超可愛い幼馴染が男前な話

月之影心

超可愛い幼馴染が超男前な話

 僕は片倉奨太かたくらしょうた

 どちらかと言うと内向的で極力目立たないようにしている大学生だ。

 子供の頃から若干大人びた顔付だったので友達からは『センパイ』と仇名されていたが、高校生から大学生になるにつれてそれ相応と言うか、寧ろ周りが大人顔になる一方で取り残された感じに童顔の方へ振れていったので、一部そういう嗜好の人からは『可愛い』と言われていた。


 その、僕を『可愛い』と言っている筆頭が矢内美歩やないみほ

 物心付いた頃から大学生となった今までずっと一緒に過ごしてきた同い年の幼馴染だ。

 人の事を可愛いだの何だの言っているが、僕から言わせれば……いや、世間一般の目線で見ても美歩の方が遥かに可愛らしい。

 生まれて一度も染めた事のない艶々の黒髪は肩に触れるかどうかのショート。

 細めの眉の下にパッチリとした二重の目と、エクステなど必要無さそうな長い睫毛。

 本人は少し低めを気にしているが真っ直ぐ筋の通った鼻と、薄目の唇がバランス良く置かれている。

 小さい頃から体を動かすのが好きだったが、どちらかと言えば屋根の下で体を動かすバレーボールとかバスケットボールなんかが好きで、あまり日焼けをしていない白い肌が透明感に溢れている。

 大学に入ってからは特に何もせず、最近少し丸みが出て来たのを気にしているようだ。


 そして僕はそんな美歩にある出来事があって以来、好意を抱くようになっていった。




**********




 あれは僕が小学4年生の頃。


 僕はコンビニにその日発売だった漫画雑誌を買いに行った。

 近所のコンビニだが、途中にある公園の中を通り抜ければ少しだけ近道になるので僕はそこをよく通っていた。

 買い物を済ませて再び公園を通って帰ろうとしたが、買い物をしている間にその公園には学校で見掛ける上級生が4名ほどやってきて、軟式テニスのボールを投げ合って遊んでいた。

