第53章 長い戦いの幕開け

ハンナはエリュシオンの将軍の第七感攻撃を見事に防いでみせた。



その事により、白神隊の士気は大いに上がった。





「ハンナ少佐!!!」

「さすがは第2大隊の隊長だあああ!!!」

「見たかエリュシオン!! これが無敵の白神隊だああああ!!!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』





爆発する白神隊の士気とは逆に、エリュシオンは将軍の攻撃が止められた事で動揺する。



しかし無慈悲なまでに白神隊と白陸第1、2軍の突撃は勢いを増した。



初撃を止められた事でエリュシオンに応戦する術がなかった。



次々に斬り倒されていく。



ハンナはそのまま将軍を討ち取ろうと剣を振るった。






「一気に押し崩す!! 全隊は敵兵を一掃しろ!! 私はこの将軍を討ち取る!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』






将軍は慌ててハンナから離れる。



ハンナは追いかけようと試みたが一気に後方まで下がった将軍を兵士達が守る。



仕方なくハンナは敵兵の掃討に取り掛かった。



白陸に入って10年近くが経つ。



名もなき兵卒だったハンナは今では戦士の国の将軍を圧倒するほどになった。





「竹子。」

「大丈夫。 どうせ敵はもう下がれない。 後方から来る敵の第2、3陣が邪魔で逃げられない。 焦らずに倒していこう。」

「わかった。 このまま攻撃を続けるよ。」

「うん。 私も出る。」





5年の修行を経て竹子は刀を抜いて前線に出た。



エリュシオンの盾兵が白神隊の突撃を止めるために構えている。



ハンナは竹子の横で戦った。






その時。






「鉄。 それは盾。 盾を持つ手。 それは人間。 人間の魂を感じる。 第六感!!」





バキンッ!!!





物凄い音と共に盾兵が真っ二つになる。



隣にいたハンナでさえ驚いていた。



竹子は次々に盾兵を一刀で倒していく。



少し離れた場所でも歓声が聞こえる。



ハンナは察しが付いた。



竹子がここまでの事をした。



当然、優子も同じ事をしていると。



竹子と白神隊の破壊力に圧倒されるエリュシオンに後方から第2、3陣が到着して乱戦は激化する。



しかしその中においても竹子の凄まじさは異彩を放っていた。





「姉上ー!」

「優子。 第3陣の将軍は猛将ね。 討ち取りなさい。」

「はいはーい!!」




状況確認で現れた優子は笑顔で戻っていた。



優子の周りにいるピンク色のトンガリ帽子の兵士達。



一見すると可愛らしく滑稽な兵士だが他ならぬ優子の私兵。



美楽隊だ。



可愛らしい軍装からは想像もつかない破壊力を持つ。



刀や槍、剣や盾などで構成されている白神隊とは異なり、美楽隊はライフル銃の先に剣を装着している。



乱戦開始直前の一斉射撃は敵軍の前列をほぼ撃ち抜くほどの正確さだ。



それに加えて乱戦時の銃剣術の練度の高さも申し分ない。



かつて下界から連れてきた兵士達。



新政府軍を中心とした美楽隊。



幕府軍を中心とした白神隊。



この両隊はそれぞれの色を全面に引き立てた。



今ではハンナやルーナといった新たな新星も頭角を現している。



長く険しい道を越えて。



戦士の国を圧倒するまでに。





「全軍情け無用です! なで斬りにしなさい!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!』




戦士とあろうものが。



次々に敗走しては背中を斬られていく。



それほどまでに白神隊や美楽隊を中心とした白陸軍の破壊力は凄まじかった。



敗走するエリュシオンの中で果敢に前に出てくる2人の将軍。



最初にハンナに攻撃を容易く受け止められた男性の将軍と第2陣の将軍として現れた女性の将軍。






「竹子。 また将軍が出てきた。 どっちかは私がやろうか?」

「いいえハンナ。 あなたが出るほどじゃない。 私1人で十分すぎるぐらい。」

「わかった。 じゃあ他の兵士を倒している。」





2人の将軍は竹子の前に立つ。



武器を構えてじっと見ていると竹子がさっと刀を構えた。



その覇気は2人の心臓を握り潰す様な威圧感だった。



小さくておっとりした可愛らしい竹子。



しかし将軍と対峙している時の威圧感はいつもの竹子とは別人だった。



ハンナは戦いながらも竹子を見ていた。





「5年前より遥かに気配が強くなっている。 何よりも離れている優子様の気配が・・・まるで隣にいる様・・・」





そしてふと背後にある山の頂上を見た。



確かに夜叉子がいる。



しかしなんて穏やかな気配なのか。



夜叉子の周囲にいる獣王隊の気配と区別が難しい。



竹子も開戦までこんなに鋭い気配は感じなかった。



5年で一体どこまで成長したのか。



我らが大将軍達は。






スパッ!!





