安いものを取り揃えています
にゃか
企業も売り抜いたら満足なわけで
とても素敵な服だった。
黒いトップス。体にフィットし、胸元にはギャザー。鎖骨がのぞいて首周りがすっきりして見えるのに、前かがみになっても胸が覗かない。
生地は綿混合。ややマットで、厚すぎず薄すぎず、やさしく保温しながら身を引き締めてくれる。
くすんだピンクのスカートにも、白い花柄スカートにも、タイトな濃緑のスカートにも、この黒はぴったり当てはまる。
まさに万能のパズルピース。
だけど、かなりハードなローテーションをしてしまったせいか、1年経つころには色あせてきてしまった。さらにとどめとして漂白液を浴びてしまう。たった1滴、かかっていたことに気づかずにいて、後日この茶色い汚れはなんだろうと気づいて後悔あとのまつり。
ああ、お気に入りだったのに。もうカーディガンの下で申し訳無さそうにしているしかない。
だが、待てよ? こいつはなんと大手ファッション系通販で仕入れた品だ。こんなすごいやつなのだ、きっと定番商品として残っているに違いない。
私は購入履歴をたどる。そして見つけた!
同じデザイン、しかも白色もあった。前は2980円だったのが2280円になっている。売れたため薄利多売にかじを切ったのか、はたまた企業努力のたまものなのか。
良いと思ったらスペアを買っておけと言ったのは誰だったけ?
迷わず黒白1点ずつをカートに入れて、私は到着を楽しみに待った。
そして到着した商品を前に、世界は崩壊していく。
それは残念なトップスだった。
テカる素材は安っぽく、たるんだ体にみっともなくまとわりつく。薄いポリエステル地で作られた胸元のギャザーは1回の洗濯で伸びて、立ち姿のままでも下にたわんでしまっている。
ここに大きな胸が収まったなら、あるいはギャザーはピンと伸びて格好よかったのかもしれない。そもそも大きな胸には、たいがいの胸開き服が似合うのだ。
スカートの上に出せば裾がだらしなく、中に入れれば滑って出てきて二段腹の再現のようになってしまう。
誰が、あれを、こんなひどいものに変えたのか。
怒りは動力となり、レビューに注がれた。
私は書く。
以前買ったときは素晴らしかった、なのに改悪されてしまった、悲しいです。買わなきゃよかった。
そして締めくくる。
値上がりしていいから、前の品質に戻してほしい。
投稿し、他に注がれたものを見てみるが辿れども辿れども、私のような過去をしのぶ怒りは見当たらない。
「素敵なデザインでした。スーツのインナーに最適です。でも、ちょっと大きかったです」
「生地は薄いですが透けはしません。このお値段なら納得です」
「お安いので洗い替えに何枚あってもいいです」
「値段相応でした。安かろう悪かろうですね」
「イメージが違いました。これならもっと安くていいと思います」
たまに褒めているのはサクラか、お世辞か。それか、よっぽど体が服に合っているのか。
そして、はるか昔の評価の中に私はそれらを見つける。
「とても素敵でした。これでもっとお値段が安ければ最高です」
「ちょっと高いけれどよい買い物でした」
「リピしたいです。もうちょっと安いと助かります」
良かったのに?
ドウシテ、安クナレ?
ああ。
私は納得する。
私が惚れたあのトップスには「もっとお値段が安ければ」がつけられたのだ。だから生地を見直され、縫製を見直され、ああなってしまったのだ。
値段にはその意味があるのに。
安いことに、安くなることにしか価値を感じないものたちが、壊したのだ。
「もっとお値段が安ければ」たちは満足しただろうか? 3千円を高いと言ったのだ、きっとリピートしになんか来ていまい。もし来ていたとして、また購入していたとして、その感想にはきっとこうつくに違いない。
「もっとお値段が安ければ最高です」
そして品質に満足しなかった場合はこう言うのだろうか。
「安かろう悪かろうでした」
安くて良い品――それは安いから良い品なのか。
私は茫然としつつ、今度からは良いと思ったら即スペアを購入しようと、誰かの格言に耳を傾けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます