とあるミステリー研究部の黎明期
ごま
なっさん
私はその人を常になっさんと呼んでいた。なのでここでもただなっさんと呼ぶことにしたい。
なっさんとの出会いは高校二年のことだ。進級して同じクラスとなったなっさんを見たとき、何かを見つけたような気持ちになった。
色白の肌にウェーブがかかった栗色のショートヘア。目元には一つほくろがある。口元にも。日中はすこし眠そうな目をしていて、休み時間はずっとひとりでスマートフォンをいじっていた。
そんな彼女が余り物の図書委員になることになったとき、私はためらうことなくその隣へと滑り込んだ。クラスメイトたちはそれを自己犠牲のように捉えてくれたが私としては得がたい機会だったのだ。
さらに事は上手く運んだ。貧乏くじを引いたと思っている他の図書委員たちは月二回の仕事を回避しようと躍起になった。暇そうで善良そうな人物を見つけて自分の当番を代わってもらうのだ。これは部活が忙しい等の理由ならば黙認された。なっさんと私はともに部活などしていなく、暇そうで善良そうな顔をしていた。なので週に二回は図書室で留守番することになった。
おかげで五月の中ごろとなれば、朝に教室で挨拶をする程度の仲にまではなれた。私としては非常に良いことだった。だが少しずつなっさんへの興味が薄れていたのはたしかだった。この少女もまたただのひねくれた少女なのだろうか、と。
私のその懸念を吹き飛ばしたのは五月末の出来事だ。私はラブホ街に壮年の男性と共に入っていくなっさんの姿を見たのだ。
ことの経緯はこうだ。
私は別の高校へといった友人と久しぶりに会う約束をしていた。その友人とは幼いころから付き合いだった。どことなく憎めないやつでいわゆる腐れ縁のような間柄だ。
待ち合わせ場所の駅前は日曜の昼前だからか混みあっていた。予定よりすこし早く到着していた私はぼんやりと屋根の下にある古ぼけた案内地図を見ていた。駅から東西に大通りが伸びている。その道に沿ってさまざまな店があるようだ。すこし外れるとビルやらなにやらが広がっている。住宅地のような区画もあって、その近くには小学校もあった。我々の目的地である映画館は大通りと国道が交わる付近にあった。少しばかり歩くことになりそうだった。私はそんなことを思いながら友人を待っていた。
予定時刻ちょうどに現れた彼は16歳になってもどこか少年のような愛らしさを残していて、ある種の女性の目を惹くような容姿をしていた。垢抜けた服装に私は驚きながらも、手を上げて自分の場所を示した。案内地図の前に立つ私を見つけた彼は人懐っこい笑顔でこちらへと走ってきた。
「やっちゃん。いつも通りさえねえ顔してんな」
「うっせえ。そういうケイはいつまでも子供っぽい」
「ははは。やっちゃん、久しぶりだなあ。おっし。映画の前にメシ食おうぜ、メシ」と彼は笑った。そして腕時計を見る。「予約してんだ」
「え? 高そうなとこはいやだよ」
「俺がおごるからさ、ええだろ?」
「おごる? お前に奢られるのは避けたいな」
「いいじゃんいいじゃん。俺、バイトしてっからさ。やっちゃんとは懐事情が違うわけ。半分社会人みたいなもんよ」
「まあいいさ。予約してるなら行こう。僕は自分で払えるものだけ食べる」
「やっちゃんは真面目すぎ! おっし。こっちだよ」と彼は先を歩き出した。
「スマホ見なくてもいいのか?」
「歩きスマホ禁止! というかよく行くとこだしふつーのイタリアンだよ。やっちゃんが警戒するようなへんなとこじゃねえし」と彼は振り返って笑った。
「そうか。ならいいけど」
そして我々は駅からほど近くにあるシャレたイタリア料理店に入ったのだった。ケイが言うように高級というほどの値段設定ではなかった。ただ高校生が気軽に入れるかと言うと別である。私はすこし物怖じしながらも案内された席に座った。通りに面した場所だった。店内はランチタイムなのでわりと混雑している。女性グループの客がほとんどだった。あとはまぎれるようにカップルが座っていた。