「少佐。 竹子様が敵の将軍を討ち取りました。」

「その様ね。 強い邪気の気配が消えた。」





ハンナとルーナは第六感で感じる。



エリュシオンの将軍の魂が消える気配を。



優子も第3陣の将軍をあっさりと討ち取り敵軍は崩壊した。



初戦は圧倒的勝利に終わった。



エリュシオンを完膚なきまでに粉砕した白陸軍は一度天上界へ戻った。



斥候を随時配備してエリュシオンの動向を見張った。



天上界に戻ると前衛都市が歓喜に包まれていた。





「天上軍の大勝利ー!!!!!」

「白陸の大将軍様が敵の将軍2名を討ち取り、敵は尻尾を巻いて逃走!!」






紙吹雪が風に舞い、吹き荒れている。



国民は天上軍を英雄の様に迎え入れて食べ物を兵士達に配っている。



馬に乗って先頭を歩く竹子とハンナ。



それに続く何万もの兵士。





「竹子。」

「ふふ。 どうもー。 はい。 次もしっかり戦います。 あなた方がご無事で何よりですー。」





笑顔で国民に手を振る竹子は、答えられるかぎり国民の声に答えていた。



隣にいるハンナはいつもの竹子の笑顔じゃないと直ぐにわかった。



犠牲者も出さずにエリュシオンを蹴散らしたのにまるで味方を失ったかの様に浮かない表情。


一度白陸まで撤退したハンナ達はしばらく休む。



斥候から次の知らせが来れば直ぐに出陣。



束の間の休息だ。



ハンナは馬から降りると竹子に駆け寄った。





「大丈夫!?」

「名前は菜々。 幼馴染で共に生き残ろうと誓った。 しかし一番最初に命を落とした。 幼馴染の将軍を私から遠ざけて。 私に斬られる事でみんなが逃げるための時間を作った。 彼氏の名は冬雲・・・同じ幼馴染・・・」

「竹子??」

「彼女だけじゃない・・・九太に茂雄・・・伝助に平太・・・又兵衛に関しては娘に生きて戻るから遊びに行くのはちょっと待つ様にと頼んでいた・・・娘さんが父と遊びに出かける日はもう永遠に来ない・・・」




青ざめた顔でうずくまる竹子。



ハンナは竹子の身に何が起きているのかわからなかった。



わかる事はアーム戦役ではこんな事にならなかった。



5年の修行の間に何かがあった。





「竹子どうしたの大丈夫!? 衛生兵呼ぶ!? それかシーナ軍医の所行く?」

「いいのハンナ・・・乗り越えなければいけないの・・・」

「今までこんな事って・・・」

「うん・・・これも5年で得た力なの・・・苦しい・・・申し訳ない・・・」





青ざめたままフラフラと自室へ向かっていく。


ハンナは駆け寄って肩を貸した。



周囲は戦勝祝いで大盛りあがり。



しかしその立役者は苦しんでいた。



竹子の異変に気がついた白神の兵士が駆け寄ってくるが騒ぎが起きない様にとハンナに戻された。





「少し横になる?」

「離れないで・・・うう・・・」

「竹子! 泣かないで・・・どうしていたらいい?」

「離れないで・・・」

「わかったよ。 離れたりしないから。」






竹子はその晩疲れて眠りにつくまで泣き続けた。



夜になっても部屋の外からは歓声が聞こえる。



酔っ払って騒ぐ兵士の声もしっかりと聞こえていた。






「お前ら見たか!? 竹子様が敵の兵士を真っ二つにする所を!!」

「おおおお!!! 竹子様と我ら白神は無敵!!!」

「このままエリュシオンを滅ぼそうぜ!!!」

「まずは酒だ酒ー!!!!」





ソファで横たわって眠る竹子を見守る様に地べたに座って竹子の手を優しくさすっている。



一体何なのか。



どんな能力を得たのか。



こんなに苦しむ竹子を見た事がなかった。



優しくておっとりしている。



しかし芯は強く気高い。



そんな竹子がこんなに苦しむなんて。



その晩、ハンナは眠る事はなかった。



血なまぐさい軍服を着たまま。



竹子も血のついた軍服を着たまま眠っている。



ハンナは考えていた。



奇妙な力について。






残酷すぎるよ。


竹子がつぶやいていた言葉。


敵の将軍の事を詳しく話していた。


私の事だってあんなに詳しく話せないでしょ。


何があったの?


リトを失って傷ついていた私を支えてくれた。


高い地位があっても誰にでも優しく話せる。


こんな精神状態でも国民に笑顔で答えていた。


何処まで強いの?


私が今度は支える。


離れないでって言うならずっとずっと。


そばにいるよ。


いつの日か笑って暮らせる日が来るかな。


リト。


待っていてね。


竹子が苦しんでいる。


私が助ける。


あなたなら絶対にそうするでしょ?


甲斐様や虎白様は知っているのかな?





