第5話
屋敷に戻ると両親が泣きながらエミリアを抱き締めてくれた。
「戻ってこないかと思ったぞ。エミリア」
「辛かったわね。エミリア」
ひとりで屋敷を飛び出したので、両親は心配してくれていた。そんな両親を、ソファーで寛ぐアニスは笑い飛ばした。
「お姉様が帰ってこないはずがないでしょう? ねぇ。お姉様」
「ええ。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「何を言う。エミリアは悪くない。……だが、オルフェオ様とアニスの話は本当なのかい?」
「……はい。申し訳ありません。私が全て至らなかったのです」
「謝らなくていい。ただ、その……。オルフェオ様はお前から妹を勧められたから、婚約を破棄したのだと言っているのだ。アニスの方が元々気に入っていたし、自分もその方が都合が良いと」
「それに。お姉様は陰気臭くて可愛げがなくてつまらないから、もう視界にも入れたくないと仰っていたわよね」
言葉を濁した父に代わってアニスがオルフェオが言った台詞を続けると、父は私を母に押し付けて怒りのままに立ち上がった。
「アニス!! お前は姉にたいして何て口を利くんだっ」
父は感情に任せてアニスの頬を叩いた。アニスは赤くなった頬を押さえ、目に一杯涙を溜めて父を睨み、怒りを吐き出した。
「お父様は何も分かってないわ!? お姉様とオルフェオ様は不釣り合いよ! 私の方がオルフェオ様と上手くいくに決まってるのにっ」
「アニスっ」
もう一度振り上げた父の手にすがり、私は止めに入った。
「お父様。止めてください。手を上げるなんて、やりすぎです」
「そうよ。コールマン公爵夫人になってこの家を支えていくのは、この私なんだからっ!」
アニスは部屋を飛び出し、二階の自室へと駆け上がり、母はそれを無言で追いかけていった。
父は狼狽えていた。アニスを叩いてしまったことと、何故こんなことになってしまったのかと嘆きながら。
それから、父はオルフェオ様と私の婚約を白紙に戻したこと、今後、私の縁談はおそらくオルフェオ様が妨害してくることを話してくれた。
オルフェオ様とアニスが婚約して、正式に式を挙げるまでは私に縁談は持ち上がらないだろう、と。
しかし、きっとその先もあのオルフェオ様なら妨害してくるだろう。父はそこまでは言わなかったが、私は分かっていた。
◇◇◇◇
オルフェオ様が訪ねてくるのは昼食の時間が多い。
昨日の今日だというのに、オルフェオ様はいつも通りブロウズ邸に遊びに来ている。
いつもの様ににこやかに出迎える母から、どの面下げていらっしゃっているのかしら。うちの娘を弄びやがって……。と言う汚い言葉が漏れ聞こえた時はドキッとしたが、アニスが普段通りなのにも驚いた。
オルフェオ様はアニスを見るなり抱きしめて頬にキスをして、プレゼントを渡していた。
それを見た母は一瞬殺気立っていたが、すぐに隣国のお菓子と茶を出して上げていた。
真っ赤なクッキーは、スパイスたっぷりらしい。
私のことをオルフェオ様は完全に無視しているようなので、少し早いがリーゼロッテのところへ行くことにした。
リーゼロッテの庭へ続く裏門へ着いた時、私はしまった、と思った。今日は茶会の日では無かったのだ。
リーゼロッテが月に一度楽しみにしている婚約者様とのデートの日なので、城にもいない。
リーゼロッテの婚約者は、隣国の第二王子様。
政略結婚ではあるが、二人はとても仲が良い。
私は振り返って使用人へ声をかけた。
「ライナー。今日は帰るわ」
「よろしいのですか? あちらの方が手を振っておりますが?」
「えっ?」
裏門の柵の向こう側、庭の入り口の方でこちらに手を振る宮廷魔導師の青年の姿が見える。目が合うと野うさぎのようにこちらへ駆けてきた。
「リオン様」
「エミリア様っ。あの……実は、昨日言いそびれてしまったのですが。……良かったら、私の魔法道具の作りの手助けをしていただけませんか? リーゼロッテ様の茶会の前後の僅かな時間でも良いのです。エミリア様のご意見を伺いたいのです」
「私の……ですか?」
「はい」
柵越しに交わす会話も、真っ直ぐに自分を必要としてくれる瞳も、全て初めての事だった。
「私で良ければ、いいですよ」
「それでは早速、今からいかがですか?」
「は、はい!」
リオン様はパッと明るい笑顔になると、支度をしてきます、と言ってまた庭の方へと駆けていった。
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