第41章 向こうの世界

「お出かけですか少佐。」

「うんちょっとね。」

「わかりました。 車を用意しますね!」




ルーナは部屋を出ていく。



ハンナは上着を着て鏡の前に立つと髪の毛を整えて制服の襟を整える。



何処か緊張した様子で部屋を出ていく。



基地の正門まで歩くとそこには車が用意してありドライバーとルーナが敬礼している。



ハンナは周囲で整列して敬礼している大勢の部下に歩きながらさっと敬礼すると車に乗り込んだ。





「少佐殿。 今日はどちらまで?」

「宮衛党の基地までお願い。」

「りょ、了解です。」




ドライバーとルーナが不思議そうな表情をするがハンナは気にも止めずに平然と窓から外の景色を見ている。



黒いスモークガラスで覆われた窓は外からは中を見る事ができない。



しかし車内からは美しい白陸の景色が見える。



数十分走ると宮衛党の基地が見えてきた。



正門に立つ半獣族の門兵が手のひらを向けて止めてくる。





「所属と階級とお名前をよろしくお願いします。」

「白神隊の少佐のハンナ様だ。 通してくれ。」

「お疲れ様です。 ハンナ少佐ですね。 ご要件は?」





ドライバーが答えると門兵は後部座席の方に目を向けるが中が見えない。



するとハンナが窓を開けて門兵に顔を見せる。



慌てて敬礼するとハンナはニコリと笑った。





「大事な要件よ。 アーム戦役の事があったから警備も厳重になったわね。 虎白様からの命令なんでしょ?」

「す、すいませんハンナ様。 どうぞお通りください。」

「ありがとう。 ご苦労様。」





尻尾を振って嬉しそうにする門兵は赤面したまま敬礼をしている。



アーム戦役でのメルキータの大失態により白陸中から信頼を失った宮衛党。



しばらくの間は武装すら許されなかったが虎白の広い器に救われて今はまた組織として歩み出している。



しかしアーム戦役で戦死した将兵の遺族からの嫌がらせは凄まじかった。



宮衛党の一件がなければ家族は死ななかったと罵声を浴びせられる毎日。



実際の所宮衛党が影響を及ぼしたのは白王隊の退路を塞いだ事だけで正規兵の戦死の理由には関係がなかった。



しかし遺族には知った事ではない。



何かに当たらずにはいられなかった。



その標的が宮衛党というわけだ。



落ち込んだ様子の兵士達を横目にハンナは城の中に入っていく。





「ハンナ少佐!」

「あらメルキータ。 こんにちわ。」

「何か用ですか?」

「ふふ。 残念だけれどあなたにではないわ。 慰めてあげるつもりもないわ。 しっかり反省しなさい。」

「す、すいませんでした本当に・・・」




目に涙を浮かべてうつむくメルキータを見てもハンナの表情は変わらなかった。



何の同情もない。



虎白の決定に従った竹子の顔に泥を塗らないためにハンナは態度に出さなかったが内心は激怒している。





「まあ。 私から言う事はないわ。 それより会いたい方がいるの。」

「ああ、ウランヌなら今は・・・」

「人の話を最後まで聞きなさい。 ウランヌとは言っていないでしょ。 もう。」




おどおどしながらハンナの顔色を伺うメルキータを見てハンナは大きくため息をつく。



今にも殴ってやりたいという気持ちを抑えてハンナは深呼吸して口を開く。




「アーム戦役の後に到達点への門が一瞬開いたと聞いたの。 宮衛党なら何の事かわかるわね?」

「シフォンとルメーですか! いますよ! 連れてきましょうか?」

「えっと。 偉そうに悪いんだけどね。 一応客人なんだよ私。 こんな場所に呼ばれて立ち話でもしろと?」

「あ、ご、ごめんなさい・・・部屋に案内します! 来客間がありますので。」





終始おどおどしているメルキータに呆れるハンナとルーナ。



ルーナは少し得意げな表情でメルキータを見ている。



小馬鹿にしている。



お前と違って私はハンナ少佐の側近なんだぞと言わんばかりに。



しかしハンナの第六感は強くなっている。



ルーナのやましい気配に気づかないわけがなかった。





「考えを改めなさい。」

「えっ!? 私ですか?」