「予約しとかんと席とれんのよなあ、ここ」
「ふーん。よく予約できたね」
「よく来るからさ。おすすめはボロネーゼとか、パスタ系かな。自家製手打ちなんだってよ。あとはまあピザとかもある。コースで頼むのもありだ。いちおう聞いとくけどアレルギーとか嫌いなやつはある?」
「ない。おすすめの一番安いやつでいいよ」
「じゃあランチコースにすっか。いろいろ楽しめてコスパがいい。俺おごるし」
「だから僕はケイにおごられたくないって。というか人に恩を売りたくないんだ」
ケイはにやにやと私を見た。
「やっちゃんは変わらないね。でもいいんだ。俺、やっちゃんにも食べて欲しいからここに来たんだから」
「別に記念日でもなんでもないだろ」
「やっちゃんに会えたらそいつはもう記念日さ」
「きめえな」
「はははっ。頼んじゃうよ」
ケイはそう言って店員を呼び、二人前のランチコースを頼んだ。私は抵抗することを諦め、そのランチコースを楽しむことへと意識を移したのだった。
窓から眺める外は五月晴れで梅雨の気配はとんとない。繁華街の中を貫く通りを多くの人々が行き交っている。ティラミィスを待つ我々はそれぞれの近況を話しながらそんな様子を眺めていた。私がアイスコーヒーに口をつけたとき、その二人が目に入った。
一人は壮年の男性だ。頭はぼさついていて目つきがどことなく悪いが、休日のサラリーマンといった格好をしている。その男の腕に一人の少女がぶら下がっていた。それがなっさんだった。その二人組は駅の方から歩いてきていた。仲睦ましげに話しながら店の前を通り、ふとこちらを見たなっさんと目が合った。それだけだ。なっさんは表情を変えずに男との会話へと戻った。少ししてから二人は道を曲がった。
「なあ、やっちゃんの知り合い?」
「ん? ああ、そうかも」
「あのさきラブホしかねえべ」とケイはメロンソーダを啜ってから言った。
「は?」
「ラブホよ、ラブホ。パパ活じゃねえの。ごくろうなこった。まああんくらいの容姿だとけっこう稼げそうだな」
私は沈黙した。それからティラミスがきた。話はそれで途切れた。だが私の思考はずっとなっさんのあの表情にあった。あの少女もあんなふうに笑うのだと、私は反芻していたのだ。
それからランチを終えた我々は予定通りに映画を見に行った。恋愛ミステリーものだった。シートはほぼ満席でどことなくカップルが多いようにも見えた。内容はあまり覚えていない。ケイが多少驚いていたりしていたので面白い映画であったのだろう。その日はそれで別れた。また会おう、とケイは別れ際に言った。どう応えたかは記憶が無い。
なっさんが壮年の男性と歩いていたと言う事実だけで、『パパ活』をしていたと結論付けるのも早計のように思えるだろう。だが私がなっさんと会う前に聞いていた彼女に関するウワサはそれを支持するようなものばかりであったのだ。夏休みには特殊詐欺の幇助をやって警察から事情聴取を受けていたとか、中学時代担任教師をいじめて地方に飛ばしたとか、そしてなによりも多くの男性と援助交際をやっているというそのままなウワサもあった。
その日の放課後、私となっさんは貸し出しカウンターに座っていた。利用者はいない。なっさんはぼんやりと机に頬杖をついている。開いた窓からは運動部のかけごえがかすかに響いていた。カーテンが大きくふくらむ。私は立ち上がり窓を閉めた。空では雲がするすると流れている。席に戻るとなっさんは私を見ていた。
「ん? 閉めないほうがよかった?」
「いいや。ウチも気になってた」となっさんは微笑んだ。
「あ、返却ボックスのやつ処理してないや」
「うん。ウチもいま思い出した」となっさんは立ち上がり私と共に廊下にある返却ボックスへと向かった。裏にある戸をあけて中身を取り出して行く。十冊ほどあった。二人で半分ずつ持ってカウンターに運ぶ。バーコードを読み取って返却処理を施し、それぞれを元にあった場所へと戻していく。約二十分ほどの作業だ。その間に利用者が一人来た。女子生徒だった。
