第11話 家族のように、友人のように、恋人のように

 ヴォルフはいとも簡単にアウゲを横抱きにしてその部屋まで運んできた。途中にいくつか扉があったが、誰もいないのに、扉はひとりでに開いて彼らを迎えいれた。ヴォルフ曰く、魔界では扉は全て魔力によって制御されており、扉が開くということは即ち、入室が認められているということなのだ。道理でノックをしないはずだとアウゲは妙に納得した。


 その部屋は、床も天井も壁も調度も、全てが青だった。しかし、ゼレの花のような青ではなく、どちらかというとロッタの花のような、優しい柔らかい青だった。

 ヴォルフは、寝台の上にそっとアウゲを座らせた。背中に背負ったままだった浄化筒を下ろさせ、ヴォルフ自身は床に膝をつき、アウゲを見あげる。


「ここは、魔界と人間界の間にある空間です。ここまでは姫さまは生身でも大丈夫ですけど、魔界の毒素は、姫さまにとってすら強すぎます。だからここで、おれと婚姻を結ぶことで、姫さまは魔族となり、魔界でも暮らせるようになります」


「……」


 アウゲはヴォルフの目を見つめて頷く。これから起こることについて、何も知らないわけではない。ひととおり婚姻のための教育は受けていたが、しかしその内容は、不安を取り去るのに十分なものではなかった。

 ヴォルフは跪いたままアウゲの靴を脱がせる。その光景は官能的で、アウゲは背筋がぞくりとした。


「小さい足ですね。かわいい」


 ヴォルフはアウゲを見あげてにっこりと笑う。いつも見ていた、人懐こい、甘い微笑み。


「別に。普通よ」


 頬に熱が集まってくるのを感じて、むきになって言う。ヴォルフは笑って身体を起こすと、アウゲの背中に腕を回した。


「おれにとっては普通じゃない。すごくかわいい。ねえ、姫さま、もっと見せて。姫さまの、全部を」


 耳元で低く甘く囁かれて、身体が震える。


「いい?」


「……」


 アウゲは固く目を閉じて頷いた。彼を信じて身を任せればいいと思っているのに、奥歯がかたかたと鳴る。


「怖い?」


 それに気づいてヴォルフが尋ねる。


「いいえ」


 悟られたくなくて、目を閉じたまま答える。しかしその声は隠しようもなく震えていた。


「もう、本当に意地っ張りなんだから。大丈夫。大切にします。ずっと。命が終わるその時まで」


「本当に?」


 アウゲは目を開いて、上目遣いにヴォルフを見あげる。


「もちろん。約束します、姫さま――アウゲ」


 その言葉に、アウゲはくしゃりと顔を歪めて、ヴォルフに抱きついた。


「ヴォルフ、ヴォルフ……。あなたが好きよ。いつからかはわからないけれど、気づいたらそうなっていたの。あなたが一緒にいてくれて、家族みたいに、友人みたいに、恋人みたいに接してくれたから、私は負けずに、運命に立ち向かうことができた。そう思っていた。私が何かを恐れていたとすれば、それは、あなたへの想いを抱えたまま、別の誰かと生きなければならないことだったの。だけど……」


 アウゲは言葉を区切って、顔を上げてヴォルフを見た。涙がぽろぽろとこぼれて、頬を伝った。


「また、あなたと一緒にいられるの?」


「ええ、そうですよ」


 ヴォルフは笑って言う。アウゲの大好きな深い青の瞳に、アウゲが映っている。ただひとりの人として。


「ずぅっと?」


「ええ」


「死ぬまで?」


「もちろん」


「私を、離さないでいてくれる?」


「約束します」


 もう一度、アウゲはヴォルフの胸に身体を預けた。彼の大きい温かい身体は、優しくアウゲを抱きとめた。ずっと触れてほしかった、触れたかった彼の大きな手が、優しく髪を撫でる。


「愛しています、姫さま」


「名前を呼んで、ヴォルフ」


 ヴォルフはしっかりとアウゲを抱きしめる。


「愛しています、アウゲ」


「私もよ。愛しているわ、ヴォルフ」


 視線が絡まりあい、2人はどちらからともなく唇を重ねた。ヴォルフは、アウゲを壊れやすい宝物のように、そっと寝台に横たえた。

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