 僕は邪魔にならないようにと公園の端の方を足早に通り抜けようとしたが、それを目にした上級生の一人が声を掛けてきた。


「おっ。『センパイ』じゃん。そんなに慌ててどこ行くんだ?」


「え?先輩?……ってあれ4年の片倉だろ?何で先輩なんだ?」


「顔だよ顔。俺らよりずっと年上みたいじゃんか。だから『センパイ』って呼ばれてるらしいぜ。」


「あぁなるほどな。言われてみりゃ確かに年上みたいだ。てか『センパイ』ってより『オッサン』じゃね?」


「ぎゃははは!それ言う?みんな言うの我慢してんのに!」


 口々に僕の顔を弄りながら近寄ってきた上級生が僕の周りを取り囲んだ。

 前後左右を上級生に囲まれた僕は、体を小さくして俯いているしかなかった。


「で?どこ行くんだ?」


「い、家に帰るところ……です……。」


「あぁ買い物帰りか……ってそれ!そうか今日発売日だったな。」


 上級生が僕の手に持った漫画雑誌を見て言った。

 すると僕の背後に居た上級生が僕の手から雑誌を取り上げた。


「ちょうど良かった。俺もこれ読みたかったんだ。ありがとよ。」


「あ……いや……それは僕が……。」


「あ?何か言った?」


 顔を覗き込まれ睨まれた僕は、後ずさりしながら今にも逃げたい気持ちと、親から貰った小遣いで買った本を取り返したい気持ちで居た。




「何やってんのよ!?」




 突然、背後から可愛らしい声が聞こえてきた。

 僕と僕を囲んでいる上級生が声の主の方へ振り返ると、そこには両足を肩幅以上に広げて踏ん張り、腕組みをしてこちらを睨み付ける美歩が居た。


「人の物を取り上げるのは泥棒よ。さっさと返しなさい!」


 美歩は言いつつこちらに一歩一歩近付いて来た。


「あん?こいつが『どうぞ先にお読み下さい』って言うから仕方なく俺らg……」


 上級生が言い終わらないうちに、美歩の右足がその上級生のに蹴り上げられていた。


「★※!↓?◆○!!!」


 声にならない声を発しながらその場に崩れ落ちそうになる上級生の胸倉を美歩の左手が掴み引き寄せた。




「あんたらも上級生なら、下級生の手本になる行動をしたらどうなの?」




 美歩に股間を蹴り上げられ胸倉を掴まれた上級生は脂汗を流しながら怯えた表情で美歩を見ていた。

 僕も、他の上級生も美歩の行動と言動に口をぽかんと開けたまま動けなかった。

 美歩は上級生から僕が買った本を取り上げると、本の表紙をぱんぱんと叩いて埃を飛ばす仕草をして僕に返してくれた。


「怪我は無い?」


「あ……あぁ……うん……ありがとう……。」


 美歩は優しい顔で僕にそう言って、再び上級生の方を睨み付けた。


「何ぼーっとしてるのかしら?まだ何か?」


 3人の上級生は顔を見合わせつつ、蹲る仲間の両脇を抱えるようにして無言でそそくさとその場を立ち去った。


「あ、あの……ホントありがと……う。」


「いいのよ。ああいうのは一度痛い目に遭わせておかないと付け上がるから。それより奨太君に怪我が無くて良かったわ。」


 そういう美歩は、さっきと同じような笑顔で僕の顔を覗き込みながら、満足気な表情を家の方へ向けて『帰ろ!』と元気に言ってきた。

 僕はその美歩の横顔の凛々しさと言うかかっこよさと言うか、そういうのに堕とされたんだと思う。




**********




 高校生になると、美歩は大勢から告白されていた……みたいだ。

 と言うのも、僕は相変わらずみんなの輪には積極的に入る事無く、出来るだけ目立たないように過ごしてきたので、勝手に耳に入って来る噂話程度にしか知らないから。

 当の美歩とは小さい頃から変わらず何かあれば話す事はあったが、恋愛に関する話はした事が無かったので、そういう話題も直接は聞く事は無かった。


 ある日、美歩が学校一のイケメンと言われている生徒会の副会長から告白されて断ったという噂が耳に届いた。

 正直僕はほっとしたのだが、彼ほどのイケメンですら美歩のお眼鏡に適わないのであれば、僕なんか眼中にすら入らないだろうと、振られたわけでも無いのに妙に落ち込んだ。


 その僕を気に掛けてくれたのは誰あろう、当の本人である美歩だった。


「どうしたの?元気無いみたいだけど?」


「う、ううん……何でもないよ……。」


「何でもない顔じゃないよ。話したい事があるなら聞くよ?」


 美歩がここまで気に掛けてくれるのは単なる幼馴染としてだと分かっているものの、それが余計に惨めに思えて自然と涙が溢れそうになってきて、その顔を見られまいと、何を思ったのか美歩に抱き付いてしまった。

 美歩は驚く風でもなく、僕の背中に手を回してぽんぽんと優しく叩いてくれた。


「大丈夫だよ。奨太君には私が付いているから。大丈夫大丈夫。」


 もうダメだった。

 これ以上、自分の気持ちを抑える事が出来なかった僕は、美歩を力一杯抱き締めて泣いた。


「ふふっ。やっぱ奨太君は男の子だね。いつの間にか凄く力が強くなってる。」


「ごめん……ごめんよ……。」


「うんうん。それで?ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ?」


 言わずに後悔するなら、言って後悔した方がいい。

 僕は美歩に想いの丈をぶつけた。


「ぼ、僕は……美歩ちゃんと……ずっと一緒に居たい……でも……僕と美歩ちゃんじゃ……その……僕はイケメンじゃないし何か出来るわけでもないから……美歩ちゃんとじゃ釣り合わないと言うか……だから……僕なんか相手にされないと思って……美歩ちゃんが遠くへ行ってしまうんじゃないかって……それで……」


 美歩は、美歩の体をぎゅっと抱き締めたまま一方的に喋る僕の背中をぽんぽんと叩きながら黙って聞いていた。

 僕が話し終えると、美歩は小さく息を吐いて少し強めに僕の背中を一度だけぱんっと叩いて言った。


「良く言えました。」


「え?」


 まるで小学校の先生が生徒を褒めるような口調で言われたので、何だろうと思って腕の力を抜き体を離して美歩の顔を見ると、さっきまで見せていた笑顔ではなく、口角は上がっているものの目を細めて僕を見据えてきた。


「み、美歩ちゃ……」


 美歩は言いかけた僕の左頬に右の掌をぺちっと当てて言葉を遮った。




「私が欲しいなら、力尽くでも奪ってみなさい。その気があるなら私は待っているから。」




 そう言って僕の腕からするっと抜け出すと、一瞬可愛らしい笑顔を見せてすぐに背を向けて去っていった。

 『待っている』?