彼女は一度文庫本エリアをフラフラしてから単行本エリアに向かった。ミステリー関係の場所で立ち止まり一冊の本を棚から抜き取った。そのままカウンターに行き、なっさんに本と渡す。なっさんは貸出期間一週間です、と言って仕事を済ました。女子生徒は図書室から出て行き、また二人きりとなる。なっさんが私のほうを見ていた。
「どうした?」
「ついさっき戻した本なんだよね、あれ」
「へえ。人気なのかな」
「昔のミステリー小説。ウチも読んだことある」
「おもしろいん?」
「人によると思う。とはいえそう流行するものでもないんだが」となっさんはあごを撫でた。「不思議だね?」
「誰かがテレビで紹介したんじゃない? なっさん、どうせテレビとか見ない人でしょ」
「ウチはバリバリのテレビっ子よ。居間にある有機ELのでっかいやつでよく見てるんや。んで、ウチの見てる限りじゃあれ、流行ってないね」
「ふうん。僕は流行に疎いからそういうのわからないな。テレビじゃないならSNSとかじゃないの。どっかのコミュニティでバズったとか」
「ウチはSNS中毒者でもある。ウェブ上のだいたいのトレンドは把握してるだが、そのトレンドの中にはどこにもあの本は存在していない」
私はなっさんの隣に座った。なっさんがこういうことを話題にするのは初めてのことだった。私はなっさんのその色白の顔を見つめてから応えた。
「ならなっさんが把握していないコミュニティでバズったんだろ」
「ほお、SNSトレンドウィキと言われているウチが把握していないバズか」
「簡単な話だ。ここの学校だけで流行ってるんだよ。先生が授業で紹介したんだ。んで気になった生徒が借りにくるわけ」
なっさんは大きく笑った。
「いやあ、やっぱキミおもろいな。たしかにキミの言うようにこの学校だけで流行ってるのかもしれん」
「そんなに気にすることか?」
「このミステリー小説は教師と生徒の恋模様も書いてあるわけなんだが、そんな内容のものを紹介する度胸のある教師がこの高校にいると思うかい?」
私は口を閉ざした。なっさんはその白魚のような指で机を撫でる。
「もちろんのことだが、これは有効な反論ではない。ウチもキミの推論に納得してしまった。たしかにウチはこの高校のトレンドにすんばらしく疎い。しゃべるのはキミぐらいで、しかもそのキミもトレンドにはまったく興味を持っていないというわけだ。トレンドを知るすべがまったくない」
「なっさんだってその気になれば僕以外にも話し相手くらいできるだろ。休み時間ずっとスマホ見てっからだよ」
「ウチも話したいさ。ただ、なんというかすんばらしく距離感がある。とくに女子から。おそらくいろんな誤解がそうさせてるわけだが、それをどう解くか皆目見当がつかない」
「ほんとに誤解なの?」と私は聞いていた。
「君の場合だとウチがパパ活してるってことかな?」
「そうだ。なっさん、僕のこと見ただろ。日曜のあの店でさ」
「うむ。ウチは君を見たよ。男の人の腕にぶら下がりながらね」
「……、それから道を曲がってホテル街に入っていったよね?」
そう私が聞くと、なっさんは自分のあごを撫でた。
「質問を質問で返して申し訳ないが、君はあそこの店もあそこの駅に降りるのもはじめてだったかい?」
「初めてだよ。ホテル街ってのは友だちに聞いた」
「友だちっていうのは君の向かいに座ってたシャレた男のことか?」
「そう」
「なるほど。がってんだ」
そう言ってなっさんは立ち上がって窓の方へと行った。カーテンをめくって空模様を眺め始める。私は頬杖をついてなっさんの後姿を観察していた。華奢な体つきだ。だが出ているところは出ている。いつ見ても目につくのがそのかたちのいいふくらはぎだ。足首がしまっているのでなんらかの運動をしていたようにも見える。ブラウンのカーディガンの袖を握ってなっさんは振り返った。
