第33話 失恋シンデレラの糸車

 私はバルを出た。そのまま歩いて地下鉄に乗ればいいけれど、今日はとにかく歩きたかった。

 歩いているうちに、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。雨脚はひどくなっていく。私は持っていた傘を差さなかった。ただ、濡れていた。涙は、雨がやさしく隠してくれた。目の充血も、突然の衝撃も。


 金髪の美女。その女性と、結瀬副社長は、かぎ針編みをしていた。


 私でなくても、よかった。きっと、そのきれいな人に心を移してしまったんだ。


 彼は恋人じゃない。そう、私の片思いだったんだ。

 どこかで期待していた。いつまでも、副社長と……桐哉さんと編み物をしていける未来を。


 糸玉の中でからまって、結び目ができてほどけなくなった糸は、いつかぷつんとはさみで切られてしまうというのに……。


 私は、深夜に部屋にたどり着いた。そのまま、濡れた服を脱いで洗濯機に放り込むと、ルームウエアに着替えた。そして、真っ暗な部屋の中で、ベッドに倒れこんだ。

 そのまま私は、夜が明けるまで、明かりもつけずに涙の海に溺れた。桐哉さんとのやさしいクロシェレッスンの記憶が、私を包んでくれたけれど、幸せな思い出は涙をぬぐうことはできない。


 明日は日曜日。レッスンの日。私は、ある覚悟をしていた……。


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