第12話

「で、キャプテン。これからどうする?」

「それなんだよなー。何とか戦力を整えんと、こっから先には行けないのが分かっちまったから、船と人を増やさなきゃなんないんだ。」


やいのやいのと盛り上がる蛇と鳥とババァ戦闘班を尻目に、酒場の一角ではアイリーンを含む他のメンバーによって真面目な話し合いが行われていた。


脳筋達戦闘班の体育会系のノリに巻き込まれるのを避けるべく、日本のサラリーマンの必須スキル『空気を読む』を発動させて東郷はさりげなくその一角に身を寄せた。


「ああ、東郷君か…」


東郷にそう声をかけたのは、アイリーン一行随一の巨躯を誇るオークの男『ボードウィン』だ。


「すみません、ボードウィンさん。ちょっとの空気に面食らっちゃって…」

「ふふ、まぁそれも仕方あるまい。君は冒険者になったばかりだ。あのノリに慣れるのは少し時間がかかるだろう。」

「ああいった雰囲気は嫌いじゃないんですが…そう言って貰えると助かります。」


このボードウィンという男、戦闘時にはその巨体でもって戦槌を振るい鬼神もかくやという暴れっぷりを見せるが、普段は非常に理知的なオークである。

冒険者になる前は、北方の離島で農業に勤しむ傍ら島の子供達相手に教師の真似事をしていた。

ある時島が飢饉に見舞われ、口減らしに…となったところ奴隷として自分を売り、村の窮状を救ったのだという。

心優しい力持ちを地で行くオーク、それが『ボードウィン』だった。

…因みに彼にはとある欠点がある。それはモテるということ。

その、圧倒的な包容力により男女の区別無く人を惹き付ける為、実はアイリーン一行の中でも屈指のトラブルメーカーだったりする。

この島に来るまでに聞かされた『老貴族の男性に求婚された話』で東郷は序盤はドン引き、中盤で爆笑、しかし最後には号泣した。


「で、皆さんは一体何の話を?」

「あぁ。東郷君はその辺りもよく分からないんだったね…そうだなぁ。端的に言うと今の僕達には色々と足りてないんだ。」

「色々ですか?」

「うん。まず、僕達は人類の活動圏を広げるべく西から東へと冒険をしている。」


そう言って、ボードウィンは指輪を撫でた。

すると、そこから光が投射され東郷の前の空間に海図が投影される。


「これは冒険者ギルドで買える海図魔法だよ。」

「うぇっ!?」


突然目の前に現れた立体的な海図に東郷が驚きの悲鳴を上げた。


「ふふ、驚いたかい?さて、僕らが今いる島がここだ。」


そう言って、ボードウィンが投影された海図の端にある、島を指差す。するとそこに赤いピンが表示された。


「ここから東が、人類の未踏破海域だ。」


その指の示す先は中空。何もない空間を指してボードウィンはそう言った。


「東郷君が来るまでに、僕たちもそれなりの冒険をしてきたんだ。そして仲間を集めたり装備を整えたりして、準備万端でこの未踏破海域へと漕ぎ出した…けれど、全然足りなかったんだ。」


そう前置きして、ボードウィンは東郷に未踏破海域での出来事を聞かせる。


航海して三日目に突然の嵐に遭い、船に損傷が出る。

五日目で修理を済ませ、先を目指したが七日目で海竜に遭遇。そいつを何とか仕留めるものの、その戦闘の最中にアイリーン船長が海に落ちた。

十中八九死んでるであろうアイリーン船長を諦めきれず七日ほど彷徨いていた所で、サバイバルしていたアイリーンと東郷を拾ってこの島まで戻ってきたらしい。


「ポツポツと島はあるんだけどね、どれも君とキャプテンが居た島みたいに何もないんだ。水に食糧、戦闘頻度を考えると武器弾薬も船に積める分では到底足りない。」


「…それだけじゃねぇ、単純に戦力も足りてねぇ。探査能力何かももう少し欲しいところだ。」


渋くハードボイルドな声が、ボードウィンと東郷の会話に割り込んできた。

その声の主は、ポケットから紙巻煙草を取り出し点火魔法フュエゴで火をつける。

一連の動作が酷く自然で様になっているが、東郷の腰の上ほど迄しかない背丈と直立する犬といった出で立ちが、煙草を吸うという仕草を酷くアンバランス物にしている。

アイリーン一行の癒し系ハードボイルドコボルト、『レオン・グレイブヤード』その人である。

彼は匂いや音に敏感なコボルトの特性を活かして船の目となる人物で、戦闘時には短銃に長銃、ボウガンと言った射撃武器を使いこなして味方の支援を行う。

アイリーン一行の縁の下の力持ちと言ったところだろうか。


「足りねぇのはそれだけじゃねぇ。色々揃えるための金も足りねんだなぁこれが。」


会話にアイリーンも加わる。


「あはは、ナイナイ尽くしですねぇ…」


曖昧に相槌を打つ東郷だったが、その内心では


「(ヒト、モノ、カネが足りない小規模事業者…ブラック一直線…ウッ頭が…)」


と、怯えていた。


「リアライズ号も入渠中ドック入りしてますし。一隻単位パーティークエストは受けられませんね。」

「…取り敢えずリアライズ号の修理が終わるまで、個人単位ソロクエストで各々稼ぐしか無いだろうが…どうするよ、キャプテン船長?」


ボードウィンとレオンがアイリーンに問いかける。


「うぁぁん、どーすっかなぁぁぁ…」


アイリーンはぐるりと視線を廻らせて、短時間で死屍累々となった馬鹿野郎達戦闘班の所で目を止め、更に視線を廻らせて東郷を見る。


「よし、トーゴー。お前さん、あいつらと組んで個人単位ソロクエスト受けて稼いで来い。」

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フルセイル!~現代人が海冒険者になって海ゴブリンや海賊と戦ったり海ダンジョンでロマンを求めるお話~ トクルル @TKLL

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