「君はバイトしてる?」
「いいや。してない」
「あそこの店はそんなに安くはなかっただろ?」
「よく知ってるね。おごってもらったよ。アイツはバイトしてるみたいだから」
なっさんはフッと笑って私の隣へと戻ってきた。
「もしかしてだがランチのあとその友人とは『花束にナイフを』ってやつを見に行ったんじゃないかな?」
「ん? そうだが。なんで知ってるん?」
「ウチらも見に行ってたから」
「へえ。人気なんだな」
「最近のミステリー系の映画としては売れてるほうだね。ウチとしては少し物足りなかったけど。えっちな恋愛要素が強すぎた」
「エッチってなっさんは慣れたもんじゃないのか」
「ふぅう。ウチはそう思われている節があるが、これでも純真初心なオトメよ」
「じゃあなんで男の腕にぶら下がるの?」
「ラクするため。というかキミは見比べてわからんかったのか?」
「は?」と私はにやにやしているなっさんを見た。
「キミはモノを見ているようで見ていないんだな。たとえばこの鼻とあのおっさんの鼻は似てなかったか? あるいはくせっ毛気味なとことか」
「……、つまりなっさんはあの男は親族、あるいはそれに属したなにかだと言いたいわけか」
「なかなか慎重だな。あのおっさんはウチのパパだよ。ちょうど映画を見に行くところだったんだ。さっき言ったやつをね」
私はその話を聞いてすこしがっかりした。そうだ。なっさんはどこか別の世界の人間であって欲しかったのだ。休日に父親と映画を見に行くような普通の人間であって欲しくなかった。そんな私の様子に気がついたのか、なっさんは不思議そうに私を見た。
「キミはウチによっぽどパパ活してて欲しかったみたいだな」
「いいや、そうでもないさ。ただなんというか、なっさんもそういうふつーの生き方をしてるんだってなんか安心した」
「ふつーの生き方か。……、ウチは極度の巻き込まれ体質でね、いわゆる事件とか面倒ごとによく出会うんだ。おかげで周りには疫病神かなんかと間違われる。ただイロイロ経験したからほんとにヤバいところの手前ってのは分かるようになった。ぴぴっと来ちゃうわけ。こいつはめっちゃめんどうになるぞって。んで、今回もそのニオイがしてる」
「どういうこと?」
「キミは何も感じなかったの? ならもうすこしモノを見たほうがいい」
私は首をかしげた。
「本の話? あれは教師が薦めたわけじゃないならなんか危ないことになる?」
「あれか。思い出したんだが映画を見てたらキミも気がつくはずだよ。ただミステリーにネタバレは厳禁だからね。トレンドにはならずひっそり流行るんだろう。だけど、そっちじゃないよ」
「じゃあなんだ?」
「ウチがどうしてパパ活してるって思った?」
「そりゃ、なっさんが男とホテル街に入っていったんだからさ。親子といえどそんなとこ入るなよ。無用な誤解が生まれるだろ」
「あの通りからぱっと見、あそこがホテル街につながってるってわかる?」
「……、いや」と私は案内地図を思い出した。
「いかなきゃわからんのよね。繁華街の道からだいぶ外れたとこにあるからね、たいていのホテル街ってのは。それなのにあの道のさきにそれがあるって知ってるのはどうなんだろな」
「たまたまじゃないのか」
「キミの友人はウチらと同じ年でしょ?」
「ああ」
「たいていの高校生カップルがコトを済ますのはそれぞれの自宅が多いというデータもある。ホテル代も高いだろうし、幼いように見えるとなにより断られることもあるようだ」
「何が言いたいんだよ?」
なっさんはじっと私を見た。私は生涯その灰色の瞳を忘れないだろう。
「まず目に付いたのは彼の服装。なかなかのブランド物でまとめられていた。靴も、腕時計も。ふつーの高校生じゃ揃えられないくらいのね。そしてあの店だ。あそこは女性に人気のとこ。ロカボパスタなるものが有名だ。男子高校生が知るにはなかなか難しいように思える。そして、ホテル街の場所を知ってたんだろ。ウチがこれらの事実を知って妄想できるのはたった一つしかないよ。その友人の昔を知っているキミならもっとはっきり分かるはずだが」