「誰かを見下せるほど私達は凄くないの。 メルキータは確かに大きな過ちを犯した。 しかし彼女が必死に悩んだ結果なの。 だから怒っても決して見下したりはしないの。」

「す、すいませんっ!!」

「私もあなたも。 しっかりしないとリトに笑われるからね。」

「はい・・・」




悲しそうに声を震えさせてハンナは言った。



来客間に案内されてソファに腰かける。



しばらく待つと2匹の半獣族が現れた。



サーベルタイガーとホワイトタイガーの半獣族。




「私はシフォンですよろしくお願いします。」

「ルメーですよろしくです!」




サーベルタイガーのルメー。



ホワイトタイガーのシフォン。



ハンナはソファから立ち上がり敬礼する。



どうしても会いたかった相手だった。



シフォンとルメーに敬礼してソファに腰かける。



突然現れた将校に困惑するシフォンとルメー。



おどおどしながらもソファに座ってハンナの顔をじっと見ている。





「突然ごめんなさい。 私は白神隊少佐のハンナ。 今日はあなた達にどうしても聞きたい事があるの・・・その・・・向こうの世界の話なんだけど・・・どうか気を悪くしないでほしい・・・」





白陸を建国して間もないある日。



12死徒魔呂の攻撃で命を落としたシフォンとルメー。



彼女らは到達点に行った。



しかし今回アーム戦役で虎白が再び到達点への門を開いてしまった。



その時にシフォンとルメーは戻ってきた。



誰でもが簡単に戻れるわけではない。






時は戻りシフォンとルメーが到達点から天上界に戻る話だ。






「こ、虎白様が・・・」




虎白が瓜二つの兄に殴られている。



その光景を見て驚く者達。



凛々しい表情でその光景を見てはギュッと拳に力を入れている。





「戻れ。 人間なんぞに負けるな。」

「ああ。」

「この者らも連れて行け。」

「兄貴!! それだけはダメだ!」

「お前が不甲斐ないからだ。 この者らがいればお前は命懸けで戦うだろう。」





虎白の兄が冷たい表情で話す。



涙を流して兄が連れてきた者達を見ている。



かつて共に旅をした親友達。



メテオ海戦、アーム戦役と二度に渡り虎白は到達点へやってきた。



兄はそれに呆れて虎白の親友を生き返らせる事にした。



懸命に戦わせるために。



この光景を少し離れた場所でじっと見ている2人の男。





「戻れるのか・・・?」

「わしらもか?」





男達は顔を見合わせてうなずくと虎白と兄の天白の元へ走った。





「虎白様っ!!!」

「へ、平蔵・・・太吉・・・」

「わしらも戻りまするっ!!」

「ダメだ・・・みんなして・・・」




平蔵と太吉。



かつて竹子の第1軍の指揮官として活躍した2人。



虎白と竹子がまだ下界で戦っている頃から仕えてきた。



主の一大事。



平蔵と太吉はたまらず虎白の元へ走ってきた。





「虎白様や竹子様の一大事。 我らだけこの様な平穏な場所で呑気にはしてられませぬっ!」





やがて大騒ぎになりかつての白陸兵達が続々と集まってきた。



その中にはリトの姿もあった。



しかしリトだけは他の者達とは違った。



彼女は止めに来た。



平蔵達を。





「平蔵さんと太吉さん。 大尉がいつも話していた。 偉大なお2人だって。 自分が成長できたのは平蔵さんと太吉さんのおかげだって。」

「そこ元は?」

「私はハンナ大尉の部下のリト少尉です。 皆さんどうか。 そんな事言わないでください。 気持ちはわかります。」





リトは皆を落ち着かせる。



平蔵や太吉は虎白について天上界に戻りたくて仕方ない。



しかしリトは言った。





「私達は残った兄弟、姉妹に未来を託してここに来ました。 大切な兄弟、姉妹のために戻って力になりたいのはわかります。 私だってそうです。 でもどうですか? 先にここに来た私達が戻る事は兄弟、姉妹のためになりますか? 自分が不甲斐ないから再び戦わせてしまうと思わせてしまうのでは? 少なくとも私の大事な人はそう思うはずです。」