コンコンッ



ガチャ





「虎白様しっー!」

「おお寝てるのか。 竹子大丈夫だったか? いや大丈夫じゃなさそうだな。」

「何があったんですか?」

「修行で得た第六感の上の力だ。 ルーナにも片鱗があった。」




虎白が心配して入ってきてハンナの隣に座る。


地べたに座る2人は囁く様な声で会話を始めた。



竹子の部屋で静かに話す虎白とハンナ。



暗い部屋で2人きりで。





「お前とこうやって話すのも何回目だ?」

「ですね。 3度目? 4度目かな?」

「もう俺に緊張しなくなったな。」

「お陰様で。 竹子大丈夫かな・・・」





窓からの月明かりだけが2人を照らしている。



竹子が起きない様に物音を立てずに話している。



すると虎白がハンナに酒を渡す。





「まあ飲めよ。 竹子と飲もうと思ってたがこの様子じゃ飲めねえな。」

「いただきます。」

「アルデンから聞かされてはいた。 こうなるってよ。」

「第六感の上の力って第七感じゃないんですか?」





酒を飲みながら虎白は月を眺めている。



時よりもたれかかるソファから身を起こして眠る竹子を見ては優しく頭をなでている。



ふと虎白はハンナの服に顔を近づけると眉間にシワを寄せる。





「つーかお前着替えてこいよ。 戦闘服のままか。」

「血の臭いがしますよね・・・」

「ああ。 竹子も着替えさせるからお前も着替えたら戻ってこい。 起きた時にお前がいないと寂しがる。」

「わかりました。 シャワーも浴びてきますね。 竹子を起こさないでくださいよ?」

「わかってるよ。」




ゆっくりとハンナは立ち上がり部屋を出る。



虎白もゆっくりと動き始めてたんすの中を漁って竹子の下着と服を持ってくる。



部屋には甲斐の服もあったが嗅覚の長けた狐の虎白には匂いだけで誰の物かわかる。



下着と服を持ってくると濡れた布を手に持って静かにつぶやいた。








「第八感。」






外から聞こえる声が消える。



時計の針も止まった。



虎白だけの世界。



時間停止の力。



止まった世界の中で虎白は竹子を脱がせる。





「新手のセクハラだな・・・世の男共が喉から手が出るほどほしい力だな・・・」





竹子を脱がせて裸にすると濡れた布で体をさっと拭く。



そして急いで下着を着せて服を着せる。



眠る竹子の体をむやみに触る事もせずに。



必要な事だけをして直ぐに服を着せると虎白は能力を終わらせようとした。





「ん? ああ生傷あるな。 殺した敵の鎧や剣の破片でも刺さってたか。」





腕や首にある生傷を見た虎白は飲んでいた酒を布に染み込ませて優しく拭いた。



そして能力を解除した。



世界は動き始めて外からは兵士の笑い声が聞こえる。



竹子は何事もなかったかの様に眠っている。



体感的には何も感じていない。



当然だが止まった世界での出来事。



触られた事すら気づかない。



一息ついて眠る竹子の頬を優しくなでて微笑むとまた地べたに座り、ソファにもたれかかって酒を飲み始めた。





ガチャッ






「起きてませんか?」

「ああ。」

「・・・・・・どうやって着替えさせたんですか?」

「ああ?」

「脱がせたんですか? 見たんですか? 下着もですか?」

「お前うるせえよ。」




目を見開いて虎白に詰め寄る。



耳をピクピクと動かして月を見ている。



ハンナは虎白を睨んでいる。




「何だよ?」

「変な事してませんよね?」

「してねえよ。 着替えさせて生傷を消毒しただけだ。」

「本当ですか?」

「お前・・・もし何かしてたらまだ終わってねえんじゃねえか?」

「た、確かに・・・」




呆れた表情で虎白は酒を飲む。



ハンナも風呂上がりの良い香りを漂わせて虎白の隣に座って飲みかけの酒を飲み始める。



美味しそうに飲んでいるハンナだったがジロっと虎白を見る。





「何だよ?」

「それで? アルデン様はなんて言っていたんですか?」

「んー。 まあ知っても仕方ない。 悲しい代償って所だな。 俺達にできる事は寂しい想いをさせない事ぐらいだ。」

「そうなんですか・・・なんで竹子があんなに苦しまないといけないのかな・・・」

「お前だって十分苦しんだろ。 全員が苦しんで生きている。 乗り越えないといけないんだよ。」




ハンナは大きなため息をついた。



どうしてこんな世界なのか?



それは隣にいる虎白でもわからなかった。



以前にも話した。



それでも虎白は答えを見つけようとしている。



ハンナはそれを信じるしかなかった。






「いつになるかな答えはよ。」

「戦争がなくなれば出ますかね?」

「どうだろうな。 でも俺達は精一杯生きるしかねえよな。 リトや多くの英雄のために。」

「ですね。 もう朝になりますね。」

「竹子が起きたらお前も寝ろ。 俺が面倒見ておくからよ。」





日は昇り今日が始まった。



竹子は目覚めると泣き始めた。



虎白が抱きしめるとまた眠ってしまった。


ハンナも地べたで眠った。



この戦いの先に彼らが見いだせるものは?



長き戦いは始まったばかりだ。

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