「……、全然分からない」
「若さに欲情するのは男だけじゃない。ああいう感じの男の子をどうかしたいと思う女の人は意外と多いよ。ウチはああいうの趣味じゃないけど」
「なっさんはつまり、ケイは自分を売っていたと言いたいのか?」
「うむぅ、まあね」
私はため息をついた。
「証拠もないからお互いで言い合ってるだけに思えるけど」
「……むむぅ」となっさんはうつむいた。その少し悔しそうな顔を見て、私は思わず笑っていた。
「でもさ、ケイがそうだとしてもどうして僕がめんどうごとに巻きこまれるんだ?」
なっさんは唖然とした顔で私を見た。
「そんなんもわからんの?」
「ん? わからんけども」
「キミはそうだな、もう少し危機感を持ったほうがいい。そういう男に好かれているってことはその客とのめんどうごとに巻き込まれる可能性が高い。女ってのは嫉妬深いからね」
「好かれてる? 僕が?」
「そうだよ。キミ、その友人がランチから映画に誘うなんてどうみてもデートを想定してるじゃないか。下手したらそのままウワサのホテル街まで行ってたかも。……あっ。まさか」
「行ってないよ! でも、ケイが僕を?」
なっさんは心底呆れた顔でため息をついた。
「キミの言動はそりゃかわいいもんじゃないが、容姿はそうじゃないことを自覚したほうがいい」
「そう言われてもね」
「なら今日から自覚しておくように。キミだってまだ16歳の少女に過ぎない」
「かわいいって言ってもなっさんほどじゃないじゃん。僕のかわいいはまあまあだろ。たで食う虫も好き好きって感じのかわいさじゃないのか?」
「お、おう」となっさんは面食らった顔をした。
「でしょ?」
「いや、キミのかわいさはまあ、わりと正統的だと思うぞ。さらさらした黒髪ってのはそれだけで価値があるよ」
「なっさんのふわふわした茶色の髪のほうがいい」
「湿度が高くなるとよりくるくるするぞ、これ」
「いいじゃん。かわいい」
そう私が言うとなっさんはため息をついた。
「なんにせよ、キミがその友人の男に好かれてるのは変わらない。だが、これからも付き合いを続けるかはキミ次第だな。ウチは忠告するだけ」
「ケイはバカだけど、いいやつだった。バカだけど」
「気になるなら付き合っちゃえば?」
「やだよ、そんなふつーなの」
「ふつーって」となっさんは笑った。その笑顔はあのときに見たものと同じものだった。父親の腕につかまっていたなっさんが見せていた笑顔に。
このあとケイを電話で問い詰めたところ、だいたいなっさんの推理通りだった。制服で街を歩いていたら逆ナンされ、そこから色々とツテを紹介されていったのが始まりだったという。
「いや、ほんと話を聞いたりするだけだって。仕事してっと愚痴りたくなるんだってよ。それでまあ、お悩み相談的なことを色々やってたんだ」
「ふーん。まあケイが何しようが僕には関係ないけどね。あ、この前のランチの料金ケイのお母さんに渡しておいたから。なんであの金額をおごれたんだろかと疑問に思ったようだけどね」
「あ、おま、バカ!」
「バカはお前だ。じゃあね」
電話を終えて、私はなっさんのあの話しぶりを思い出していた。あの日、私とケイを見たのは一瞬だったはずだ。その一瞬で見抜いていたということになる。その洞察力たるや、非常に興味深いものだった。
こうしてこのとき私はなっさんの隣にまだ居ようと決心したのだ。おかげで、なっさんのその巻き込まれ体質というのを骨の髄まで体験することになった。高校時代はほんとうにさまざまな場所で、いろいろな事件と出会った。これから機を見てぽつぽつと記録を残していこうと思う。
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