第42章 新たな友

竹子と親密な関係を築いたハンナは少し心が救われた。



朝目が覚めると1日が始まり出迎えの兵士が車を停めて待っている。



ハンナにはそんな毎日が苦痛だった。



しかし竹子からの愛が少しずつそれを変えた。



リト達の墓の前で泣き崩れるだけのハンナを優しく包み込んだ。



近頃の天上界といえば主の虎白が連日遠征をして不在。



各地で模擬演習が繰り広げられて天上通信も大忙し。



車の中でハンナは新聞を読んでいる。





「北側領土のスタシア王国がフランス帝国を粉砕。 はあ・・・虎白様と動きを合わせるかの様にスタシアが領土を広げている。」





虎白の盟友にして北側領土の雄。



アルデン・フォン・ヒステリカ。



「赤き王」と呼ばれる彼は美しい赤髪を颯爽となびかせて北側領土の平定に乗り出した。



その動きは天上通信を通して天上界中に広められた。



南側領土のハンナ達にも当然知れ渡ると同時に我が主の奇妙な遠征が気がかりだった。



白陸軍には何の通達も来ていない。



虎白は自分の私兵白王隊だけを連れて遠征している。



国内に残っている竹子も不安の毎日だった。



ハンナは白神隊の基地に着くと訓練を続ける兵士達に敬礼して部屋へと歩いていく。



机に置いてある書類に目を通してじっと考える。





「虎白様。 何か大きな事をお考えなのね。 まあ何の通達も来ていないかぎり私達は動けない。 この時間を大切に使わないと。」





そしてハンナは久しぶりに装備をつけて兵士達と訓練を行った。



白い制服に美しいマント。



少佐の階級章が制服の襟に輝く。



兵士達はその美しすぎる少佐に惚れ惚れする。



そして最近のハンナの密かな楽しみがあった。





「今日もお話し相手になってもらえる?」





訓練を終えてハンナが向かう先はいつも決まっていた。



宮衛党の基地。



シフォンとルメーに会って色んな話をするのが日課になっていた。



アーム戦役以来宮衛党は白陸軍から白い目で見られているがハンナはお構いなしに制服を着たまま入っていく。





「それでね。 最近の兵士達は第六感を使える者が増えてきたの!」

「ガルルッ!? それは凄い! 宮衛党なんて全然よ。」




宮衛党設立よりも前から戦闘経験が豊富だったシフォンとルメーは第七感までを自在に使いこなす。



そして半獣族特有の身体能力の高さが更に彼女らの戦闘能力を引き立てる。



ホワイトタイガーとサーベルタイガーのシフォンとルメーは一見すると厳つい顔立ちにも見えるが懐っこい性格でハンナにべったりだった。





「優秀なあなた達が宮衛党に加わった事だしまた模擬演習しようかしらね?」

「良いねー!! うちはウランヌと500の歩兵が一躍精鋭になった事だしやろやろー!」





アーム戦役でメルキータが大失態をしている間に少数で西側連合軍に果敢に立ち向かったウランヌと500の歩兵。




虎白からも直々に褒められた彼女らは宮衛党で唯一実戦を経験した精鋭となっていた。



ウランヌ直轄の歩兵に編入された500の兵士達は胸を張って今日も訓練をしている。



そしてハンナにはある考えがあった。





「これで少しは宮衛党に対する見方が変わればいいけど。」





シフォンとルメーとの会話を終えて基地へと戻る車の中でつぶやく。



隣でルーナが不思議そうにハンナを見ている。



チラリとルーナを見たハンナはニコリと微笑む。





「ご機嫌が良さそうですねハンナ様。」

「ふふ。 まあね。 誰にでもやり直すチャンスがあっても良いと思わない?」

「宮衛党ですか。」





ルーナは険しい表情で黙り込む。



大好きだった上官のリトの戦死は宮衛党の失態とは関係ない。



しかし宮衛党をどうしても良く思えないルーナはハンナが毎晩シフォンとルメーに会いに行く事さえ不満だった。





「私は今回の一件で宮衛党へ強い不信感を抱きました。 ずっと訓練してきたのに。 確かにリト少尉の事は関係ありませんよ。 でも・・・少尉があんなに苦しんでいたのにあいつらと来たら・・・」





