第5章 冥府に差す光

 冥府。



そこは天上界に行く事ができなかった者が暮らす場所。



貧しい暮らしに暗い街並。



街を歩く人々の顔には希望も何もない。



笑う事も忘れた人々が終わりなき日々を永遠に過ごす。



第1の人生を後悔して終わり、満足して死ぬ事ができなかった者が来る場所。



それが冥府。



しかし本来天上界に暮らしていたはずの者が冥府にいる事がある。



天上軍兵士の捕虜。



負傷や戦闘の恐怖で冥府軍に降伏してしまった者が捕虜になり冥府に連れて行かれる。



暗い牢屋。



細く長い建物の中には牢屋が連なり天上軍兵士達が種族ごとに牢屋に入っている。




「もう天上界には戻れない・・・国に残っている彼女もきっと俺が死んだと思っている・・・」




うつむきそうつぶやく男。



彼の名はカイン。



地球とは別の世界の人間。



ピンク色の髪の毛。



これは地毛で眉毛もまつ毛も全てピンク色。



手錠と足かせをされて牢屋の隅で座り込み死んだ目をしている。




ガシャン!!




「出ろ。 作業だ。」




鬼の兵士が来る。



人間よりはるかに大きく人間では考えられない赤い肌。



黄色く不気味な瞳。



口から生える牙。



頭には2本の角。



冥府の憲兵。



カインは首輪に鎖を繋がれて収容所の外に出る。



外には同じ様に繋がれた天上軍兵士が並ぶ。




「今から防御要塞構築のため作業を行う。」




カイン達は収容所を進む。



他の棟から半獣族やエルフ、魚人と言った他の種族の捕虜も出てくる。



うつむくカインが見つめた先には女性の収容所。



女性兵士や国の王女達まで捕まっている。



鬼兵達の性処理相手に使われている。



見るも悍ましい光景にカインはまたうつむく。




「もう終わりだ。 毎日こんな日々で・・・男は休む暇なく重労働。 女は休む暇なく・・・」




しばらく進むと広い建築現場の様な場所に着く。




「さあ。 働け。」




バシンッ!!!




鞭で背中を打たれる。




捕虜達は急いで作業に取り掛かる。




「うわああああああ!!!!!!!」

「殺せ。」



時よりスコップなどを持って鬼兵に襲いかかる捕虜がいるが容赦なく殺されてしまう。



捕虜の数が多いため代わりはいくらでもいる。



何人死のうが鬼達からすれば何の損失にもならない。



人間が蚊を殺す様になんの躊躇もなく捕虜の頭を棍棒で叩き潰す。




「うわああああああ!!!!!!!」

「チッ。 こいつは水槽に送れ。」




もしくは永遠の苦しみを与えられるか。



冥府では命の自由すらない。



殺すか殺さないかは鬼達が決める。



鬼に棍棒で殴り殺されるのはまだ幸運なのかもしれない。



2人目に暴れた者は鬼にスコップを当てた。



激怒した鬼はその捕虜を水槽の中に投げ込んだ。



足かせを付けられたまま。



浮き上がる事のできない捕虜は苦しみ水中でバタバタと暴れる。



しかし死ぬ事はない。



冥府に来た者は「命」を魂の番人に預かられてしまう。



この呪縛から脱するには冥府を出る事だ。



それ以外捕虜に安息は訪れない。



カインは抵抗する事なく黙々と作業を続ける。




「おい。 大きい声出すなよ。 カイン大丈夫か?」

「ああ・・・」




白熊の半獣族がカインに話しかける。




「せっかく同じ部隊だったんだから生き延びようぜ。」

「無理だよ・・・なあテール・・・お前はこんな世界でどうして希望を持っていられる?」




白熊のテールはニコリと微笑みカインに言う。




「いつの日か天上軍が助けに来てくれるよ。 毎月の様に冥府軍が出陣しては大勢死んでるだろ? きっと天上軍は更に強くなってるんだよ。」

「だったとしても俺達の事なんてもう忘れているよ。」




テールは背中の生傷を触りカインを見る。




「諦めるなよ。 絶対に救われる。」

「ああ。 こうして毎日お前に会えるだけで嬉しい。」

「さあ鬼が来る。 仕事に戻ろう。」





かつて同じ部隊だったテールは毎日作業で会える。



しかし長話をしていると鬼に気づかれて鞭で打たれる。



この僅かな会話がカインの生きている唯一の楽しみだった。



毎日毎日が希望のない苦痛の日々。



クタクタになるまで防御施設の構築と鞭打ちの日々。



助けに来てくれる天上軍を食い止める防御施設を自分達の手で作る。



生きてる理由もわからない。



でも棍棒で頭を潰されるのは恐ろしい。



カインの終わらない苦痛は続いた。



そんなある日。




「ぐはっ・・・貴様・・・」

「おい騒ぐな兵士。 助けに来たぞ。」




看守が突如殺された。



顔に血がついている男。



それは人間ではなかった。



純白の肌に鋭い目つき。



頭から生える白い耳。



フワフワの美しい尻尾。




「俺は天上軍の鞍馬虎白だ。 お前ら今日まで良く耐えたな。 逃げるぞ。」

 