 美歩が僕を待っていてくれると言った。

 僕は変わらない美歩の格好良さに、改めて美歩への気持ちが強くなるのを感じ、美歩に相応しい男になろうと思った。




**********




 受験では、美歩と離れる事になるかもしれないと思って集中出来なかった為にどうやって問題を解いていったのかすら覚えていないが、元々第一志望は余裕でA判定を出していた大学だったので難なく進学する事が出来た。

 そんな心配を余所に、美歩も同じ大学の同じ学部に進学が決まったと母親伝手で聞いた。

 確か、美歩はその大学はB判定で少し厳しいかもと言っていたのだが、冬休みに一緒に勉強した追い込みが効いたのかもしれない。

 引き続き美歩と一緒に居られる事を自分の合格以上に喜んだ。


「お互いにおめでとうだね!」


「うん。美歩ちゃん頑張ったもんね。」


「あ~何か『僕は余裕ぅ~』みたいな顔して悔しいなぁ。」


「そ、そんなつもりは無いよ。」


「あはは!冗談よ。けど実際、奨太君が教えてくれたのが大きかったなぁ。」


「そそそうかな?」


 怪しい挙動をする僕の腕に美歩が腕を絡ませてきた。

 左隣の美歩が下から僕の顔を覗き込んでくる。


「また一緒に居られるんだからもっと嬉しそうな顔してよ。」


「あ、あぁ……ごめん……何か嬉し過ぎて上手く表情が作れなくて……。」


「だったら許してあげよう。」


「無愛想でごめんよ。」


 その無愛想の中には、また美歩と一緒に居られる事が出来る喜びと同時に、美歩が腕を絡ませている事に対する嬉しさと言うか戸惑いと言うか……そういうのも混じっているのだけれど。


「今晩の合格祝い……高校が決まった時みたいにまたうちと奨太君のとこと一緒にするけど、その前に二人だけで軽くやらない?」


「合格祝いを?……二人で?」


「そう。コンビニでジュースとお菓子買ってきて、部屋でいっぱいお話しよ?」


「うん……いいね。」


 僕と美歩は早速近所のコンビニへ向かった。

 途中、例の公園を横切りながら小学生の頃の話を持ち出すと、美歩は得意気な表情で声を上げて笑っていた。




 コンビニに着くと、美歩はお菓子のコーナーへ真っ直ぐ向かったと思ったら数点のお菓子を手に取り、ジュースを陳列してある冷蔵庫の前に居た僕の所へやってきた。

 オレンジジュースを手に持つ僕の横に美歩が来る。


「さすが!私の飲みたいやつ分かってるね!」


「美歩ちゃんいつもこれだからね。」


 嬉しそうな笑顔を見せる美歩は、まるで子供のようだった。

 僕は烏龍茶のペットボトルを取り出し、二本の飲み物を持って美歩とレジへと向かいお金を払った。


 コンビニを出ると、駐車場では二人の幼稚園児くらいの男の子が玩具の剣のようなものを振り回して遊んでいた。

 その子供を微笑ましそうに眺める二人の女性はその子らの母親だろうか。

 男の子達が振り回す玩具の剣は、停めてある車や自転車、避けて通ろうとしたコンビニの買い物客に掠ったり当たったりしていたが、二人の女性は特に注意するでもなく談笑していた。

