第16話 エリートの悩み

「鎖編み、きれいに編めていますか?」

「はい。少し編み目がきついですけれど、それは個性ですから。むしろ、レースを編むのならこのくらいのきつさの方がしっかり模様が出ますし、私はうらやましいです」

 思った通りのことをうつむき加減に伝えると、桐哉さんの表情が少しだけ曇った。

「あの、何か気に障りましたか……?」

 こわごわ尋ねると、彼はすぐに微笑んでみせた。曇った夜空に浮かんだ月から差し込む銀色の光のような弱弱しい笑みだ。

「いいえ。個性、か……。結さんは、僕を肯定してくれるんですね」

「え……?」

「僕の編み目をそんな風に言ってくれる人は初めてです。僕は、ニッターとしては個性がなくて。留学先のイギリスでも、もっと自分を出せ、表現しろと言われてきました。でも、日本の学校で画一的な教育を受けてきて、その中で這い上がってきた僕のような人間が、いきなり自分を表現しろと言われても、とまどうばかりでした。僕はニットが好きといっても、スタイルブックに載っている作品を模倣して編んで、テクニックを磨いて、それで満足していましたから。ニットにはテストがない、だから対策ができない。難しいですよ、僕には」

 桐哉さんがぽつりぽつりと話す姿の向こうに、なぜか夜も明かりをつけて机に向かう孤独な少年の背中が見えた気がした。エリートだと思っていた桐哉さんにも、こんな人間的な悩みがあったんだ。

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