勇敢に戦い命を落とした。



そんな英雄達を選手の交代の様に出したり戻したりしていいわけがない。



リトは再びハンナの温もりを感じたいという気持ちを押し殺して説得した。



虎白はかつての仲間達を見て泣いている。



しかし天白だけは冷酷なまでに落ち着いた目でリト達を見ている。



そしてこちらへ歩いてくる。





「汝らは戻れ。 名はシフォンにルメーだな。」





何故か天白は彼女らの名前を知っていてそれまで黙っていたシフォンとルメーを選んだ。



平蔵や太吉には目もくれずに。





「て、天白様どうかっ!!」

「頭が高いぞ!! 汝らは安息の日々を送れ。 もう終わったのだ。 汝らの戦いは。」





肩を落とす平蔵に近寄り一礼するリト。



天白は話を終えると虎白や選ばれた者達を天上界へ向かわせた。



そしてシフォンとルメーは再び天上界に戻った。



これがハンナの聞きたかった話の始まりだった。



天井を見て深く息を吸う。



目に涙を浮かべているが何処か微笑ましいハンナの表情。





「そっか。 リトは平蔵さん達と一緒にいるのね。 よかったよかった。」




向こうの世界を知れたハンナは安堵しながらも寂しさが抑えられずに涙する。



シフォンとルメーは困惑した表情でモゾモゾと動いている。



ハンナは2匹の顔を見ては優しく微笑んでまた涙を流す。





「あ、あの。 少佐殿・・・」

「ごめんねいきなり来て泣いちゃって。」

「い、いえ・・・」

「リトが元気にしている事はわかった。 あと一つ知りたい。 向こうの世界はどんな場所? 争いはないの?」




一番知りたいのはそれだった。



愛するリトが向こうの世界でまた戦っていたらどうしようかと気が気ではなかった。



勇敢で仲間想いな性格のリトはもし戦いが起きたら絶対に仲間のために戦ってしまう。



リトにはもう休んでほしかった。





「そうですねー。 天気とかもなく真っ白です。 風も吹きませんし。 1日が経っているのかもよくわかりません。 寝たければ眠れますし遊びたければいつまでも遊んでいられます。」

