第3話
アイリーンの探るような鋭い眼差しに射ぬかれた東郷は、身を固くした。
彼の中に自信の境遇を彼女に話すことで、何かしら不利益を被るかもしれないという不安が生まれる。
しかし、その不安も彼が自身の置かれた状況を思えば霧散して行く。
まぁ、良いか。と。
どうせこんな何もない大海のど真ん中では、彼女に頼るしか無いと気付いたからである。
下手に隠して、彼女に不信感を持たれる方が余程不利益を被るだろうと。
(まぁ、何とかなるだろ。)
東郷謙二、彼はあまり物事を深く考えない質であった。
「あー、えっとですね。信じて貰えないかもしれませんが、多分自分は違う世界の人間でして…」
東郷はアイリーンに自分の居た世界の事を話した。
最初は懐疑的だったアイリーンの表情もも、東郷の話を聞くにつれて興味深げなそれへと変わっていった。
そして、東郷が証拠の1つとしてスマートフォンを使って見せた時など、満面の笑みを浮かべてそれを見ていた。
一通り話を終えた頃、東郷は彼女に訊ねた。
「何か、アイリーンさん、随分すんなり信じてくれますね?」
「ん?あぁ。信じるってのも…少し違うが…まぁ、そのスマホやらペットボトルやら見たことも無いモン持ってるからなぁ。それに、海で冒険者やってりゃ理解の及ばない物事の一つや二つ出くわすもんさ。」
「アイリーンさんは、その…ぼ、冒険者??なんですね。」
「あー、そうか。お前さんの所には冒険者は居ないのか。」
「やっぱり、あれですかね?モンスター倒したりとか?」
「ふむ。ええっと…トーゴーで良かったか?」
「あっはい。」
「トーゴーはこの世界について、全くもって何にも知らねぇんだよな?」
「お恥ずかしながら。」
「ならちょっくら教えてやろう。そうさなぁ。トーゴーの世界とアタシらの世界だと、多分1番違うのは魔術がある所だな。」
「ま、魔術ですか…」
「詳しい仕組みは、アタシにはさっぱりだがな。例えば…
「お、おぉぉっ!!」
アイリーンが何か呟くと、彼女の人差し指の先に赤く輝く魔方陣が現れ、そこからライターの物くらいの小さな火がついた。
「こんな感じでな?水を呼び出したり、風を吹かせたり。後は…そうだな、傷を癒したり、家を建てたりと色んな所で魔術を使ってる。多分、トーゴーの世界の科学とやらに相当するのが魔術だ。」
「すげぇ!」
年甲斐もなく、少年の様に目を輝かせる東郷にアイリーンは笑みを更に深くする。
「そして、この世界はそっちよりも、人の世が狭い。モンスターの襲撃やら何やらのせいで、人が踏み入れて居ない場所が山のように有る。」
「な、成る程。」
「そこで提案なんだが…東郷。お前さんも冒険者にならねぇか?」
「え?」
「この広い海は、未知や不思議で溢れている。海底遺跡に魔術を使う生物に、帰還者無しの魔の海域。それを見つけ、人の世界を広げるのも冒険者の仕事。だからと言っちゃ何だが冒険者に成るってのは、お前さんが元の世界に帰る方法を見つける方法の一つなのさ。この広い海の何処かにお前さんが帰る方法がある…気がする。」
「き、気がする?」
「なに、アタシの勘は良く当たるんだよ。」
東郷は、帰れるのならば元の世界に帰りたかった。
向こうに居る老齢の両親も心配だし、仕事だって出来ることが増えて楽しくなってきた所だ。
何よりも、自分が置かれている状況に対する怒りがあった。
何故自分が渇き、飢えてこんな絶海の孤島に居なければならないのか。
あまりに理不尽ではないかと。
「…その話、乗った。ええ、やってやりますよ、冒険者!」
東郷は、ヤケクソ気味に叫んだ。
帰還の方法が見つかるとは限らない、理不尽に対する怒りは有っても、拳の振り下ろす場所が見つからない。序でに言えば、ここが異世界であるならば、生きて行く為の術もまた知らない。
無い無い尽くしの八方塞がり。そんな中でのアイリーンからの提案は、東郷にとって只一筋垂らされた蜘蛛の糸であった。
そんな東郷を見て、アイリーンはこう告げた。
「良いね。ウジウジしてるのよりはよっぽど良い。当たればデカイのが、冒険者って職業さ。宝の一つも手に入れりゃぁ、酒も女も思いのままだ。楽な仕事だとは言えねぇが、ツラい事ばっかりでもねぇ。例え原動力が怒りや捨て鉢から来るもんであっても、折れずに居られる。お前さんは、冒険者に向いてるよ。アタシが保証する。」
唐突に誉められた東郷は、気恥ずかしさから頬を掻きつつ礼を述べる。
「あ、ありがとうございます…」
「よぉし、それじゃ手始めに!」
「手始めに?」
「…生きてこっから出るために、水と食いモンの確保だな。」
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