第21章 獣の軍団

ハンナや多くの将兵が己の力量を引き上げるために訓練に励んだ。



そしてここに新たな旗揚げを渇望しているシベリアンハスキーの半獣族の姉妹がいる。



メルキータ・プレチェンスカとニキータ・プレチェンスカ。



元々は北のツンドラ帝国という国の皇女だった。



しかし暴君の兄の圧政に苦しむ民を救うために虎白に助けを求めて兄を倒すと同時にツンドラ帝国は滅亡。



メルキータ達は国民の一部を連れて白陸に移り住んだ。



そんなメルキータとニキータ。



彼女達がこの白陸に暮らす意味を見出したい。



虎白の妻の優奈を守る軍団を作ると言い出した。




「はあ。 何を言い出すかと思えば。」




部屋の窓から美しい白陸を眺めてため息をつく虎白。




「お世話になりっぱなしだし。 自分の足で歩きたいからお願い!!」




メルキータが頼み込む。





「兵士はどうするんだよ? 白陸兵は全員大将軍の軍団に属するんだぞ。」

「わかってるよ。 これもまたわがままなんだけど。 半獣族だけで編成したいなあって思って。」





虎白は呆れた表情で肩を落とす。




「半獣族の軍団なんて聞いた事ないぞ。 お前らがいたツンドラ帝国ぐらいの国家ならありえるがな。」




半獣族のみで構成される軍団。



それは天上界広しと言えども存在していない。



理由は簡単だった。



知能面で大きく劣る事だった。



メルキータの祖国ツンドラ帝国は異質だった。



人間にも劣らない知能を持った皇帝が代々統治してきた。



しかしそれでも人間よりは若干劣る知能で歴代の皇帝は他国に上手い事使われる事も少なくなかった。



ツンドラ帝国の強さは国力だ。



膨大な数の国民と兵士。



戦争はいつでも数の暴力で勝ってきた。



しかし虎白の出現でそれも終わりが来た。



メルキータとニキータの悲願。



半獣族のみの軍団で他国に負けない練度を手に入れたい。



輝く瞳で虎白を見る。




「兵士がいねえんだよ。」

「他国から勧誘して来ようよ!」

「天上法に触れるからダメだ。 またお前の兄貴みたいにどんな難癖つけられるかわかったもんじゃねぇよ。」




背中を向ける虎白。



メルキータとニキータは顔を見合わせる。





「じゃあこれでも?」

「あ?」




虎白が振り向くと姉妹は服を少し脱ぎかけていた。



色っぽい肩と鎖骨が見えている。




「好きな様にしてくれていいからお願い!」

「馬鹿だな。 そんなんだからダメなんだよ。 お前らの事は抱かねえよ。 それに俺の嫁を守る軍団を作るのに俺と寝るのは本末転倒って言うんだよ。」





頭を抱える姉妹。



ため息をついて下を向く虎白。



垂れ下がる耳をかきながら虎白が姉妹を見る。




「じゃあ。 お前の国民達から集めろ。 それと残りは周辺国で勧誘するか。 バレるとめんどくせえから上手い事やるか。 昔春花を引き抜いたみたいにな。」





不敵な笑みを浮かべた虎白は腰に2本の刀を差して外出の支度をする。





「ありがとう虎白!! 素晴らしい仲間を集めてきてね!」

「あ? お前は行かねえのかよ?」

「行きたいのは山々なんだけど白王隊の皆さんが鍛錬してくれているから行けないよ。 だから虎白とニキータで集めてきてね!」





虎白はメルキータを噛み殺す様な目で睨む。





「ひっ! さ、さあ鍛錬に行かないと!」

「あいつ出会った日から俺の事舐めてるよな。」

「いーじゃんいーじゃん! お姉ちゃんなりに頑張ってるんだよーだ! ニキちゃんと仲良く行こうね!」




尻尾をフリフリとさせて上機嫌のニキータ。



顔は瓜二つだが髪型の違う姉妹。



ショートカットのメルキータと違い、ニキータはツインテール。



性格もメルキータより明るくてあどけない。



頭をかきながら虎白はニキータと出発する。



虎白とニキータの珍道中が始まった。




「とりあえず同じ南側領土の連中に睨まれるとめんどくせえから北側領土まで行くか。」

「えーもうツンドラ帝国ないよー?」

「んな事知ってんだよ。 アルデンに誰かいないか聞きに行くんだよ。」




アルデン・フォン・ヒステリカ。



虎白の盟友。



かつてツンドラ帝国の内乱にも大きく関わった男。



アルデンが率いるスタシア王国は小国。



テッド戦役で大きく衰退したスタシア王国だったがアルデンが即位すると徐々に力を取り戻し始めた。



そして虎白と共にツンドラ帝国を滅ぼした事によりツンドラ領をほぼ全て手に入れた事で、スタシア王国史上最大領土を有する。



「赤き王」と代々呼ばれ続けたヒステリカ家。



鮮やかな赤い髪の毛と赤い瞳からそう呼ばれている。