「なんだか不思議ね。 仕事は?」

「ありませんね。 疲れも感じません痛みも。 ただただ心地良くて幸せな気分です。」





それを聞いたハンナの表情は安堵していた。



リトは幸せに生きている。



別の世界で。



ソファから立ち上がりハンナはシフォンとルメーに敬礼する。



慌てて立ち上がる2匹を見てクスッと笑うと部屋を出て行った。



宮衛党を離れて基地へと戻る。



車の中でも何か話すわけでもなく黙っている。



ルーナは沈黙に耐えられずに雑談を持ちかけるがハンナからの返答は薄い。



そして基地へと戻るとハンナは1人でふらふらと歩き始めた。





「少佐どちらへ!?」

「あなた達はついてこなくていい。 兵士の訓練に参加して。」

「しかし・・・」

「お願い。 1人にさせて。」

「お、お気をつけて・・・」





心配そうにハンナの背中を見つめるルーナはため息をつく。



ハンナの姿が見えなくなるまでじっと見ている。



ルーナは悲しそうに下を向く。





「わかってるけど私じゃリト少尉の代わりは務まらないよね・・・少佐。 力不足ですいません・・・」





トボトボとルーナは新たに加入した白神隊との訓練に参加しに行く。



増兵されてからハンナは一度も兵士達と訓練を行なっていない。



側近のルーナとも特に会話をせずに1人を好む。



側近や兵士達に会っても笑う事もなく何か話しかけてくるわけでもなかった。



ハンナの心にぽっかり空いた穴。



誰もその穴埋めはできない。



一緒に苦楽を共にした仲間はみんな別の世界へ行ってしまった。



ふらふらとハンナは歩き続けた。



街を歩き続けている。



可愛いハンナを見て男性が声をかけてきてもハンナには聞こえている様子もない。



何時間も歩き続けた。



そしてハンナが辿り着いた場所。



ためらいの丘。



多くの墓石の中を歩いている。



そして白神隊の墓地へ着くとその場に仰向けに倒れ込む。



大の字になって天上界の美しい青空を見ている。



天上界の心地良い風がハンナを優しく包む。





「私も行きたいよ。」




目を瞑って仲間の顔を思い浮かべる。



何人も何人も。



そして涙する。



最近のハンナの表情は無表情か泣いているかだった。



久しぶりにシフォンとルメーに見せた笑顔もぎこちなさが凄まじかった。



涙が止まらないハンナはふっくらとした胸の下についている拳銃に手を当てる。



そして取り出すとじっと拳銃を見つめている。





「ダメだからね。」

「!!!」




突然聞こえた透き通る美しい声。



ハンナは驚いて起き上がると目の前には小柄で可愛らしい竹子が怖い表情をして立っている。



慌てて敬礼をしようとするが竹子はハンナの腕を掴む。



変わらず怖い表情で睨んでいる。




「た、竹子様・・・痛いです・・・」

「それは生きている証拠ね。 悲しいのも生きている証拠。 自ら命を絶ってリト少尉達の元へ行ってもきっとリト少尉達は悲しむ。 そんな事がわからないハンナではないでしょ?」





怖い表情のままだったが竹子の目にも涙が浮かんでいる。



ハンナは泣き止まない。



しかし竹子は話を続ける。




「今日までに多くの仲間を失ったよね。 私だって悲しい。 それでも白神を率いて戦う。 何故かわかる?」

「わかりませんよ。 私はもうわからないんです。 どうして生き残ってしまったのかも。」

「生き残る事なんて運よ。 それしかないの。 でも生き残ったからにはしなくてはならない事があるでしょ。 先に逝ってしまった仲間の分まで立派になる事よ。 それしかできないもの。」





ハンナは竹子にしがみつく様にして泣いている。



自分より小柄な竹子にもたれかかる様に。



竹子は小さな白い手で優しくハンナの背中をさする。



辛いのはみんな一緒。



ハンナの苦しみは竹子にはよくわかっていた。




「竹子様・・・竹子様・・・」

「頑張ろうね。 精一杯生きようね。 私も一緒に頑張るからね。 1人じゃないよ。 いくら泣いてもいい。 いつだって私に会いに来ていい。 弱音だっていくらでも聞くから。 だから。 生き続けようね。」

「竹子様・・・ありがとうございます・・・あなたにお仕えできて幸せです・・・」

「もう硬いよー。 竹子でいいから。 仲良くしていこうね。 私達は友達よ。」





竹子の優しさに甘えるハンナは何処か幸せそうにしている。



思い切り抱きついて竹子の髪の毛に頬を当てている。



優しい香りがいつだってする。



体温以上に暖かさを感じる。



そしてどうしてか。



会話をすると勇気が湧いてくる。



それまで生きる事すら辛かったのに。



ハンナは竹子の小さな身体を抱きしめては表情が変わっていく。



抜け殻の様な表情から段々と力強い表情になっていく。





「ありがとう友達と言ってくれて。 でも兵士の前では敬語を使う。 私は少佐。 竹子は大将軍。 身分が違いすぎる。」

「ふふ。 別にいいのにー。 私なんて虎白にいつでも敬語なんて使ってないもの!」

「はははっ!! 確かにそうですね!」

「やっと笑ってくれた。」

「もー竹子ーありがとう。 本当に。」

「こちらこそ。 出会ってくれてありがとう。」





主と側近。



2人の絆はそれを超えた。



死戦を生き抜いた親友となり共に苦しむ戦友となった。



2人は仲間達の墓の前に座り思い出話を続けた。



日が暮れるまで。



生きる事を放棄しかけたハンナを間一髪で救えた竹子は心の底から安堵して笑っている。



残酷な世界でも懸命に生きる彼女達の物語は続く。

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