 いくら子供が振り回す玩具の剣と言っても、当たれば痛いだろうし、下手をすれば怪我をしてしまう可能性だってある。


 その子たちから離れるように駐車場を抜けようとしたが、美歩は子供らの方へ向かって真っ直ぐに歩いていった。


「ちょ、ちょっと……美歩ちゃん……」


 呼び止めようとしたと同時に、子供の一人が奇声を上げて剣を振り回しながら美歩の方へダッシュして来た。

 そしてその振り回す剣が美歩の腹部に『ぽすっ』っと音を立てて当たった。

 美歩は無言でその子から剣を取り上げる。

 一瞬固まっていた子供がすぐに『返せよ!』と可愛らしい声で美歩に叫んでいたが、美歩は無言のまま子供を睨み付けていた。

 ただならぬ雰囲気に子供は美歩を見上げたまま固まってしまった。


「ちょっとあんた!うちの子の玩具取り上げて何のつもりですか!?」


 談笑していた女性の一人がその様子を見て、血相を変えて美歩に詰め寄ってきた。

 美歩は表情はそのまま、目線を近寄って来た女性の方へ向けた。

 驚きと怒りの混じった表情の女性は美歩の表情に怯んだ感はあったが、我が子を守らねばと思う母性本能か、一歩も引かないでいた。


 と、美歩が感情の無いような声でその女性の声を無視して言い放った。


「貴女がこの子の母親ですか。先程この子が振り回した剣が私のお腹に当たりました。」


「それが何か?玩具の剣だし怪我もしてないんでしょう?」


 表情を変えないまま、ふっと小さく息を吐いた美歩の口から驚愕の言葉が飛び出て来た。


「見た目で言えばこのダウンジャケットに傷が入りました。器物損壊罪です。そして私のお腹には赤ちゃんが居ます。外傷は無くてもお腹の子に何らかの影響が出る可能性があります。事実、少し体調が優れません。もしお腹の子や私自身に何かあれば傷害罪ですので器物損壊罪と併せて責任は取って頂きます。今日は病院へ行って診察して貰い、後日改めて弁護士がお伺いいたしますので連絡先を教えて頂けますか?」


 お腹をさする美歩から次々と流れるように言い放たれる言葉に、その母親を名乗った女性は口をあうあうさせるだけで何も言えなくなっていた。


 お腹に……赤ちゃん……?


「あぁ、ついでですがこの子たちが傷付けた車の持ち主の方々はまだコンビニの中に居るでしょう。これも器物損壊罪です。コンビニの店員さんには私とが目撃者だと伝えておきます。」


 旦那?


「こ、子供のした事じゃないのよ!」


「子供のした事なら許されると仰いますか。ならば私も法的にはまだ成人していませんのでです。私が貴女に怪我を負わせてもですので何も言わずに許して頂けるのですね?」


「も、勿論よ!それが大人の対応ってやつd……」




パァン!!!




 柏手を打ったような綺麗な音が駐車場に響いた。

 何が起こったのか即座に理解が出来なかったが、美歩の右手が目の前の女性の左頬を張った音のようだった。

 女性は顔を払われたように右側を向いたまま固まっていたかと思うと、キッと美歩を睨み付けた。


「なっ……何すんのよ!?人に手を出すなんて頭おかしいんじゃないの!?」


 しかしそれは、確かに自分が認めた事だった筈だ。


「私は先程も言ったようにです。何も言わずに許すのがなんですよね?」


 言いつつ、美歩は2発目を叩き込もうと右手を振り上げた。

 『ひっ!』と小さく悲鳴を上げて身を強張らせる女性。

 美歩は振り上げた右手を下ろすと、女性の着ているジャケットの肩を掴んで自分の方へぐっと引き寄せた。




「我が子の責任も取れない、まともに躾も出来ないってのなら母親なんか辞めちまいな。」




 美歩が女性から手を離すと、女性はその場にぺたっと座り込んでしまった。

 美歩は右を向くと左手に持っていた玩具の剣を持ち主の子供の前に突き出した。

 固まったままの子供を見た美歩が子供の目線までしゃがみ込み、玩具の剣を子供に渡そうとすると子供は少し怯えたような顔になったが、子供ながらに自分の母親とのやり取りを把握したようで、


「おねえちゃん……ごめんなさい……」


 と小さな声で言った。

 美歩はにこっと笑顔を作ると子供の頭に手を置いてぽんぽんと叩いた。


「よく言えたね。えらいね。でもここは危ないからあんまりはしゃいじゃダメだよ?」


「うん!」


 美歩は立ち上がるともう一度母親の方を見たが、言葉を発する事なく僕の方へ戻って来ると、僕の腕を取ってにこっと笑顔を見せた。


「行きましょう。。」


「え?あ……う、うん……え?」


 さっき言っていた『旦那』って僕の事なのか……な?

 でも『お腹の中の赤ちゃん』ってどういう事なんだろう?


「ね、ねぇ……さっき言ってた……その……」


「うん?」


「『お腹の中に赤ちゃん』って……」


「いるわけないでしょ。」


「そ、そりゃそうだよね……。」


 もごもごと口籠る僕を、美歩が横から覗き見てきた。


「な、何……かな……?」


 美歩は何やら嬉しそうな顔で僕をじっと見ていたが、左手を僕の胸元にすっと伸ばすと、人差し指と親指の二本でブルゾンの襟を摘まんで自分の方に引き寄せてきた。

 引っ張られるまま美歩の方へ向くと、目のピントが合わないくらい近くに美歩の顔があった。


「え?」




「私の事が心配だったなら、誰よりも早く私を奪って。そうすれば、貴方の知らない私は居なくなるから。」




 躊躇いは要らなかった。


 僕は美歩の肩に手を回して引き寄せ……そして唇を重ねた。


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