スタシア領でもヒステリカ家だけが赤い毛を持っている。



それゆえに赤き王と呼ばれている。



虎白とニキータはまずその赤き王の領土へ向かった。



「ここからは本部都市だからお前これ被れ。」



本部都市。



天上界を巨大な円で例えると領土は大きく分けて5つある。



円を四等分して東西南北領土。



そして円の中心に「本部都市」と呼ばれる天王ゼウスが統治する領土がある。



大天使にして天上界最強の戦士。



ミカエルが率いるミカエル兵団の本部もここにあり支部が各方面に点在している。



虎白とニキータは南側領土を出て本部都市へ着いた。




「えー何これー?」

「ローブだよ。 これで顔隠せ。 ツンドラの皇女ってバレるとめんどくせえ。」

「わかったよーこれも半獣族の軍団のためねー。」




ニキータは虎白から渡された白いローブを深く被り美貌を隠す。




「虎白はどうするのー?」

「変化。」

「うわー!! 人間になったのー? どうやるのー?」




虎白は自分の能力で見た目を変える。



白い布を着て肩を出している。



顔は髭面。



本部都市オリュンポスの住民の服装。




「よしさっさと行くぞ。」

「ワンワンワンッ!! だから俺達を正規の軍隊として認めろって言ってんだよ! 下っ端の天使じゃ話にならねえから上級天使連れて来いよっ!!」




虎白がニキータの手を引いて去ろうとする。



するとニキータはギュッと虎白の手を引っ張る。




「なんだよ?」

「あそこで騒いでる犬を味方にしたいー!」

「馬鹿か! あんな天使に怒鳴り散らしてる人斬りナイフみたいやつ味方にしてどうするんだよ?」

「強そうじゃーん! それに俺達って言ってたよー? 仲間もいるんじゃないー?」




虎白は無視をしてニキータを引っ張る。




「いやーだー行くのー!!」




子供の様に声をあげてその場を動こうとしない。



するとミカエル兵団の天使に怒鳴り散らしていた犬の半獣族が虎白を見ている。



そして歩いてきた。




「うー。 女の子泣かせてるとはなんて人間だ!」

「ほら見ろ。 絡まれたじゃねえかよ。 お前のせいなんだから自分で何とかしやがれ。」

「いーもん! ニキちゃんは最初からそうするつもりだったもーん!」




虎白の手を振り払って犬の半獣族に話しかけるニキータ。



尻尾をフリフリとさせて近寄っていく。




「おい危ねえから近寄りすぎるなよ。」

「ニキちゃんに指図しないでー!」

「姉妹揃って生意気すぎんだろ。 ロキータしか懐かねえ。」




舌を出して虎白を馬鹿にする。




「お嬢ちゃん大丈夫か? あの人間に酷いことされてたのか? 力になるぜ。 あの人間ぶっ飛ばしてやろうか?」

「あーいい事思いついたー!! ねーねー虎白ー!!」

「お前! 見た目変えてんだから名前で呼ぶんじゃねえよ!」




突如虎白の元に走ってきて目を輝かせている。




「あの犬と戦ってよー! それで強かったら白陸に連れて帰るー!」

「知らねーよ何で俺がそんな事しないといけねえんだよ。」

「あー。 お願い聞いてくれないのー? いーもんニキちゃんが自分でやるもーん。」

「だから最初からそう言ってんだろ。」




そしてまた舌を出して走っていく。



犬の半獣族の元まで行くと突如泣き出すニキータ。




「くうー。 あの人間がニキちゃんに酷い事するのー。 止めてーって言ってるのに無理やり引っ張っていくのー怖いよー。」

「何い!? 何だよてめえも半獣族を馬鹿にしてるのかよ! てめえぶっ飛ばしてやる!」




歯茎をむき出しにして虎白の元へ走っていく。



そもそもこの会話自体どうでもよかった虎白はよそ見してあくびをしている。



犬の半獣族はお構いなしに向かっていく。



その殺気に気づいた虎白は二度見して驚く。




「あ? 何だ何だ!?」

「半獣族の事馬鹿にしやがってぶっ飛ばしてやる!!」

「何言ってんだてめえ!?」

「それはこっちのセリフだー!! おらー!!」




虎白の話をろくに聞かずに背中に背負う大剣を振りかざす。



しかし虎白は刀を抜く事なくすっと後ろに下がって大剣を避ける。




「人間のくせにいい動きするじゃねえか! もう容赦しねーぞ!!」

「めんどくせえな。 太刀筋が荒くて技術なんてまるでねえ。 こいつはダメだな。」




ぶつぶつと話しながら大剣を避ける。



そして犬が体勢を崩した所に虎白は回し蹴りを入れる。



何食わぬ顔で虎白はニキータの手を引っ張る。



白目になり失神する犬の半獣族。




「ほら行くぞ。」

「虎白が強すぎて参考にならないよー!!」

「弱い弱い。 きっとスタシアに行けばもっと優秀で会話がしっかりできる半獣族が・・・」

