第16話 悔しさをバネに

 いやぁ腹が立ってあんまり眠れなかったわ。もちろん自分にイラついてるんだけどさ。あんなショボい魔法すら見れない自分に腹が立って、ちょっと眠るとイラッと目が覚めちゃって。眠りが浅いせいか不思議な夢まで見ちゃったよ。真っ暗闇の中でシンディが仰向けで寝てるの。それなのに涙を流してるの。夢の中でも何も出来ない自分に腹が立って目が覚めて、まだ暗いうちから起き出して走り込みをしてるんだけどもうこのままマーズニさんの家まで行っちゃおう。


 案の定というかマーズニさんの家に到着すると家には明かりが灯っていない。さすがに迷惑だよなぁと思い直して玄関前に体育座りをすると少ししてから扉が開いた。


「シンディお嬢様!? どうなさいました!?」


 そこにはまだパジャマ姿のマーズニさんが立っていた。指先に火を灯して明かり代わりにしている。慌ててあたしも立ち上がる。


「なんで分かったの? ……じゃなくて、こんな時間にごめんなさい……」


「お嬢様の気配がしましたからすぐに分かりましたよ。まずは中へどうぞ」


 こんな非常識な時間に押しかけたのに、マーズニさんは怒ることなく中へと案内してくれた。前に案内された応接室に通してくれて明かりもつけてくれる。少し待つように言われマーズニさんが部屋を出ると二階から猛烈な足音が聞こえてくる。


「シンディ!? どうした!?」


 そう叫んで部屋に入って来たマックはパンイチで真剣な顔をしている。その後ろからビシッと執事スタイルで現れたマーズニさんは「何て格好をしているんだ!」と叱りつけると、マックはようやく自分の姿を認識したようで真っ赤になって着替えに戻った。


「で? 何があったんだ?」


「ごめんなさい。ご両親にも迷惑だよね」


 着替え終わり真面目な顔をしているマックにそう謝ると口を開いた。


「あれ? 言ってなかったっけ? 何年も前に両親は病気で死んじゃって、じーちゃんと二人暮らしなんだよ」


 とんでもない地雷を踏んでしまったと思っているとマーズニさんがトーストとコーヒーを全員分持って来てくれた。かなり早い朝食タイムだけど、せっかくだからそれをいただきながらあたしは説明した。


「悔しかったの。エリザベスに超ショボい魔法をかけられたのにそれに気付かなくて。それで眠れなくて、毎朝走り込みをしているんだけどそのままここに来ちゃった」


「あぁそれで男装をしているのか。ドレスじゃ走りにくいもんな」


 早朝から押しかけたあたしにマックも怒ることなく笑ってそう言う。この人たち本当に優しいな……。


「よし! じゃあその悔しさをバネにして修行しようぜ! な、じーちゃん!」


「もちろんだマック。お嬢様、一日二日で魔法は使えません。ですからそんなに落ち込むことはないのですよ。これを食べたら魔石洞窟へと向かいましょう」


 一般の人よりも他人の優しさに慣れていないあたしはうっかり涙ぐんでしまっちゃった。それに気付かないフリをしている二人に感謝だ。必死に涙をこぼさないように気を付けながらトーストを食べ終え、あたしたちはこの前と同じ魔石洞窟へと向かった。もちろんツルハシと背負カゴという標準装備でだ。


「ではお嬢様、先日のおさらいです」


 魔石洞窟に入るとマーズニさんはそう言い、人さし指に火を灯す。だけど一回では魔力を見ることが出来なくて、数回繰り返してもらってようやく魔力を見ることが出来た。魔力が満ちている魔石洞窟でも一回で見ることが出来ないんだから、普通の屋敷でエリザベスの魔法を見破ることなんて出来ない。マジで悔しい。

 そして魔力を見るのに慣れた頃、魔石の採掘を始める。地面から生えている魔石も売れるけど、やっぱりレア魔石のほうが良い稼ぎになるからあたしはツルハシをしっかりと握りしめ気合を入れた。


「よいしょー!」


 あたし的に本気でやっているのに、マックはまた掛け声がツボに入って笑いまくっている。その笑い声を聞いているとあたしもなんだか無駄な力が抜けていく。マーズニさんも静かに笑いながら地面から生えている魔石をパキパキと採取していた。


 早朝すぎて人もいないから前回よりも魔石を採掘できて夢中になっていた時だった。洞窟の奥から足音が聞こえる気がする。


「ねぇマック、マーズニさん。奥から足音が聞こえない?」


 そう言うと二人は採掘を中断し耳を澄ませる。


「複数おりますな」


 マーズニさんがそう言う意味が分からず首を傾げるとマックが口を開いた。


「モンスターが出たんだよ」


 ついに出た! 人生初のモンスターとの遭遇だ。緊張と共に少し体が震える。大丈夫、これは武者震いだ。恐怖からじゃない。


「では近付いてみましょう。安心してください。あ奴らは走れませんので」


 足音だけでどのモンスターか分かってしまったマーズニさんにそう促され、ドキドキしながら洞窟の奥へと進んだ。

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