リオンと謎の令嬢 1
隣国の宮廷魔導師見習いとして派遣されてからひと月が過ぎた。この国は平和だ。リーゼロッテ様の母国というのがよく分かる。
兄の婚約者であるリーゼロッテ様。兄の命により毎日観察しているが、彼女は兄の心配など必要ないほど、兄の事が好きだということが分かった。
就任してから初めて挨拶をした時のことだ。
「リーゼロッテ様。これから宜しくお願い致します」
「ええ。シェリオン様。あ、リオン様とお呼びした方が宜しいかしら? こちらこそ宜しくお願いしますわ」
「はい。リオンとお呼びください。あの、私はよく兄に似ていると言われるのですが。いかがですか?」
「へ? そ、そうね。確かに似ているけれど、ルシオ様の方が……何て言うのかしら、えっと」
リーゼロッテ様は何度も瞬きして俺を見ながら首をかしげた。
「兄は、私を見てリーゼロッテ様が自分の事を思い出してくれたら嬉しいそうです。私がここにいるのは、魔法の勉強の為が半分、兄の為が半分になっております」
「な、何よ。それ。――会いたくなってしまうじゃないっ。酷いわ。ルシオ様」
「兄に伝えておきます。恐らく、兄もリーゼロッテ様と同じ事を仰ると思いますよ」
「もうっ」
リーゼロッテ様は怒っているような、恥ずかしがっているような顔で行ってしまった。
兄にその事を伝えると、機密事項を話すなと酷く怒られてしまった。
そして、兄が嫉妬する女性エミリア=ブロウズ様。
長い飴色の髪は腰の辺りで緩くウェーブし、濃い藍色の瞳は上品に淡い光を宿す素朴で品の良いご令嬢だった。
話に聞いていた通り、控えめで周囲と調和し周りを引き立たせるような穏やかな女性といった印象を受けた。
でも、俺は疑っていた。
周囲を惑わす魔性の女性かもしれないと。
ブロウズ家は地方の小さな山々を所有する脆弱な伯爵家だ。その財政は危うく、王都の城に近い立地に屋敷を設けているのはあり得ないのだ。
調べてみると、その全てはエミリア様に起因するものだった。
エミリア様は王都の学園で特待生だったそうだ。
成績は優秀、公爵家夫人となる為の教育も終え、リーゼロッテ姫とは幼馴染みだと聞いた。
王都の屋敷は、彼女が学園に、そしてリーゼロッテ王女の元へ通いやすくする為、王によって与えられたらしい。
このあたりの事情はリアム兄様が調べてくれた。そして兄様は、大人しそうな女性ほど気を付けなさいという忠告もされたのだ。
しかし、その疑惑は一瞬で晴れてしまった。
あるパーティーでのことだ。
エミリア様は婚約者であるコールマン公爵子息様と参加していた。俺は宮廷魔導師としてパーティーの警備にあたりながら、遠目にエミリア様の様子を観察した。
エミリア様は自身の瞳と同じ色の淑やかな藍色のドレスを着ていた。普段の落ち着いた雰囲気と相反したその優美な姿は、遠くから見ても際立っていて、隣に立つ婚約者ととてもお似合いだった。
しかし、婚約者はエミリア様に失礼な態度を取り続けていた。
侯爵様とそのご令嬢を前に、エミリア様は小さな伯爵家の娘だとか。学園の成績は良かったが、それだけだとか。
他のご令嬢の事は褒め、エミリア様を下げる。
その度にエミリア様も彼に同意するけれど、ふとした瞬間に吐いた溜め息には悲しみが溢れていた。
エミリア様は好きで彼の隣にいるのではないのだ。
リーゼロッテ様を唆せば、誰とでも婚約できるだろうに。
でも、その婚約者は、エミリア様に他の男性が声をかけようとすると即座に反応して阻止していた。
食事も合間を見てエミリア様の好きなものを取り渡している。ちょっと量が多いらしく、エミリア様は苦戦しているが、チョイスはいい。エミリア様の好きなものは俺も熟知している。
あの婚約者はリーゼロッテ様の従兄。恐らく彼もリーゼロッテ様から色々聞かされ知っているのだろう。
ちょっと鼻につくけれど、エミリア様を大切にしようとしているようにも見えた。そしてエミリア様も、そんな不器用な婚約者へ応えようとしている。
そんな二人を見て、何故か胸が苦しくなった。
エミリア様が魔性の女性じゃなかったことが、そんなに残念だったのか。
それとも――。
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