「うー。 待ちやがれ!!! 半獣族を馬鹿にするな! その子を離せよ!!」




虎白の耳がピクッと動く。



少し口角をあげて不敵な笑みを浮かべる。




「弱えけど悪くねえ。」




フラフラとしながら虎白に向かっていく。



押したら気絶してしまいそうなほど弱っている。




「てめえ。 ぶっ飛ばしてやる。」

「仕方ねえな。 おいニキータ。 話をするだけだからな? こいつが会話もろくにできねえ馬鹿なら白陸には連れて行かねえからな?」

「わかったー! 何だかんだ言って虎白はやるよねー! ワンワンッ!」




虎白は頭をかきながら犬の半獣族へ歩いていく。



犬は身構えて虎白に警戒する。





「おい犬。 ちょっとこっちへ来い。 場合によってはお前の願いを叶えてやれる。」

「なーにわけのわからねえ事言ってんだよ。」

「めんどくせえから言う事聞け。」




虎白に連れられて人気のない所へ行く。




「変化」

「うわあっ!! 何だよお前も半獣族だったのかよ! 白いな! 狐か?」

「俺は狐の神族だ。 そして南側領土の国主だ。」

「どうりで。 ただの人間にしては強いと思ったぜ。」




犬の半獣族はニヤッと笑って虎白を凝視している。



虎白は目を逸らして話を続ける。





「それでな。 このニキータってやつがよ。 半獣族だけの軍団を作りたいんだってよ。 最初に声をかけたのがお前ってわけだ。」

「半獣族だけの軍団・・・なんだよそれ夢の様な話だな!!」




犬は上機嫌になり尻尾をフリフリさせている。



ニキータもフリフリさせている。





「ニキちゃんの所へ来てよー!!」

「おう! この狐も強いしな! わかった俺の名前はドルトだ。 一応騎士団を持ってんだ。 数は500だ!」




虎白が口角を上げてニキータを見る。




「よかったなニキータじゃあもうスタシア行かなくていいな。 さっ帰ろ。 竹子の晩飯何かなー。」

「スタシアも行くのー!!」

「何でだよ。 500も兵士集まったんだからもういいだろ。」

「目標は3000がいいー!!」




虎白は呆れた表情で肩を落とす。



お腹をさすって遠くを見る。




「めんどくせえ。 ってか腹減った。」

「あーニキちゃんもお腹空いたー!」

「お、俺も。 何日も食ってねえ。」




仕方なく虎白達は近くの店に入る。




「ご注文はー?」

「俺は天丼。」

「ニキちゃんはミルクホイップ定食!」

「俺はボーンスティック。」

「はいよー。」




食事をしながら今後の話をする。




「つーかドルトって言ったな? お前の騎士団はどこにいる?」

「久しぶりのボーンスティックは最高だあ! あ、俺の騎士団か? 本部未配備のままだ。 それも終わりが来たぜ! ワオーンッ!!!」

「うるせえよ。 他の客に迷惑だから止めろ。」

「お客さんー他のお客さんに迷惑だから遠吠えは外でお願いしまーす。」




虎白は呆れてため息をつく。



そして天丼を食べながら虎白は考える。




「スタシアのアルデンに会って2500集められるか聞いてみるか。」

「賛成賛成ー!! ご飯も美味しかったしーニキちゃん幸せー!! ワンワンッ!」

「だからうるせえよ。」

「お客さーん? あんまり騒ぐと憲兵呼びますよー?」




虎白は天丼をかき込んで店を出る。



そして鋭い目つきでニキータとドルトを睨む。




「飯もろくに食えねえのかよ。 もう絶対に店に入らねえ。 あー。 竹子の食卓が恋しい。 甲斐でももうちょっと静かに食えるぞ。」




素直な性格の半獣族。



その場で嬉しい事があると騒いでしまう。



それゆえに半獣族のみでの軍団は難しいとされてきた。



統率が取りにくいために指揮官が煙たがる。



半獣族は持ち前の身体能力を活かしたいが雇い主が少ない。



行く当てのない半獣族の一団が盗賊になるのも珍しくない。



虎白は最初から乗り気ではなかった。




「いいかお前ら。 これからスタシア領に入るがアルデンってのは紳士で優しいが礼儀に厳しいやつだ。 お前らが失礼な事すれば兵士集めなんてできないからな?」

「はーい。 いい子にしてるからお願いー。」

「すいません! 虎白の親分!」

「お前は黙ってろ。 お前が一番めんどくせえ。」




虎白とニキータの珍道中に新たな仲間が加わり半獣族軍団は現在兵力500になった。



間もなく運命のスタシア王国。



虎白に大恩のあるアルデン王。



しかしこれは別の問題だ。



ニキータとドルトの態度次第。



無礼を許さない厳しい騎士国家。



そして本部都市から北側領土へ繋がる門の前に立つ。




「よし行くぞ。」




珍道中は続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る