第40話 いっぱい食べるキミ
〈深紅のハットにサングラス。乳白色のコートを着た女がお前に近づいてくる。そしたら写真を頼め。快く引き受けてくれる。ちなみにその少女はスーパー美少女戦士です〉
その文章を真琴に送った。すぐに了承の返信が来たのでアリナに伝えた。
「よーし。アリナ、OKがでたぞ。さりげなく、本当にさりげなく真琴の視界に入るよう近づいてこい。そうすりゃ声をかけられる」
「面倒だわ」
「俺が行くと流歌に見破られるからお前が頼りなんだ! お前は他クラスだし、まさかここにいるとは思わんだろ」
「はいはいはい、わかったわかった。行ってくるわ」
もう一個口にガムを放り込んでアリナは歩き出した。
カップルから少し離れた場所で観察する。彼らはペンギンエリアにいる。
高低差のない場所だから高い位置から観察することができないので、俺はバレないよう気をつけながら動向を見守った。
アリナはするすると一般人たちの間を抜け、ターゲットとの距離を詰める。見てるこっちも心拍数が上がるほどドキドキしてきた。スパイの如く自然に近づいていくのだ。
遂にアリナは真琴の目の前を通り過ぎた。真琴は雷に打たれたようにビクついて声をかけていた。
ドギマギしながらアリナに何かを言っている。それに痺れを切らしたようにアリナは真琴のスマホを奪って構える。流れ作業のようにアリナは仕事を終え、すぐ帰ってきた。あっという間だった。
なぜかどや顔をしていたのでつっこんでやることにした。
「すげードヤ顔」
「あいつ、私を見て飛び跳ねる勢いで驚いてたわ。私に声をかけるか躊躇ってた。いじらしかったからこっちから声をかけてやったわ」
「俺の妹が来るとでも思ったのかね。これで印象を覚えられてしまったからもうアリナは召喚できなくなっちまった。ハプニングなしでお願いしますよ、真琴くん」
ということで俺は真琴にメールした。
〈何が起きても2人で解決しろ。絆を深められる機会になる〉
よし。これである程度は自分たちで解決できるだろう。
助けを呼ばれてもあと一回しか使えない。ラストカードは俺だ。頻繁に我々を使うことはないだろうが極力抑えてもらわないと流歌にバレる。監視されてるなんて知ったら不快に思うだろう。
「後は適当にぶらついていよう。無事を祈りながら、幸福を祈りながら」
俺の人生で、スイーツ食い放題の店に訪れる機会があるとは思いもしなかった。
水族館を出て暇つぶしできるところはないか考えていたら、アリナは「仙台駅に戻る」と言い出した。どうせ真琴を手助けしないのならば水族館周りにいる理由はないということだった。
仙台駅に戻ってどうするのかと訊くと「任せなさい」と言われた。
「え……ここ俺が入ってもいいんですか?」
駅前のビルの中にある飲食店の前に俺はいた。
ちらっと店内を覗く。客の圧倒的女子率に戦慄した。女子高生、女子大生、OL、もう女の子がいっぱいだ。明らかに俺がいられる空間じゃない。
ここはスイーツを食べ放題できる店だった。
「気にすることないわ」
いや気にするんですよ。
女風呂に侵入するようなものだ。店員も女子、客も女子。ここは男子禁制なのかどうかの確認を取りたいくらいだ。
どれだけ心の中で叫んでもアリナには1バイトも届かず、結局気づけば席に座っていた。空気と俺の相性が絶望的に合わない。助けろ、真琴。今度はお前が俺を助ける番だ。
食べに食べるアリナにどん引きしながらも俺は次第に慣れていった。
並んでいるスイーツがうまい。種類が豊富でどれを選べばいいのかわからないからアリナに全部任せていた。悔しいことに出てくるもの全てが美味い。
極めつけはサービスのトマトジュースである。そう、トマトジュース飲み放題である。素晴らしすぎて血の涙が流れそうなくらい感動している。
アリナに「あんたドラキュラなんじゃないの」と言われても気にせず俺は飲み続けた。美味いんだからしょうがないだろ。
「よく食うなぁ」
「食べる子はモテるのよ」
「2回目だな。お前の口からだと説得力があるかもしれんが学校じゃそんな食ってないだろ」
「そうね。だから辛いわ」
「食わないのか?」
「高校ってそんな雰囲気じゃないでしょう?」
小休憩ごとに何かを口にしているやつは確かにいないな。いたとしても好奇の目を向けられそうだ。なんだかんだでこいつも人目を気にしてるんだな。
「なんか今日は食ってばっかの日だな」
「あんた図体が大きいくせに大食いじゃないのね」
「燃費がいいんだ。お前もそんだけ食ってもそのスタイルなんだから燃費がいいんだろうな」
