第14話 2人っきりで伝えたいこと

 アリナが二重人格であると発覚してから俺はアリナとの接し方を変えるべきか考えた。

 いままで挑発的な冗談を頻繁にぶつけてきたが、あれらはアリナにとって悪影響だったんじゃないかと思ったからだ。攻撃的な性格とはいえ、二重人格者なのだから病人だ。もっと気を遣って優しく接するべき……なのか?


「あんたを見るとご飯が不味くなるのよ」


 いや、優しくする必要なんてねぇわ。

 こいつはいっぺん海の底に沈んで暗闇の中で瞑想させる必要がある。ついでに深海魚と仲良くなって、深海の謎とか解明してから上陸しろ。

 俺はアリナのクラスにいて、そして今は昼休みのお弁当タイムだ。


「昼休みになんなのよ」

「いや、お前に優しくしてやろうかと思ってな。でも今の言葉でその気が失せた」

「あんたの善意なんかいらないわ。気味が悪くてゾッとするもの」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ! お前は最高だ!」

「そのポジティブ思考だけは褒めてあげるわ」


 アリナは視線を弁当に落として箸を動かした。

 よし、今度は嫌がらせとして俺も弁当を持ってこよう。こいつが嫌と言っても机に弁当広げて一緒に食ってやる。俺は恥ずかしさなど感じない。こいつが悔しがったりムカついたりして、自分が『榊木彗より下等の存在』なんだとわからせる。そうして得られる優越感の方が格上――恥など感じるわけがない。この優越感だけで白米100億トンいける。

 そんな妄想をしていたらアリナが俺を見上げた。


「……あんた、後ろ」

「あ?」


 俺の背後に波木白奈がいた。そういやアリナと同じクラスだった。彼女はスカートを掴んで真剣な顔付きで俺を見つめていた。

 アリナと白奈に挟まれて戸惑った。一体どんな化学変化が起きるというのだ。


「どうした」

「放課後、2人っきりに……なれない?」


 2人っきり。それがどういう意味を持っているのか一緒に考えよう。


 高校2年生。

 恋愛脳全盛期の女子高生。

 放課後2人っきりで会う。

 決断したような表情。


 たとえ勘違いでも許されるはずだ。だってこんなの1つしかないじゃん。

 世界はやっと銀河系最強の帰宅部員の存在に気付き始めたらしい。俺にも青春の風が吹き始めたようだ。


「かまわないが」


 と、クールに返答したが内心焦っていた。

 相手は白奈だ。中学のころから知ってる仲のいい女子だぞ。


「よかったぁ。どこで会う?」

「会う場所……場所か……」

「元職員室を使いなさいな」


 アリナが口出しした。

 よりによって元職員室――現薔薇園を勧めるとは、お前マジで黙ってろ。

 だいたいお前が置いてるなんちゃらフラワーはどうすんだ。最近また増えてきてちょっとしたモデルルームみたいになってんだよ。


「元職員室って、あ〜、あそこね!」


 白奈が思い出したように高い声を出した。

 すかさず俺は反撃に出る。


「いやいや、適当に自販機前とかでいいだろ。それに職員室だろうがなんだろうが、鍵かかってるだろうし」

「そうなの?」

「鍵は掛かってないから入れるわ」

「そうなんだ! ありがとう、アリナさん!」


 アリナはとても意地悪に口角を上げた。

 俺の人間関係が大変化するかもしれぬ大事態なのにアリナは楽しんでいるようだった。これが悪魔の顔か。

 アリナに抗議の視線を送ったが彼女はふんっと目をそらした。


「じゃあ元職員室ってことでいい?」

「いいです」

「じゃ、放課後ね!」


 白奈は教室から出て行った。すぐに俺はアリナに向き直った。


「おい何が目的だ。金か、名誉か、言ってみろ」

「いいじゃない。青春しときなさいよ」

「よりにもよって薔薇園はやばいだろ。お前が持ち込んでるあの花はどうすんだよ」

「ちゃんと回収するから、もう教室に戻りなさい」

「本当なんだな?」

「どうかしら」

「ダメだこれ」


 放課後を恐怖するなんて初めてだ。全国の帰宅部員に恥ずかしくて顔向けできない。帰宅部失格だ。

 どうか俺の勘違いが当たりませんように。

 




 放課後が来てしまった。


 白奈が2人っきりになりたいと言ってから授業に集中できなかった。

 2人っきりになって話がしたい、と訊かれたら男子高校生の9割は「告白」の2文字が浮かぶ。残り1割はどうぞ精力剤でも摂取してください。

 教室を掃除中、俺の胸の内にある疑問が生じた。


 どうして白奈からの告白が怖いのだろう。


 勿論、告白されるとは決まってないし、完全に予想の話だ。しかし俺は告白されるという前提のもと薔薇園に向かうつもりでいる。それが怖いのだ。


 白奈は可愛い。

 保護欲をそそられるような可愛らしい人柄でモテてるはずだ。

 彼女が告白された時、俺は相談を受けたことがある。その際は断ったらしい。告白されるのだから好感度の高い女子として通っているはずだ。俺の認識は間違っていない。

 白奈が嫌いなわけでもないのになぜこうも避けたい気持ちが強いのだろうか。本当は嬉しいはずなのだ。だが俺の心は「恐怖」で濁っている。

  