狐の男は「鞍馬虎白」と名乗った。



カインはその光景が信じられなくて呆然としていた。




「合図するまで出てくるな。 合図は爆発音だ。」




そう言って手錠と足かせを外した。



他の捕虜達の手錠も外して出ていった。




「なんだったんだ・・・俺は逃げられるのか・・・」




ドッカーン!!!!




「合図か。 出てみるか・・・」




カインは恐る恐る収容所を出る。




『おおおおおおおおおー!!!!!!!』




周囲の収容所からも捕虜が一斉に出てきて鬼と戦っている。



その先頭には先程の虎白と美しい顔立ちの人間の男。



そして悍ましい見た目の虫が戦っている。



状況がわからないままカインは倒れている冥府兵の剣を拾う。



鬼兵も冥府兵も虎白と捕虜達に殺されている。



カインの元にも冥府兵が来た。



スッと避けて剣を冥府兵に突き刺す。




「グハ・・・」

「てめえら。 毎日毎日・・・死ね死ね死ね死ね・・・ははは!!! 死ね死ね死ね・・・」

「おいカイン落ち着け。 もう死んでいる。」

「ははは!!! 死ね死ね死ねええええええ!!!!!!」

「カイン!!!」




テールが慌ててカインを取り押さえる。




「あ、あれ・・・」

「大丈夫か? 俺の言ったとおりだったろ? 助けに来てくれたんだよ。」




正気を失い刺し続けるカインを虎白はジッと見ている。




「さあ。 帰るぞ。 俺達の天上界に。」

『おおおおおおおおおー!!!!!!!』




そしてカイン達は北にある冥府の門へ向かった。




何人もの兵士がカインの様に正気を失った。




しかしカインの中で一つ疑問があった。




「俺達を助けに来たのか。 何か目的があって来たはずだ。」




すると虎白の隣にいる男が声をかける。




「鈴と言う女性を知らぬか?」

「いえ・・・すいません。」




カインは察した。




だよな。 


やっぱり俺達のためじゃなくてその鈴って女のためか。


まあいいや。


とにかく生き延びてやる。


こんな所で死んでたまるか。


帰る。


天上界に。




「どうしてそれを早く言わない!!!」




男が声をあげる。




「動ける者は俺と来い!!」




男は動ける天上軍を連れて戻っていった。



カインとテールも共に。




「うわああああああ!!!!!!!」




長い槍を持った女性が咆哮をあげる。




「行くぞ天上軍!!!」

『おおおおおおおおおー!!!!!!!』




その女性の両側をカイン達は駆け抜ける。




「なんて美人なんだ。 って・・・あれはミカエル兵団の天使長だ!! なんでこんな所に!!」




女の子座りして安堵する女。




カインは眼前にいる冥府軍と戦った。




「舐めやがって天上界に帰るんだ俺は!!!」




1人、2人とカインは敵を倒した。



その時もテールは隣にいた。




「昔を思い出すな!!」

「こうやってずっと一緒にやってきたんだよな!!」



カインはテールの胸をポンッと叩いた。



そして2人は北へ進んだ。



後少し。



虎白は負傷しながらも冥府の門を懸命に目指していた。



カインとテールも共に。




「後少しで帰れる。」




カインは未だにその事実が信じられない。




「これからどうする?」

「決まってるだろ。 鞍馬様の兵士になる。 彼女を迎えに行って鞍馬様の領地で暮らすんだ。」

「そうか。 じゃあ俺も。 可愛い白熊の彼女がほしいなあ。」




2人は故郷に戻ってからの話をする。



長らく忘れていた笑顔を取り戻して。




「見えてきた。」




カインが見つめる先には大きすぎててっぺんが見えない冥府の門。




「中間地点に入っても冥府軍の追っては来るだろうな。」

「だな。 まだ気は抜けない。 それに鞍馬様は怪我してる。 何か追いかけてきている・・・」




警戒した2人だったが彼らは冥府の門に辿り着き、虎白の目的だった「鈴」と言う女性含め救出した多くの女性が門を進みだす。



カイン達もいよいよ門をくぐるその時。




「お前ら走れっ!!!!」




虎白が声をあげる。




カインとテールは驚き周囲を見渡す。




「ああ・・・もう。 ダメだ・・・」




カインは崩れ落ちる。