ハンナは今にも泣き出しそうなルーナを見てふと思った。



ルーナがこんな表情をしたのを見たのは初めてだ。



自分がどれだけルーナを見て来なかったか。





「ルーナ。 あなたの気持ちはわかるわ。 リトは私だって大好きだったもの。」

「少佐。 お聞かせ願いたい事があります。」





ルーナは真剣な眼差しでハンナを見るのだった。




「どうしてそこまで切り替えられるのですか?」




ルーナからの問い。



ハンナは車の窓から麗しき白陸の景色を見る。



そして遠くの空を見つめる。



良くわかる。



ハンナには良くわかる問いだった。



かつて自分も虎白や竹子に抱いた疑問だった。





「気がつけば私もそっち側なのね・・・」

「はい!?」

「あ、いえ。 あなたの気持ちはわかるわ。 かつて私は愛する存在を冥府で亡くしたの。 その敵討ちがしたくて白陸軍に入った。」





今まで聞いた事のなかったハンナの過去。



いつも凛としている美人だけどカッコいい少佐。



リトを失って嘆いていたかと思えば毎晩裏切り者の宮衛党に行っては夜話しをしている。



気持ちの切り替えが早いなとルーナは思っていた。



しかし初めて聞いたハンナの過去に絶句する。





「恋人をですか・・・」

「冥府軍だったわけじゃないのよ? 天上軍兵士だったけれど捕虜になってね。 虎白様や竹子様が救出しかけてくれたけれどあと少しという所でね・・・」

「そうだったんですね・・・それで兵士に・・・」





愛する恋人に別れも言えずに。



何年も捕まっていた彼があと少しで生還できたのに。



目の前に立っていた虎白は何年も会えなかった彼に先程まで会っていた。



ハンナは胸が張り裂けそうになり毎晩苦しんだ。



気持ちを落ち着かせようとしても湧き上がる感情は復讐心だった。



そのまま白陸軍に入って出会った存在。



平蔵や太吉。



リトやグリート。



そして虎白や竹子。



次々に大切な存在が散っていくのに虎白も竹子も戦う事を止めない。



ハンナにはそれがずっと疑問だった。



どれだけ冷酷なのかと考えた事もあった。



しかしそれは違った。



虎白や竹子も苦しみ支え合っていた。



決して1人じゃないと。



それに気づいたのはいつ頃だろうか。



ただ生きる事で必死だった。



ルーナに問いかけられて初めて自分でも気づいた。



宮衛党の失態を誰かが支えてあげなくてはならない。



愛するリトを失った悲しみをシフォンとルメーに支えてほしい。



竹子だっていてくれる。



無意識のうちにハンナは動けていた。



ルーナにはまだわからない事。





「私はとにかく憎んだ。 次々に大切な存在が冥府軍に奪われていく。 しかし虎白様から聞いたの。 冥府兵にだって家族がいて帰る場所があるって。 私が殺した敵兵の数以上に涙を流す冥府の国民がいる事に。」