 だから俺の勘違いであってほしい。

 ただの過剰な思い込みであってほしい。

 

 電話が鳴った。

 スマホの画面を確認しながら廊下に出る。アリナからだった。


「はい、アルジェリア大使館です」

「つまらないジョーク挟まなくていいから。面白くないわよ」

「はい、すみません」

「あんた薔薇園行くんでしょ。約束通りに花は撤去しておいたわ」

「マジかよ。意外と気が利くんだな」

 

 通話中、何気なく廊下を行き交う生徒たちを見ていたら、よく知っている生徒が耳にスマホを当てていた。


「お前、近くにいるなら直に来いよ……」

「切るわ」


 アリナがずかずかと近づいてきて俺と対面する。

 

「私は行かないからゆっくり楽しんできなさい」

「お嬢さん、変な意味に聞こえるからやめなさい」

「ほら、さっさと行きなさいよ。掃除なら私が代行するから行きなさい」

「本気で言ってんのか? あの極悪人・日羽アリナが人のために自分を犠牲にするだと?」

「ほら早く行って。このクラスをいつまで汚染し続けるの、ゾンビ」

「お前もゾンビにしてやろうか。美味そうな肉付きしてやがる」

「はいはい、殺すわよ」

「わかりました、行きますから、行きますから握り拳を作らないでください」


 俺からホウキを奪い、アリナは俺のクラスに入っていった。

 案の定クラスメイトは仰天していた。アリナはその反応を寧ろ楽しんでいるようで、「どこを掃除すればいいの」とマジで掃除し始めた。その行動力を常に発揮していればいいのにと思う。読書ばかりに集中するよりずっと輝いている。

 彼女の行動を無駄にするわけにもいかず、しぶしぶ薔薇園へと向かった。

 


 薔薇園のある階は静かだ。

 静かな理由の根本は少子化にある。年々生徒が減っているから不要な空間が同時に増える。それでも全校生徒が700人以上いるのだからまだまだ存在し続ける学校ではある。

 この階に寄らないのが普通だ。たまにトイレが混んでいてこの階に上がってくるぐらいだろう。他に用のある生徒なんていない。だからこの階は俺とアリナだけが利用していると言ってもいい。


 薔薇園に着いて息をのむ。

 白奈はいるのだろうか。だがもう引けない。

 引き戸に手を掛けて開ける。

 視界に飛び込んできたのは白奈ではなく、少し花が増えた薔薇園だった。


「あいつ撤去したんじゃなかったのかよ!」

 

 以前から数はあったが、数個増えている。

 その花に気を取られて机上の紙に気づくのが遅れた。A4用紙には手書きでこう書かかれていた。


〈記念日は華やかでないとね〉


 フラットな字体でそう書かれている。アリナだ。今頃ほくそ笑んで掃除をしていることだろう。

 置き手紙をポケットに突っ込み、椅子に座った。もうこの際このままでいい。花を隠す場所もないし、今更撤収作業をしている最中に白奈が来てしまったら説明が面倒だ。全て受け入れよう。あいつは許さん。

 

 待つこと数分。

 小さいノックで落ち着いていた鼓動が再び早まる。


「どうぞ」


 引き戸が静かに動く。白奈だ。


「うわぁ。すごい。綺麗な花」

「俺も知らんがこうなってた」

「綺麗だね。これ、飾り物?」

「え、これ生きた花じゃないのかぁ!?」


 すみません、白奈さん。全て知っているんです。この花が死んでいることも、なぜこの花があるのかも。

 俺は嘘をつくのが苦手だ。心苦しくなる。


「部活は大丈夫なのか?」

「うん。少しだけだから」


 少しだけ。少しだけで終わる話。

 

「そ、そうか。で、話ってなんだ?」


 緊張で口が回らない。手が湿り始めている。現実が希薄する感覚。足が地についていない感じ。気持ちが高ぶっているのがわかった。

 白奈は言い出しにくそうに黙った。しかしほんの数秒の沈黙だった。

 彼女は俺の目を見た。逸らしそうになってしまう。でも逸らしてちゃいけない。

 いつも以上に繊細に白奈が映った。

 毛先も虹彩も、俺が知ってる白奈じゃないみたいだった。


 そしてゆっくりと彼女の口が開いた。


「テニス部の後輩がね、アリナさんに告白したいんだって」

「……は?」


 ぼくの緊張を返してください。

 

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