虎白と男の前に立つ者。



冥府の高級悪魔。



冥王ハデスから信頼の厚い最高位の悪魔。



ルシファー。



逃げる虎白達を追いかけてきた。



あと一歩。



そこで冥府から脱出できるのにカインは足が震えて動かない。



多くの兵士は怯えて走っていく。



虎白はルシファーに挑むがまるで歯が立たない。



そんな時。



虎白の背後から大きな虫が飛んできて虎白と男を掴んで冥府の門へ投げ飛ばす。



身代わりになった。



その虫は虎白が探していた鈴と言う女性の夫だった。



どうして身代わりになったのか。



カインにはそんな状況はわからなかった。



震えるカインはテールを見る。



すっきりした穏やかな表情で微笑む。




「天上界には戻れなかったな。 でも幸せだ。 助けてもらえて・・・」

「は? まだ間に合う。 行こうぜ。」

「無理だよ。 冥府軍が出口を塞いでいる。 虫も殺されて消えた・・・」




愕然とするカインは周囲を見つめる。




「鞍馬様!!! 逃げてください!!! 我々はここでこの悪魔を食い止めます!!! 救出していただきありがとうございました!!!!!」




救出された兵士が虎白を逃がすために殿となってルシファーや冥府軍に襲いかかっていく。




そして殺されては消えていく。




「カイン・・・」

「テール。 彼女に会いたかった・・・悔しい・・・ここまで来たのに・・・」




滝の様に涙を流す。




「よかったじゃないか。 泣けて。 俺達は泣く事すら忘れていた。 それを鞍馬様が救ってくれた。 でも俺達もここまでみたいだ。 じゃあ最後に感謝の気持ちを・・・」




冥府と言う最悪の場所でも元気で優しかったテールでさえ長らく流していなかった涙が流れた。




「わかった・・・わかったよ。 テール。 俺はお前に感謝している。 冥府で正気を失わずにここまで来られたのはお前のおかげだ。 最期まで一緒なんだな。」




冥府の門は閉まった。



虎白の悲痛の叫び声が聞こえる。



2人は顔を見合わせて笑った。




『ありがとう・・・』

『うわああああああ!!!!!!!』




ありがとうテール。


生きてる理由も。


帰る希望も。


明日への楽しみもない日々。


それでもお前だけはいてくれた。


また生きて帰りたいと思えた。


帰れなかったけど。


お前と一緒ならいい。


鞍馬様にも感謝している。


ハンナ。


また会いたかった。


幸せになってくれ。


そして。


さようなら。




ありがとうカイン。


最期まで一緒にいてくれて。


俺だって毎日怖かったさ。


お前に声をかける事で自分に勇気を与えていた。


鬼や悪魔に囲まれる日々。


昔からの親友がいるだけで違った。


いつかまた会えたら。


その時も親友でいてくれ。


さようなら。





虫の王と勇敢な200人あまりの兵士は冥府に残り虎白へ未来を託した。



その後の追手もなんとか振り切った虎白は天上界へ戻る。









天上界。



虎白達はミカエル兵団に救助されて手当てを受ける。



大勢の人々が集まってくる。



いなくなった愛する者を探して。





「あ、あの・・・」

「どうした?」

「冥府に捕らわれていた兵士が戻って来たとお聞きしました。」

「そこにいるぞ。 直ぐに病院へ運ばれる。 君は?」

「カインと言う男性を知りませんか?」

「いや。 すまない。 知らない。 あそこにいる兵士が帰還兵だ。」




女性は天上軍を見つめる。




「ただな。 脱出の時に200人あまりの兵士が残って戦ってくれた。 あそこにもしそのカインさんがいないなら彼はきっと俺達のために残って戦ってくれた。」

「そうですか。 見てきますね。 ありがとうございます! あのお名前は?」

「俺は鞍馬虎白。 国主だ。 カインさん見つかるといいな。 2人で俺の国に暮らすといい。 君は?」

「私の名はハンナです。 では探してきますね!!」




勇敢なる200人は戻って来ない。



ハンナの愛するカインもその親友のテールも。



虎白は帰れなかった英雄達の想いを背負い更に飛躍していく。




多くの想いを強さに変えて。

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