ハンナの表情は穏やかだった。



美しい田園風景や工業地帯が広がる白陸の景色を見て大きく息を吸う。



ルーナにはまだ伝わらないだろう。



しかしハンナはそれをゆっくりと理解してもらいたかった。





「戦争があるかぎり皆苦しいの。 あなたの気持ちは良くわかる。 だから私があなたを支える。」

「少佐・・・リト少尉はとっても優しくて元気があって・・・いつも・・・あの時だって私達を守る様に・・・」

「私の知っている大好きなリトのままね。」

「うう・・・少佐・・・」





この世界は何なのか。



どうしてそこまでして戦うのか。



それはハンナにもわからなかった。



しかし虎白や竹子は目指している。



戦争のない天上界を。



ハンナはその夢に賭けた。



微力ながら自分もその夢を追いかけたい。





「そんな顔しているとリトに笑われるよ。」

「きっと・・・情けないしっかりしろ!とか言いますね・・・」

「ふふ・・・そうね・・・」





外を眺めるハンナの真っ白な頬を流れる涙。



それでも乗り越える。



それでも歩む。



それでも諦めない。



それでも。



生きる。





「さあ。 宮衛党と模擬演習をしよう! 思いっきり戦っていいわ。」

「少佐・・・」

「???」

「ありがとうございます。 リト少尉に負けない副官になりますから!」




ニコリと笑って車を降りる。



基地で待つ3000ものハンナの大隊が敬礼している。



泣き虫のハンナ。



二等兵として白陸軍に飛び込んできたハンナ。



気がつけば大隊を指揮してかつて自分が苦しんだ事で同じ様に苦しむ部下を支えている。



美しい青空を見上げてハンナは呟く。





「ずいぶんと歩いたわね。 まだ着かないよ。 先に着いたみんな。 もう少し。 いやもっと歩いてみるよ。」





日も暮れて基地の中にある部屋から外を見る。



美しい夜空に輝く月。



椅子に腰掛けて机の上にある部隊編成の書類を書きながら時より美しい夜空を見ては温かい紅茶を飲んでいる。



ハンナは何処か穏やかな表情だ。





「去っていった者の想いを誰かが受け継ぐ。 脈々と受け継がれてきたのね。 平蔵さんや太吉さんの想いを私が。 リトの想いをルーナが。」





今日まで多くの事を経験した。



何度笑って何度泣いたか。



全て無駄ではなかった。





コンコンッ





「ルーナ入ります!」

「書類できた。 部隊編成も整ったよ。 私の大隊だけで戦う。 又三郎様の大隊までいると数が多すぎるからね。」

「わかりました。 少佐。 手は抜かなくていいんですよね?」

「もちろん。」





ルーナの中にある宮衛党への想い。



共に訓練してきたのに。



どうしてもリトの事に繋がってしまう。



しかしハンナからも言われた。



自分でも気持ちを切り替えなくてはいけないとわかっている。



だからこの模擬演習で出し切って終わる。



恨むのはこれで最後。





「まあそんな怖い顔しない。 ほら紅茶飲みなさい。」





ハンナは立ち上がってルーナに紅茶を入れる。



ペコリと会釈してソファに腰掛けて紅茶を飲んでいるが怖い顔のままだ。





コンコンッ





「ハンナ模擬演習するんだって?」

「た、竹子様っ!!」

「あらお疲れ様大尉。」





突然竹子が入ってきてルーナは紅茶を吐き出しそうになる。



慌てて立ち上がって敬礼するが竹子はニコリと笑ってルーナの肩に手を置いてソファに座らせる。



そわそわして落ち着かないルーナを横目にハンナが竹子に目で「ちょっと待って」と合図する。





「ルーナ。 飲んだらこの書類を少尉達に読ませてきて。」

「わ、わかりました!!」





ルーナは急いで飲むと竹子に敬礼して部屋を出て行く。



竹子とハンナは顔を見合わせて笑う。





「可愛い子ね。」

「リトの副官だったの。」

「あら。」

「ねえ竹子。 私達は一体何処へ辿り着くのかしらね。」





あれ以来すっかり友達になった2人はソファで紅茶を飲み始める。



両手で大事そうにカップを持つ竹子を見て少し赤面するハンナ。





「それは虎白でもわからないかもね。」

「全て無駄じゃないよね?」

「私はそう信じてる。 ハンナと仲良くなれたし今日まで辛い事たくさんあったけれど。 無駄ではないと思っているよ。」





竹子は下唇を噛んで少し寂しそうにする。



兵士なら誰もが悩む事なのかもしれない。



殺した敵兵の顔も散っていった仲間の顔も。



砲撃や剣戟の音。



何もかもが頭から離れない。



本当に辛かった。



しかしいつでも仲間がそばにいてくれた。



死戦を潜り深まる仲間との絆。



だから今日まで無駄ではなかった。



そう信じないともうやっていけない。





「確かに。 竹子とこんなに仲良くなれたのは私にとって貴重な事。」

「ふふ。 そんな嬉しい事言ってくれるの? 私もだよ。」





ニッコリ笑ってハンナを見る竹子の可愛さときたら反則だ。



ハンナはたまらず赤面して目を逸らして紅茶をグイッと飲む。



小さくて真っ白な竹子。



友達になってみると本当に可愛くてたまらない。



もはやハンナの中にある竹子への想いは忠誠心だけではなくなっていた。



必ず守りたい。



日々増していく想い。





「この先も何が起きるかわからないけどずっと竹子のそばにいるよ。」

「ありがとうね。 私もハンナが側近で嬉しいよ。 ずっと歩んでいこうね。」





それから雑談を楽しんで竹子は帰っていく。



ハンナは寝室に戻りベットに横たわる。



竹子の事を考えて眠りにつく。



ハンナの心の支え。



感謝している。



だから必ず。



守るんだと。



そして明日の模擬演習に挑むのだった。

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