほとんどだった。



迫りくる大勢の敵を倒すと目をつぶる。



第六感で周囲の敵の気配を感じていると思っていたが違った。



倒した敵1人1人に。



刀や鎧に。



踏みつける大地に。



汗を冷やす風に。



吸い込む空気に。



その全てに魂が宿っていた。



竹子とは何年も共に戦ってきた。



しかし初めて理解できた。



竹子はその全てに感謝しているから強かった。



全てを自分の力に変えていた。



食事でさえも。






「す、凄い・・・又三郎様も正座して目をつぶっていましたが。」

「それは瞑想。 万物の気配を感じて心を無にする。」

「やっぱり。 私が成長できていないのはそれだったかな・・・」

「まーおめー気にするなよ!! とにかく食え!!」

「は、はい!!」





ハンナは夢中で食べた。



野菜も魚の切り身もお米も。



何もかも美味しかった。



今までで一番食べた。



それより驚いたのは竹子の食べる量だった。






「竹子まだ食べるの?」

「うん。 いつもご飯10杯ぐらい食べちゃう。」

「はーっはっはっは!! あたいの竹子はねー。 いくらでも食べられるんだよ!!」

「お腹一杯にならないの?」

「そうだねー。 それに作物は虎白の加護だからさー何だか食べれば食べるほど元気になってる気がするの!」





驚いたハンナだったがそれすらも竹子らしいと思い、笑っていた。



小さな体の何処にあの量の食事が入っているのか?



白くて小さくて可愛い手で茶碗を大切そうに持って口に作物を頬張っている。



なんて幸せそうなのか。



ハンナはその光景を見ていると気が楽になった。



エリュシオンとの戦いの話をしたかったがそんな気はなくなった。



ただ幸せそうに食べる竹子を見ていると甲斐がさっとお茶を出した。





「こう見えてもあたいは姫だったからねー。 茶道だってできるのさ。 ほらやるよ。」

「ありがとうございます!!」





甲斐の入れた渋いが深みのあるお茶はハンナの体に良く染みた。



しばらくくつろぐとハンナは立ち上がり2人に一礼した。





「お邪魔しました。 とっても楽しかったです。」

「ハンナ。」

「???」

「大丈夫。 私達がついているからね。」





そして深々と一礼して部屋を出ていった。



静かに涙を流しながら。



しかし表情は明るかった。



10日後。



その時が来た。



ハンナは目を覚まして制服を着る。



そして部屋を出るとルーナが立っている。






「お待ちしていました。 行きましょう。 ディノ平原へ。」

「うん。 部隊は?」

「準備完了。 竹子様も間もなく。」

「わかった。 ルーナしっかりね。」

「はい。」





ルーナと共に白神隊の基地へ行くと集結する6000の白神隊。



外には第1軍数万がいる。



大きく息を吸ってハンナは自分の大隊3000の中に入る。



すると竹子が見事な鎧兜をつけて歩いてくる。



狐が桜を咥える旗が高く上がり、風になびく。



ハンナを見てうなずく。



そして竹子が刀を抜いて空に向ける。






「全軍出陣!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』





その声は何処までも轟いた。



白陸軍の全軍から一番最初に動き出す軍団。



それに続く優子の第2軍。



5年の時を経て決戦の場所へ。



戦士の国エリュシオンを粉砕するために。



道中、白陸軍に加わる虎白の盟友達。



秦国、織田、孫呉、モンゴル帝国。



あっという間に100万を超えた。



何時間も行軍して天上軍はディノ平原に着いた。



広大な平原には敵の姿がない。



山々が連なる巨大な平原。



しかし天上軍は山に隠れて平原には出なかった。



全軍は野営を開始して指揮官は召集されて軍議を行う。



私兵の指揮官、ハンナも軍議に加わった。



虎白を始め、大将軍や友軍の国主も一堂に会した。





「敵は今から5日後に到着する。 敵の斥候がいないか俺の部隊が確認している。 初戦で完全に叩く。 大将軍2人の部隊を既に敵軍近くにまで動かしてある。 友軍のみんなは初戦は動かないでくれ。 戦力を隠したい。 白陸の一部だけで叩く。」





ハンナは静かに驚いた。



白陸軍の一部?



100万を超える天上軍を連れてきたのに戦うのはそのうちの数万。



敵はこのために持てる戦力を全て出してくるはず。



それをたった数万で?






「大将軍2名の部隊が敵を撹乱する。 そして空軍と砲撃で敵を平原まで誘い込む。 敵は砲撃を止めるために進んでくる。 この山だ。」





虎白が指差す山の位置。



それは付近で一番大きな山だ。



麓は森林地帯になっていて、兵を隠すには丁度良かった。






「大将軍夜叉子の砲兵隊を配備して麓に竹子都督と優子大将軍の軍団を隠して奇襲する。 これで大方の敵を崩せる。 撤退を始めたら放っておけ。 無駄に味方を失いたくない。」





説明をすると軍議は終わった。



初戦で出番がないとわかった友軍達は早々に自軍へと戻っていった。



竹子は落ち着いた表情でハンナを見ている。



ハンナも今更虎白の作戦を疑う事はなかった。



何度も見てきた。



間違いなく戦の天才。



既に戦いは始まっている。



大将軍のお初とエヴァの部隊が出発している。



それに大将軍サラが敵の情報を掴んでいる。



戦士の国は既に虎白の手中にあった。





「竹子。」

「じゃあ私達も行こっか。 最初に敵を斬るのは私達ね。」

「うん。 5年間苦しんだ。 簡単には負けない。 敵が気高い戦士でもね。」





そして白神隊と第1軍は美楽隊と第2軍と共に森林地帯に隠れた。





ボンッボンッ







砲撃の音が山から聞こえる。



夜叉子の第4軍は山頂から敵を撃っている。



森林地帯のハンナ達からはまだ見えない。



しかし微かに聞こえる。



悲鳴と怒号が。



開戦は近い。






待つ事数分。






『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』

「みんな行くよ。」





遂にエリュシオンの兵士達が見える。



馬に乗って先頭を走る若い男女。



恐らく敵の指揮官だ。



男の指揮官が刀を上に向けて何かを言おうとしている。





その時。





「白神隊突撃ー!!!!!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』





ハンナは先頭を走った。



敵の指揮官が驚きながらも斬りかかってきた。



ハンナ目掛けて。



その時ハンナの中を駆け巡ったのは恐怖ではなかった。



蘇る英雄達との日々。



そして竹子と甲斐と食べた食事。



万物には魂がある。



自分に目掛けて飛んでくる敵の指揮官の魂の咆哮。



ディノ平原の大地。



中間地点の風。



背後にいる何万もの味方。



握りしめる剣。



怖くなんかなかった。



込み上げる勇気。





そして。





カーンッ!!!





ハンナは敵の指揮官の斬り込みをあっさりと受け止めた。



天上史に残るディノ平原の開幕。



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