第10話 戦場の鶴

 なんだかんだでテストは終わり、結果は前より成績上昇といった感じだ。

 アリナの勉強に対する姿勢に感化されたおかげだろう。

 

 解答用紙が返却されて数日が経ったある日。

 なにやら廊下がざわめいていた。気になって教室から出ると成績優秀者が張り出されていた。成績優秀順に20位まで出されていて、アリナは4位だった。どんだけ頭いいんだよ。俺にも少しくらいその脳細胞をわけてほしいくらいだ。


 気になる1位は二渡にわたりつる


 1位はやはり不動だった。二渡鶴も謎めいた女で有名だ。

 アリナは悪い意味で有名だが、鶴は才女で名が通っている。名前自体は古風な雰囲気なのだが鶴の容姿はギャル寄りだ。自然なギャル、みたいな。ギャル知識皆無ゆえに適当に言ってるが間違いなくギャルだ。彼女と話したことはなかった。


 俺は昼休みを使って赤草先生を訪ねた。

 再三言うが赤草先生は美人だ。先生たちの間でももちろん、男子生徒の間でも人気がある。


「先生」

「あら、彗くん」

「アリナのことで来ました」

「そういうことね。彼女に何か変化はあった?」

「そうですね、確かに多少変わったような気もしなくはないですね。最初は拒否されまくっていましたが、最近になってやっと会話が成立した回数が増えました。意外とあいつ喋るんですね」

「そうよ。いい成果が聞けてよかったわ。今後ともよろしくね」

「もちろんですが……」

「なぁに?」


 俺はずっと疑問に思っていたことを訊いた。


「この活動が不要になる時期や条件を教えてくれませんか?」


 俺はこれが知りたかった。

 どこに終着点があるのかわからない。アリナを更生させる、という抽象的なテーマがあるだけで具体的な方針がない。

 いずれ怠慢になる未来が見えている。はっきりとしたゴールがなければ崩壊する。一般的な部活動には大会やコンクールなどがあって、そう遠くない目標が設定されているが俺たちにはそんな大それたものはない。

 俺たちがやっていることは暇つぶしにしかなっていないのかもしれない。適当に『何か』のために集まってる。そんな気がしてならない。


「正直、私の判断で決めようと思っていました」

「それでは困ります。俺は気付かないうちにアリナに無益なことをし続けてしまうかもしれません。そうはしたくないし、俺だって時間を無駄にしたくありません」


 少々強めに言ってしまったことを悔やんだ。赤草先生が困惑している。


「ごめんね。私の要望としてはアリナさんには交友関係を発展させてほしいの」


 ダメだ。

 それは俺に「傲慢で身勝手なことをしなさい」と言っているようなものだ。

 他人の人間関係を掻き乱すつもりはないし、本人が望んでもいないのにずかずかと介入するなんて愚かすぎる。友達がいないのなら作ってあげましょう、なんていうのは腹が立つ話だ。アリナなら尚更だろう。なぜ憐れまなければならないんだ、とでも言うはずだ。

 

「先生、流石に無理ですよ。それとも先生は何か伝えたいんでしょうか?」

 

 先生は曖昧に「いいえ」と流した。直接伝えられないアリナに関することが確実にある。先生は俺に隠している。

 きっとそれが彼女の抱える大きな問題なのだ。だがやすやすと踏み込んでいい領域ではないし、そんな権利は俺にないと初めからわかっている。


「わかりました。とりあえず今の方法でアリナをサポートしてみます」

「ありがとう。お願いね」


 晴れぬ霧の中を歩いているような気分で教室に戻り、俺は真琴の席に行った。


「なあ真琴。仮に自分に友人がいないとして、突然『友だち作ってあげる』って言われたら普通はどう思う?」

「いつも突然だなー」

「すまんな。で、どう思う」

「嫌な気持ちになるんじゃない? なんか見下されてるような感覚になるな。あげる、ってところが。あくまで俺の場合。ありがたく受け取る人もいると思うけど」

「イエス。やっぱそうだよな」

「何かあった?」

「いいや。自分が正常か不安になっただけだ」


 真琴は首を傾けた。こんな話をされたら誰だって裏がある思うだろう。

 

 中間テストが終わったため今日からまた活動を始めるわけだが、アリナが来るのかは不明だ。中間テストを節目としてフェードアウトする予感がする。

 そうなるとアリナを説得する手間が生じるため、是非とも来ていただきたいのだが、もし本人がいやなら手を差し出すこと自体、余計なことなのかもしれない。有難迷惑というやつだ。

 

 

 放課後、薔薇園に行く前に俺は売店に寄った。


 目的はクリームパンだ。


 だが美味いだけあって倍率は当然高い。素早さが勝利への鍵だ。俺はそれを心得ているので光速で向かう。

 しかし売店は既に戦場と化していた。塹壕から飛び出して敵の心臓めがけて疾走する突撃兵のごとく女子部員たちが戦利品を次々と掴んでレジに並ぶ。

 そういうわけで俺も手を伸ばす。もはやパンが見えない。きっと女子部員たちは俺を痴漢扱いするはずだ。それでも俺は戦った。だってパンが食べたいんだもの。しょうがないだろ。


「ちょっと君!」


 叱咤するような声色で警察かと思い、咄嗟に手を引っ込め直立してしまった。

 顔を赤らめている女子生徒1人が俺の前に立ち塞がる。


「い、いま触ったでしょ! サイテイッ!」

「触ったのはパンです。何もしてないです。本当です。ごめんなさい」

「まぁ故意じゃないならいいけど。あれ……榊木だっけ?」

「ん?」

「私、同じクラスの鶴だよ。そういやまだ一度も話したことなかったね」


 学年トップの頭脳をお持ちの二渡鶴がそこにいた。

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