「人の身体を本人の前で評価するなんて、あんたやっぱり気持ち悪い男だわ」
「大真面目に考えると確かに気持ち悪いな」
そんな調子で話し続け、90分が経過して食い放題終了となった。
俺は最後の方はトマトジュースを啜りながらアリナを観察することに専念していた。よく食うなぁよく食うなぁと定期的に呟きつつトマトジュースのおかわりをする。アリナは常に何かにフォークを突き立てて口に運び、味わっていた。
店を出て外気を肺に満たす。甘い匂いを嗅ぎすぎて鼻が壊れる寸前だった。ひんやりした空気が体に染み渡る。
「もう何も起きないと思うから解散にするか」
「あんたがそれでいいなら解散するけど彼らに一報くらい入れたら? 彼、私たちのこと気にしてはいると思うわよ」
「そうだな。連絡しとくか」
文面を考えながら入力していると俺の裾を引っ張り、アリナは俺の背後に隠れた。
「なんだよ、突発性人見知り症候群か?」
「違うわよ! 正面! 20メートルくらい先!」
だいぶ人が多いから人か物か、何を指しているのかわからない。俺は目をすぼめて正面の景色をひたすら細かに視る。行き交う人々で混沌としている。
「アリナさん。わたくしめにはわからんどす」
「バカ! 近づいてきてるじゃない! こっち来て!」
アリナは逃げるように俺を強く引っ張る。その謎の正体に対する好奇心が膨らんだ俺は力尽くで留まって解明しようとした。
「いったい何が来るというんだ」
「動きなさい!」
1人の少女と目が合った。
あの太陽でさえウズラの卵のように小さく見えるこの広大な宇宙の中で、俺と波木白奈の目が合った。奇跡だと思う。白奈は友人たちと行動しており、口をまん丸く開けて俺を指さした。偶然に驚いているのだ。
そういうことですか、アリナさん。
これはまずい。私服姿のアリナとスーツの俺が2人で休日に行動を共にしている。特に俺の姿が意味不明だろう。なぜスーツなのか。正直、それは俺もわからない。だが白奈たちがどう思うかは手に取るようにわかる。
日羽アリナと榊木彗がデートしている。
一般的な常識をお持ちであれば自然とその推測にたどり着くはずだ。
友人を置いて白奈1人がこちらに近づいてきている。スローに見えた。きっと脳みそが金切り声を上げて言い訳を検索しているのだろう。
助け船のアリナは全てを悟ったかのように受け入れる覚悟を決めたようだ。つまり、ただ腕を組んで立ち尽くすということだ。
俺は諦めない。
俺とアリナは別にデートしているわけではなく、単に真琴流歌カップルの監視をしているのだとストレートに伝えればいいだけだ。心に火をともして熱い言葉で訴えればわかってくれる。
それでも疑うのなら俺と真琴のメールのやり取りをみせてやろう。それに後ほど真琴からも協力を依頼すれば身の潔白を証明できる。大丈夫だ、俺は勝てる。そう自分を奮い立たせてアリナに一声かけた。
「俺たちは勝つぞ、アリナ」
「意味不明」
アリナの立場なら俺もそう返す。
白奈がとうとう我々の前に立ちふさがった。
「彗と……もしかしてアリナさん?」
サングラスをしていてもバレてるようだ。流歌にもバレていたかもな。
「えぇ」
ハリウッドスターのようにアリナはサングラスを上品に外す。
「やっぱり! アリナさんスタイルいいから風貌でわかっちゃうよ」
嬉しそうに白奈は笑顔を作る。
俺は無心になった。下手に喋れば誤解が生まれる。ここはアリナに勝手に喋らせよう。
「彗、その格好何? どうしたの?」
「……」
「ちょっと彗くーん。生きてる-?」
「……」
「おーい」
「……」
俺は無限遠方の彼方に視点を固定し、夜になれば現れるであろうアンドロメダ銀河を想像しながら宇宙の壮大さに感動していた。
我々はなぜ存在するのだろう。
なぜ宇宙はどこまでも広がるのだろう。
その外に、いや境界線自体があるのかもわからないが、何があるのだろう。そもそも『在る』とは?
気づけば俺は一人になっていた。
スマホを確認するとアリナからメッセージが届いていた。
〈先に帰るから。あんたは精神科に行ってから帰りなさい〉
どうやら彼女らは帰ったらしい。帰ると言ってもまだ午後3時だから寄り道するだろう。
特にすることもなくなった俺はトマトジュースを自販機で2本買い、帰ることにした。1本は俺、もう1本は妹へだ。
宇宙のことを考えれば、大体の危機はちっぽけに感じることができると今日は学んだ。
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