第10話
冒険者ギルドを後にした東郷とアイリーンは、『
「さて…わからんことだらけだろうから、色々説明してやろう。取り敢えず、さっきの指輪を見てみろ。」
言われて、東郷が右手に輝く指輪を見る。
「まずこの指輪だが、冒険者としての身分証であり、ある種の魔道具だ。」
「魔道具…ですか?」
「そうだ。こいつを身に付けていれば、簡単な火の魔法と水の魔法、それに翻訳魔法が使えるようになる。」
「そ、それはまた…便利な…」
「おう、結構な優れものだぞ。火の魔法と水の魔法は、航海中にお前さんも何度か見ただろう?」
「はい。」
「翻訳魔法は、指輪を持つもの同士の会話を文字通り翻訳する。冒険者ではない人間とだって会話出来るようになる。このおかけで冒険者登録をしてなかったお前さんは他のやつらと会話が出来てた訳だ。こいつがあれば未開の地でも、会話出来るやつとは意志疎通が出来るのさ。」
「な、成る程。」
レトロな世界だと思っていたが、現代日本にも無かった超技術が突如飛び出してきて面喰らう東郷。
「でだ…この指輪だが…どういう仕組みで動いてんのか、殆ど分かってねぇ。」
「え?」
そう言われて、東郷は指に光る小さなアクセサリーを改めてまじまじと見つめる。
「錆びない、溶けない、壊れない、汚れない。色んな奴が、色んな事を試したがこの指輪は傷ひとつ負わねぇ。」
「お、おぉう。」
そう言われると、大層貴重な物に思えてくるから不思議だが…
「まぁ、数はかなり出回ってるから売ったりするほどの価値もねぇんだが。で、だ。アタシらはとりあえずこれが魔法で動いてる…と、そういうことにしている。」
「で、でも、ナノマシンって…」
「そう、それだよ、
「えっと…か、身体の中に目に見えない程の小さな機械を入れて、び、病気の治療とかをするための…で、でも実用化とかは全然されてなくて、あくまでも架空の話の中の…」
「そこだ。」
アイリーンの表情が、険しいものに変わる。
「少なくとも、ナノマシンが機械だってことは、一般的には知られてない。ましてや、こいつが病気を治すために使われるなんて概念をアタシらは持ってない。」
「で、でも、それが何の役に立つんです?」
「さぁな?」
「さ、さぁって…」
「だが、その知識だけでも冒険者ギルドはお前に目をつけるぞ。間違いなく。今使われてる登録システム、お前なら、新しい機能を使えるように出来るかもしれない。今まで、使い方がわからなかったガラクタがお宝に化けるかもしれない。この海に流れ着く、或いは沈んでいる色んな宝箱。それを開く鍵になるかもしれない。」
「…」
そこまで言って、アイリーンは表情を少し和らげる。
「まぁ、冒険者ギルドに囲われて、職員になるのも一つの手だ。ギルドで尻で椅子磨いて待ってりゃ、いつかお前さんがええっと…ジャパンのトーキョーだったか?そこに帰りつく為の手がかりが転がり込んでくる…かもしれない。」
「…。」
東郷は考える。
(ここにたどり着く迄に、冒険者が危険に曝される職業だって言うことは、嫌というほど思い知った。無人島での飢えと渇きと絶望…河童との戦闘だって、すげぇびびった。正直、冒険者ギルドにいた方が不思議なアイテムと関わる機会は多いかもしれない…)
東郷は自分の右腕を見た。
まだ、ここに…この世界に来てから一ヶ月も経っていない。
にも拘らず、彼の右腕は濃く日に焼けていたし、船の上で負った小さな擦り傷や切り傷で、瘡蓋と生傷だらけだった。
(俺は、この世界の事を何も知らない…いや、この世界の人達だって自分達の世界についてわからないことだらけみたいだ…)
東郷は、自分の右の掌を見つめる。
船上で日常的にロープを扱い、闘うための武器を握った。
薬指の付け根にいつの間にか出来ていたマメが痛む。東京にいた頃に比べて、掌の皮が少し厚くなっている気がした。
(あぁ…そっか…)
そして、ふと気付かされた。
東京にいた頃、社会人として生活していた世界に比べて、今の自分は船上での世界を知っている。
自分の世界が広がった気がした。
(そうか…ここが何処であれ、今、自分の思うままに世界を広げて良いのか。)
東郷が何を思ったか、何に気付いたかを悟ったようなタイミングで、アイリーンが笑みを漏らす。
「ふふっ。流されるままの死にそうな顔から、ちったぁ見れる顔にはなったか。」
「えっ?」
「お前さん、あの無人島じゃぁ結構良い面構えだったのに、海の上で考える時間が与えられる度にどんどん表情が減ってくもんだから心配になったぜ。」
「うぇっ。」
目の前の女性に、確りと観察されていた事に東郷は気恥ずかしさを覚えた。
「良いね、世界を拓こうって男の顔だ。」
そうして、東郷に不敵に笑いかけるアイリーン。
何だか自分が認められた様で嬉しくなり、憎まれ口を叩く。
「その青アザも、立派な冒険者の顔って奴ですか?あたっ。」
アイリーンが立ち上がり、東郷の頭を小突く。
「言うじゃねぇか、新入り。おらっ、行くぞ。新しい冒険者様の歓迎会だ!」
そう言って、船室から出るアイリーンを追いかける。
年下で、でも冒険者としての先達。
東郷には、アイリーンの背中がとても大きく感じられた。
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